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掲載誌:用地ジャーナル2018/02  判例研究【3】

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平成22年6月1日/最高裁判所第三小法廷/判決/平成21年(受)17号

判例ID28161473
事件名/損害賠償請求、民訴法260条2項の申立て事件
裁判結果:破棄自判 /上訴等:確定 /



最高裁判所第三小法廷 平成21年(受)第17号 平成22年06月01日 主文
1 原判決中、上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
3 被上告人は、上告人に対し、4億5962万1587円及びこれに対する平成20年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴費用、上告費用及び前項の裁判に関する費用は、被上告人の負担とする。
理由
 第1 上告代理人小澤英明ほかの上告受理申立て理由第2及び第3について
 1 本件は、上告人との間で売買契約を締結して土地を買い受けた被上告人が、上告人に対し、上記土地の土壌に、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして上記売買契約締結後に法令に基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことから、このことが民法570条にいう瑕疵に当たると主張して、瑕疵担保による損害賠償を求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 (1) 被上告人は、平成3年3月15日、上告人から、第1審判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けた(以下、この契約を「本件売買契約」という。)。本件土地の土壌には、本件売買契約締結当時からふっ素が含まれていたが、その当時、土壌に含まれるふっ素については、法令に基づく規制の対象となっていなかったし、取引観念上も、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかった。
 (2) 平成13年3月28日、環境基本法16条1項に基づき、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められた平成3年8月環境庁告示第46号(土壌の汚染に係る環境基準について)の改正により、土壌に含まれるふっ素についての環境基準が新たに告示された。
 平成15年2月15日、土壌汚染対策法及び土壌汚染対策法施行令が施行された。同法2条1項は、「特定有害物質」とは、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう旨を定めるところ、ふっ素及びその化合物は、同令1条21号において、同法2条1項に規定する特定有害物質と定められ、上記特定有害物質については、同法(平成21年法律第23号による改正前のもの)5条1項所定の環境省令で定める基準として、土壌汚染対策法施行規則(平成22年環境省令第1号による改正前のもの)18条別表第2及び第3において、土壌に水を加えた場合に溶出する量に関する基準値(以下「溶出量基準値」という。)及び土壌に含まれる量に関する基準値(以下「含有量基準値」という。)が定められた。そして、土壌汚染対策法の施行に伴い、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)115条2項に基づき、汚染土壌処理基準として定められた都民の健康と安全を確保する環境に関する条例施行規則(平成13年東京都規則第34号)56条及び別表第12が改正され、同条例2条12号に規定された有害物質であるふっ素及びその化合物に係る汚染土壌処理基準として上記と同一の溶出量基準値及び含有量基準値が定められた。
 (3) 本件土地につき、上記条例117条2項に基づく土壌の汚染状況の調査が行われた結果、平成17年11月2日ころ、その土壌に上記の溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていることが判明した。
 3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、被上告人の請求を一部認容した。
 居住その他の土地の通常の利用を目的として締結される売買契約の目的物である土地の土壌に、人の健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことは、上記土地が通常備えるべき品質、性能に当たるというべきであるから、売買契約の目的物である土地の土壌に含まれていた物質が、売買契約締結当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、その後、有害であると社会的に認識されたため、新たに法令に基づく規制の対象となった場合であっても、当該物質が上記の限度を超えて上記土地の土壌に含まれていたことは、民法570条にいう瑕疵に当たると解するのが相当である。したがって、本件土地の土壌にふっ素が上記の限度を超えて含まれていたことは、上記瑕疵に当たるというべきである。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、前記事実関係によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、ふっ素が、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結後であったというのである。そして、本件売買契約の当事者間において、本件土地が備えるべき属性として、その土壌に、ふっ素が含まれていないことや、本件売買契約締結当時に有害性が認識されていたか否かにかかわらず、人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると、本件売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである
 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
 第2 上告人の民訴法260条2項の裁判を求める申立てについて
 上告人が上記申立ての理由として主張する事実関係は、別紙「仮執行の原状回復及び損害賠償を命ずる裁判の申立書」(写し)記載のとおりであり、被上告人は、これを争わない。上記事実関係によれば、上告人は、平成20年11月26日、被上告人に対し、原判決に付された仮執行の宣言に基づき4億5962万1587円を給付したものというべきである。そして、原判決中上告人敗訴部分が破棄を免れないことは前記説示のとおりであるから、原判決に付された仮執行の宣言はその効力を失うことになる。そうすると、被上告人に対し、4億5962万1587円及びこれに対する給付の日の翌日である平成20年11月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の申立ては、正当として認容すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

東京高等裁判所 平成19年(ネ)第4169号 平成20年09月25日

1
売買契約の目的物である土地に含まれていた物質(ふっ素)が、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、売買契約後に有害であると社会的に認知された場合に、瑕疵が認められた事例。

2
第一審で自ら否定した主張を控訴審で提出した場合であっても、それが法的構成の誤りを正したにすぎないものであるときは、時機に後れた攻撃防御方法の提出には当たらない。

  東京高等裁判所
平成19年(ネ)第4169号 平成20年09月25日 控訴人(原告) 足立区土地開発公社
同代表者理事 角田公
同訴訟代理人弁護士 荒木孝壬
同 梶山正三
被控訴人(被告) AGCセイミケミカル株式会社
同代表者代表取締役 安藤豊
同訴訟代理人弁護士 小澤英明
同 矢嶋雅子
同 河端雄太郎
同 渡邊典和
同(復代理人) 齋藤梓
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを100分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項の(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 (1) 被控訴人は、控訴人に対し、4億6095万5250円及びこれに対する平成18年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
 (3) 仮執行の宣言
2 被控訴人
 (1) 本件控訴を棄却する。
 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が、被控訴人から土地を買い受けたが、当該土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったと主張して、被控訴人に対し、民法570条の瑕疵担保責任に基づき、損害賠償として同措置に要する費用等相当額合計4億6095万5250円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は、控訴人の請求を棄却した。これを不服とする控訴人が控訴を提起した。控訴人は、当審において、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであるとし、この瑕疵が上記東京都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張をするところ、被控訴人は、控訴人の上記主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるとし、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める旨の申立てをした。
 控訴人は、当審において、請求額を12億3375万5250円に拡張する旨の「請求の趣旨増額の申立」と題する書面を提出したが、口頭弁論期日において同書面を陳述せずに、本件訴えのうち上記のとおり拡張した請求に係る部分を取り下げ、取下げ後の控訴人の本件請求が請求額12億3375万5250円の一部請求であることを明示した。
2 争いのない事実等は、原判決「事実及び理由」欄中の「第2 事案の概要」の1(原判決2頁4行目から4頁18行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。当事者の主張は、主文が正当であることを示すのに必要な主張を摘示する(民事訴訟法253条2項)の限度で、次の3から6までのとおり請求の原因、請求の原因に対する認否、抗弁、抗弁に対する認否を摘示する。
3 控訴人の請求の原因
 (1) 本件売買契約の締結
 控訴人は、平成3年3月15日、被控訴人との間で、代金23億3572万6120円で原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を被控訴人から買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
 (2) 本件土地の土壌中のふっ素の存在及びその有害性の認識
 本件売買契約締結当時、客観的には、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかった。
 (3) 本件都条例の施行
 東京都は、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例(以下「本件都条例」という。)を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行した。本件都条例117条は、原判決別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定するところ、同年10月1日に施行された。
 本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びポリ塩化ビフェニル(以下「PCB」という。)等を含む26種類の有害物質が掲げられている。
 (4) 土壌中のふっ素の存在の有害性の認識
 本件売買契約後、土壌中のふっ素の存在が有害であると社会的に認識され、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至った。
 (5) 本件土地の土壌汚染調査による土壌中のふっ素の存在の判明
 平成17年11月2日ころ、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明した。
 (6) 本件土地の隠れた瑕疵
 本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことは、本件土地の隠れた瑕疵に当たる。
 (7) 控訴人の受けた損害
  ア 控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等規則所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同年10月19日、同社に対し、上記5万2500円を支払った。
  イ 控訴人は、その結果を受け、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで契約金額945万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約を締結すると共に、契約金額を252万円とする追加調査委託契約を締結した。
 控訴人は、平成17年12月22日、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払った。
  ウ 上記調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同年6月15日、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払った。
  エ 以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、平成18年11月5日以前に、同社に対し上記契約金額を支払った。
  オ 控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担した。
 (8) 一部請求である旨の明示
 その後、本件土地の土壌汚染対策工事は設計変更及び工事代金増額を余儀なくされた。その結果、控訴人は、本件土地の隠れた瑕疵により、総額12億3375万5250円の損害を受けた。控訴人は、本件訴訟においては、上記12億3375万5250円のうち4億6095万5250円の限度で損害賠償請求をする。
 (9) よって、控訴人は、被控訴人に対し、民法570条に基づき、上記12億3375万5250円のうち4億6095万5250円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 請求の原因に対する認否
 (1) 請求の原因(1)(本件売買契約の締結)の事実は認める。
 (2) 同(2)(本件土地の土壌中のふっ素の存在及びその有害性の認識)の事実のうち、本件売買契約締結当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であると認識されていなかったことは認める。本件売買契約締結当時目的物である本件土地の土壌中に客観的にはふっ素が含まれていたこと、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかったことは不知。
 (3) 同(3)(本件都条例の施行)の事実は認める。
 (4) 同(4)(土壌中のふっ素の存在の有害性の認識)のうち本件売買契約後、土壌中のふっ素の存在が土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至ったことは認め、その余の事実は不知。
 (5) 同(5)(本件土地の土壌汚染調査による土壌中のふっ素の存在の判明)の事実は不知。
 (6) 同(6)(本件土地の隠れた瑕疵)は争う。民法570条にいう隠れた瑕疵とは、売買の目的物が通常有すべき性能、品質を欠いていた場合又は契約当事者が契約上予定していた性質を欠いていた場合をいい、瑕疵の有無の判断に当たっては、売買契約締結当時の知見、法令等を基礎として判断すべきである。ふっ素については、その濃度によっては人の健康に被害を及ぼすおそれがあるという知見に基づき、「土壌の汚染に係る環境基準について」(平成3年8月23日環境庁告示第46号)が改正されて基準が定められるに至ったが、それは平成13年3月28日のことであり、本件売買契約締結から約10年を経過した時点である。本件売買契約締結から約10年を経過した時点ではじめて確立された知見を基に本件売買契約締結時における取引社会の認識を議論することは不合理である。本件土地の土壌内にふっ素が存在しているとしても、本件売買契約締結時において、〈1〉土壌内のふっ素について何らの法的規制は存在せず、(2)土壌内のふっ素が人の健康上有害であるとの社会一般の認識もなく、〈3〉本件売買契約の当事者間において、土壌内のふっ素が本件土地の経済的効用及び交換価値を低下させる要因として認識されることはなかったことから、本件売買契約締結時において本件土地が通常有すべき品質、性能を備えていたことは明らかである。控訴人は、本件土地の土壌内から検出されたふっ素につき、本件売買契約締結当時に法的規制はなくとも、取引社会において、法的規制の有無にかかわらず、その存在ゆえに土地取引を断念するのが常であったことや、土地の売買価格に影響をもたらすことが常であったことなどの事実を主張立証しなければ、本件土地に隠れた瑕疵が存在したことを主張立証したことにならない。
 (7) 同(7)(控訴人の受けた損害)の事実は不知。主張は争う。
 (8) 同(8)(一部請求である旨の明示)の事実は不知。主張は争う。
 (9) 同(9)は争う。
5 抗弁
 (1) 本件土地の引渡し
 被控訴人は、平成4年4月2日、控訴人に対し、本件売買契約に基づき、目的物である本件土地を引き渡した。
 (2) 本件土地の引渡しの日から10年間の経過
 上記引渡しの日から10年後である平成14年4月2日は既に経過した。
 (3) 時効の援用
 被控訴人は、上記消滅時効を援用する。
6 抗弁に対する認否
 (1) 抗弁(1)(本件土地の引渡し)の事実は認める。しかし、消滅時効の進行は、権利の性質上その行使を現実に期待できる状態になければ進行しないとされているところ、控訴人が、被控訴人から本件売買契約に基づく本件土地の引渡しを受けたときには、本件損害賠償請求権はいまだ発生していなかったから、本件土地の引渡時から消滅時効が進行するということはできない。本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本件都条例によって本件土地の瑕疵が顕現化された時点、すなわち、本件土地について新たな負担が付された時点又はその負担を原告が実行した時点と解すべきである。
 (2) 同(2)(本件土地の引渡しの日から10年間の経過)の事実は認める。
 (3) したがって、本件損害賠償請求権は、時効消滅していない。
第3 当裁判所の判断
1 被控訴人の民事訴訟法157条に基づく時機に後れた攻撃防御方法の却下の決定を求める申立てについて
 控訴人は、当審において、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであり、この瑕疵が本件都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張をするところ、被控訴人は、控訴人の上記主張が時機に送れた攻撃防御方法に当たるとし、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める旨の申立てをしたので、まず、この申立てについて判断する。
 控訴人は、原審において、(1)本件売買契約締結当時、控訴人は、本件土地がふっ素等で汚染されていたことを知らなかったとし、その後本件都条例が施行され、本件土地の土壌汚染調査を実施したところ、本件土地の土壌は、ふっ素等の有害物質により、本件都条例で定められた土壌汚染処理基準を遙かに超えて汚染されていることが明らかになったとし、本件都条例により、控訴人が本件土地を公園として使用することは本件土地の改変となり、これに伴う汚染拡散防止措置を必要とすることになったとし、本件都条例の規制を受けること自体本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があるというべきである旨主張し(訴状、原告平成19年2月21日付け準備書面)、(2)本件売買契約締結当時、本件土地はふっ素等で汚染されていたが、本件都条例はいまだ制定されていなかったこと、その後本件都条例が施行され、控訴人が本件土地を公園用地として使用するについて本件都条例117条1項、同条3項及び4項により本件土地の土壌汚染調査及び汚染の拡散防止措置を行わなければならないという新たな規制を受けるに至ったこと、本件都条例により本件土地について上記のような規制を受けること自体が本件土地に瑕疵があったというべきであること、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張する根拠は、ふっ素等によって本件土地の土壌が汚染されていること自体を主張するものではなく、本件都条例によって定められた土壌汚染調査を行った結果、汚染が認められた場合には、汚染の拡散防止措置を執らなければならず、これを行わずには本件土地を公園用地として改変することができないという新たな規制を受けるに至ったのであり、そのこと自体が本件土地に新たに瑕疵があると本件都条例により公的に確認されたことを示すものである(本件都条例により隠れた瑕疵として公的に顕現化された)と主張するものであること、以上のとおり主張し(原告平成19年4月11日付け準備書面)、(3)さらに、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素等によって汚染されていたことは疑いのない事実であるが、当時本件都条例が施行されておらず、控訴人は上記土壌汚染が本件土地の使用に影響する瑕疵と考えることができなかったのであるから、本件都条例が制定、施行され、工事費用の負担が生じたことで、売主の瑕疵担保責任が発生することとなったと主張していた(原告平成19年5月30日付け準備書面)。
 これによれば、控訴人は、原審において、法的構成としては、文言上、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張する根拠として、ふっ素等によって本件土地の土壌が汚染されていること自体を主張するものではなく、本件都条例によって定められた土壌汚染調査を行った結果、汚染が認められた場合には、汚染の拡散防止措置を執らなければならず、これを行わずには本件土地を公園用地として改変することができないという新たな規制を受けるに至ったことをもって、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張していたものといわざるを得ないが、他方、控訴人の原審における主張の全趣旨にかんがみれば、控訴人は、〈1〉本件売買契約締結当時本件土地の土壌中にふっ素が(大量に)存在していたこと、〈2〉その後本件都条例が施行され、土壌汚染調査により、本件土地の土壌がふっ素等の有害物質で本件都条例で定められた土壌汚染処理基準を遙かに超えて汚染されていることが明らかになったため、本件都条例により、控訴人が本件土地を公園として使用することは本件土地の改変となり、これに伴う汚染拡散防止措置を必要とすることになったこと、〈3〉そのこと自体が本件土地に新たに瑕疵があると本件都条例により公的に確認されたことを示すものであることを主張していたのであり、上記〈1〉が上記〈2〉の不可欠の前提であることは客観的に明らかであったから、控訴人は、本件請求の根拠として、上記〈1〉及び〈2〉を主張していたものというべきである。控訴人は、本来ならば、法的構成としても、上記〈1〉及び〈2〉を根拠に、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があるというべきであると明示的に主張すべきであったのであり、明示的にそのように主張していれば、原審においても、控訴人が上記〈1〉と切り離して上記〈2〉だけを主張しているものと誤解されることはなかったというべきである。したがって、控訴人に法的構成における誤りがあったことは否定し難いが、その誤った法的構成においても、上記〈1〉が事実主張としては不可欠の前提であることは動かし難いから、控訴人は、原審においても、本件請求の根拠として、上記〈1〉及び〈2〉を主張していたものというべきである。
 控訴人は、当審において、本件売買契約締約当時本件土地の土壌中にふっ素が(大量に)存在しており、土壌汚染が生じていたのであり、このことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであって、この瑕疵が本件都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張を明示的にするに至ったが、控訴人の当審における上記主張は、本件請求の根拠として上記〈1〉及び〈2〉を主張するものであり、原審における控訴人の主張の全趣旨を変更するものではなく、法的構成における誤りを正したにすぎないものというべきである。
 以上によれば、控訴人が当審において上記のとおり主張して法的構成における誤りを正したことは、控訴人が時機に後れて攻撃方法を提出したことには当たらないから、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める被控訴人の申立ては理由がないというべきである。
2 認定事実
 前記引用に係る原判決摘示の争いのない事実等に証拠(甲3の1、3の2、4の1から4の5まで、5の1から5の4まで、6、7、9、15、25、26、32、35、36、37の1、37の2、38、39、45、47、50から52まで、54から56まで、58、60から71まで、72の2、乙5、8、9、19、20、22、25)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。
 (1) 本件売買契約の締結
 控訴人は、平成3年3月15日、被控訴人との間で、代金23億3572万6120円で本件土地を被控訴人から買い受ける旨の本件売買契約を締結した。
 控訴人が本件売買契約を締結したのは、平成3年当時、控訴人が、足立区から、東京都が進めていた東京都荒川区日暮里と東京都足立区舎人地区を結ぶ新交通システム日暮里・舎人線(仮称)の開設に不可欠な用地の被買収者に対して提供する代替地の取得を要請されていたためであった。
 本件売買契約締結当時、客観的には、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかった。
 (2) 本件土地の利用状況
 本件土地は、昭和59年4月1日までは株式会社アスニーが、同社が被控訴人に吸収合併された同日以降は被控訴人が、主に工業用フッ化水素酸を製造するための工場用地として利用していた。
 (3) 土壌調査
 控訴人は、本件売買契約に先立ち、株式会社環境技術研究所に本件土地の土壌調査を委託した。
 平成3年2月20日に行われた土壌調査(以下「平成3年調査」という。)の結果、本件売買契約締結当時、本件土地の表層土に、東京都の定める公用地取得に係る重金属等による汚染土壌の処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムが含有されている部分が存することが判明した。
 (4) 本件都条例の施行等(顕著な事実)
  ア 東京都は、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行した。本件都条例117条については、同年10月1日に施行された。
  イ 本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCB等を含む26種類の有害物質が掲げられている。ふっ素が加えられたのは平成15年2月15日である。
  ウ 本件都条例117条は、原判決別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定している。
 (5) 平成13年3月28日、環境基本法16条に基づく平成3年8月環境省告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」の一部が平成13年3月28日付け環境省告示第16号をもって改正され、別表の項目にふっ素が加えられ、ふっ素の環境上の条件は「検液1Lにつき0.8mg以下であること」と定められ、これが環境基準であるとされた。この改正の眼目は、これをふっ素についていえば、ふっ素による土壌の汚染に適切に対処しようとするものである。
 (6) 平成14年5月29日土壌汚染対策法(平成14年法律第53号)が公布され、平成15年2月15日同法が施行された。同法は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康に係る被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護することを目的とし(同法1条)、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものを「特定有害物質」としている(同法2条1項)。これを受けて、土壌汚染対策法施行令1条21号は、「ふっ素及びその化合物」を、土壌汚染対策法2条1項の政令で定める物質としている。
 (7) 代替地としての提供
 東京都足立区は、平成14年4月、新交通システム日暮里・舎人線(仮称)の江北駅(仮称)駅前広場予定地を、甲野太郎から買収することになったところ、同人及び同土地上に存する建物を同人から賃借して運送業を営む株式会社扇運輸(以下、甲野太郎と併せて「甲野ら」という。)から、代替地の提供を求められた。控訴人は、東京都足立区の要請により、本件土地を甲野らに対する被買収土地の代替地として提供するための協議を行った。
 (8) 控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同年10月19日、同社に対し、上記5万2500円を支払った。
 (9) 控訴人は、その結果を受け、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで契約金額945万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約を締結すると共に、契約金額252万円とする追加調査委託契約を締結した。
 帝人エコ・サイエンス株式会社は、上記各契約に基づき、本件土地について土壌汚染調査を実施し、控訴人に対し、同年11月2日付け「新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染調査報告書」(甲4の4)を提出した。上記報告書によれば、試料を採取した40地点のすべての地点でふっ素が検出され、その量は、40地点のすべての地点で溶出量基準値を超え(最高で基準値の1200倍)、39地点で含有量基準値を超え(最高で基準値の23倍)、ふっ素による地下水汚染が確認されたというものであった。上記報告書は、そのため、敷地境界を囲む少なくとも四方位4箇所に最初の帯水層(恒常的に地下水が存在する宙水層又は第一帯水層)の底部までを設置深度とする観測井を設け、速やかに地下水の水質測定(モニタリング)を開始し、その結果を東京都に定期的に報告する必要があり、また、ふっ素等の特定有害物質による汚染土壌が存在するため、汚染の除去等の拡散防止措置を実施する必要があることなどを指摘した。
 このように、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件土地がふっ素によって人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて汚染されていることが判明した。
 控訴人は、平成17年12月22日、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払った。
 (10) 上記調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同年6月15日、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払った。
 (11) 以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、平成18年11月5日以前に、同社に対し上記契約金額を支払った。
 (12) 控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担した。
3 売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが売買契約後に有害であると社会的に認知された場合と民法570条にいう隠れた瑕疵
 (1) 居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結される売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことは、上記売買契約の目的に照らし、売買契約の目的物である土地が通常備えるべき品質、性能に当たるというべきである。したがって、上記売買契約の目的物である土地の土壌に実際には有害物質が含まれていたが、売買契約締結当時は取引上相当な注意を払っても発見することができず、その後売買契約の目的物である土地の土壌に売買契約締結当時から当該有害物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明した場合(以下「〈1〉の場合」という。)には、目的物である土地における上記有害物質の存在は民法570条にいう隠れた瑕疵に当たると解するのが相当である。
 ところで、居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結された売買契約の目的物である土地の土壌に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、売買契約後に有害であると社会的に認識された場合において、売買契約の目的物である土地の土壌に当該物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したとき(以下「〈2〉の場合」という。)にも、売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことという、上記売買契約の目的物である土地が通常備えるべき品質、性能を欠くというべきであり、この点において〈1〉の場合と差はない。また、〈2〉の場合には、買主にとっては、売買契約締結当時取引上相当な注意を払っても売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が有害であると認識することはできなかったというべきであって、この点においても〈1〉の場合と差はない。さらに、売買契約締結当時、売買契約の目的物である土地に含まれている物質の有害性が社会的に認識されていたかどうかは、当事者が売買契約を締結するに当たって前提となる事実をどのように認識していたか、また、認識可能であったかに包含される問題であって、事実の範疇に包含される問題であると考えられる。そして、このことは、上記売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが売買契約後に有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法令が制定されるに至った場合において、売買契約の目的物である土地の土壌に当該物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したとき(以下「〈3〉の場合」という。)にも当てはまるのであり、売買契約締結当時土壌を汚染するものとして当該物質を規制し、汚染の除去等の措置を定める法令の規定が存在しなかったことを理由に、売買契約締結当時は目的物である土地の土壌中に当該物質が含まれていても、上記売買契約は適法であったとして、〈3〉の場合に、民法570条にいう隠れた瑕疵が存在することを否定することは、できないものというべきである。民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、売買契約の当事者間の公平と取引の信用を保護するために特に法定されたものであり、買主が売主に過失その他の帰責事由があることを理由として発生するものではなく、売買契約の当事者双方が予期しなかったような売買の目的物の性能、品質に欠ける点があるという事態が生じたときに、その負担を売主に負わせることとする制度である。このことにかんがみると、民法570条の適用上、〈1〉の場合と〈2〉の場合及び〈3〉の場合とで区別することは、相当ではないというべきである。
 以上によれば、居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結された売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていたが、当時の取引観念上はその有害性が認識されていなかった場合において、その後、当該物質が土地の土壌に上記の限度を超えて含まれることは有害であることが社会的に認識されるに至ったときには、上記売買契約の目的物である土地の土壌に当該有害物質が上記の限度を超えて含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たると解するのが相当である。そして、上記の場合において、土壌を汚染するものとして当該物質を規制し、汚染の除去等の措置を定める法令の規定が定められ、買主が当該規定に従い、汚染の除去等の措置に必要な費用を負担したときには、買主は売主に対し、民法570条に基づき、上記の費用相当額の損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。
 被控訴人は、民法570条にいう隠れた瑕疵とは、売買の目的物が通常有すべき性能、品質を欠いていた場合又は契約当事者が契約上予定していた性質を欠いていた場合をいい、瑕疵の有無の判断に当たっては、売買契約締結当時の知見、法令等を基礎として判断すべきである旨主張する。しかしながら、民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、上記のとおり、売主に過失その他の帰責事由があることを理由として発生するものではなく、売買契約当事者間の公平と取引の信用を保護するために特に法定されたものであるから、売買契約締結当時の知見、法令等が瑕疵の有無の判断を決定するものであるとはいえない。したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
 (2) 前記認定事実によれば、本件売買契約締結当時、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかったこと、しかし、本件売買契約締結後、平成13年3月28日、環境基本法16条に基づく平成3年8月環境省告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」の一部が平成13年3月28日付け環境省告示第16号をもって改正され、別表の項目にふっ素が加えられ、ふっ素の環境上の条件は「検液1Lにつき0.8mg以下であること」と定められ、これが環境基準であるとされたこと、この改正の眼目は、これをふっ素についていえば、ふっ素による土壌の汚染に適切に対処しようとするものであること、東京都は、上記の改正に先立ち、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行したこと、本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCB等を含む26種類の有害物質が掲げられていること(ふっ素が加えられたのは平成15年2月15日である。)、平成14年5月29日土壌汚染対策法(平成14年法律第53号)が公布され、平成15年2月15日同法が施行されたこと、同法は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康に係る被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護することを目的とし(同法1条)、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものを「特定有害物質」としていること(同法2条1項)、これを受けて、土壌汚染対策法施行令1条21号は、「ふっ素及びその化合物」を、土壌汚染対策法2条1項の政令で定める物質としていること、控訴人は、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約(甲4の1)を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約(甲4の2)及び追加委託契約(甲4の3)を締結したこと、帝人エコ・サイエンス株式会社は、上記各契約に基づき、本件土地について土壌汚染調査を実施し、控訴人に対し、同年11月2日付け「新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染調査報告書」(甲4の4)を提出したこと、上記報告書によれば、試料を採取した40地点のすべての地点でふっ素が検出され、その量は、40地点のすべての地点で溶出量基準値を超え(最高で基準値の1200倍)、39地点で含有量基準値を超え(最高で基準値の23倍)、ふっ素による地下水汚染が確認されたため、敷地境界を囲む少なくとも四方位4箇所に最初の帯水層(恒常的に地下水が存在する宙水層又は第一帯水層)の底部までを設置深度とする観測井を設け、速やかに地下水の水質測定(モニタリング)を開始し、その結果を東京都に定期的に報告する必要があり、また、ふっ素等の特定有害物質による汚染土壌が存在するため、汚染の除去等の拡散防止措置を実施する必要があることなどが明らかになったこと、このように、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件土地がふっ素によって人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて汚染されていることが判明したこと、以上の事実を認めることができる。
 上記認定事実によれば、本件売買契約当時、その目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったところ、本件売買契約後の平成13年3月28日にふっ素が有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至ったものということができるのであり、平成17年11月2日ころ、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したものということができる。
 以上のとおり、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中に上記のとおりふっ素が含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというべきである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件都条例に基づき、汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために負担した必要な費用相当額の損害賠償請求をすることができる。
4 損害について
 前記認定事実によれば、〈1〉控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同社に対し、上記5万2500円を支払ったこと、〈2〉控訴人は、その結果を受け、同年9月27日、本件都条例117条2項に基づき、本件土地について土壌汚染調査を行うため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額945万円で委託契約を締結し、同年10月4日、同社との間で変更契約を締結すると共に、契約金額252万円で追加委託契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染調査を行わせ、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払ったこと、〈3〉上記〈2〉の調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払ったこと、〈4〉以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、同社に対し上記契約金額を支払ったこと、〈5〉控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担したことが認められる。上記〈1〉の契約の締結及び金銭の支出並びに上記〈2〉の各契約の締結及び金銭の支出は、本件都条例117条1項及び同条2項によりされたものであり、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたという隠れた瑕疵が存在していたこととの間に相当因果関係はないというべきであるが、他方、上記〈3〉の契約の締結及び金銭の支出、上記〈4〉の契約の締結及び金銭の支出並びに上記〈5〉の契約の締結及び債務の負担は、本件土地の上記の隠れた瑕疵によるものであり、上記の隠れた瑕疵の存在との間に相当因果関係が存在するというべきである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、上記〈3〉から〈5〉までの支出額及び債務負担額合計4億4893万2750円の損害賠償請求をすることができることになる。控訴人は、上記損害額元本に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払も請求するところ、上記〈5〉のとおり控訴人が負担した債務については、控訴人が支払った前払金の額は証拠上明らかでないが、甲第9号証により、控訴人は、上記債務の全額について、遅くとも平成20年7月8日(約定の工期である同年3月31日から40日経過した同年5月10日の後である本件口頭弁論終結の日)までには支払うべき義務を負ったものと認めることができるから、4億2525万円に対する遅延損害金の起算日は平成20年7月8日とすべきである。
 以上によれば、控訴人の請求は、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから、上記の限度でこれを認容すべきであるが、控訴人の請求中その余の部分については理由がないから、これを棄却すべきである。
5 被控訴人の消滅時効の抗弁について
 瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり、この消滅時効は、買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行すると解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第773号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1311頁参照)。消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ、上記第三小法廷判決は、通常の場合には、買主が、売買の目的物の引渡しを受けた後、瑕疵を発見するについて法律上の障害はなく、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払えば売買の目的物の瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することが可能であることを前提にしているのであり(上記第三小法廷判決参照)、上記第三小法廷判決の法理は、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払ったとしても、取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合にまで及ぶものではない。
 これを本件についてみるに、本件売買契約当時、その目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったこと、本件売買契約後の平成13年3月28日に土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法令が制定されるに至ったものということができることは、前記のとおりである。これによれば、控訴人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、控訴人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在したというべきであって、控訴人が本件土地に隠れた瑕疵があるとして民法570条に基づく損害賠償請求権を行使することができる時は、控訴人が本件土地の引渡しを受けた時ではなく、土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されるに至った平成13年3月28日であるというべきである。そして、控訴人は、平成17年11月2日ころ、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したことを受け、平成18年10月27日に本件訴訟を提起して上記損害賠償請求権を行使するに至ったのであるから、平成13年3月28日から進行する消滅時効の時効期間が経過する前に、上記損害賠償請求権を行使したものということができる。したがって、被控訴人の消滅時効の抗弁は理由がない。
第4 結論
 以上の認定及び判断の結果によると、控訴人の請求は、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから、上記の限度でこれを認容すべきであるが、控訴人の請求中その余の部分については理由がないから、これを棄却すべきである。そうすると、当裁判所の上記判断と異なり、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は一部不当であるから、これを上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。
第21民事部  (裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 髙世三郎 裁判官 西口元)

東京地方裁判所 平成18年(ワ)第23983号 平成19年07月25日


平成19年(ネ)第4169号

 本件は、原告が、被告から買い受けた土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったこと等が民法570条にいう「瑕疵」に当たると主張して、被告に対し、同条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、同措置に要する費用等合計4億6095万5250円の支払を求める事案である。

  東京地方裁判所 平成18年(ワ)第23983号 平成19年07月25日 主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、4億6095万5250円及びこれに対する平成18年11月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告から買い受けた土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったこと等が民法570条にいう「瑕疵」に当たると主張して、被告に対し、同条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、同措置に要する費用等合計4億6095万5250円の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠等により容易に認められる事実は、末尾にそれを掲記した。)
 (1) 当事者
  ア 原告は、公共用地又は公用地等の取得、管理及び処分等を行うことにより、東京都足立区の秩序ある整備と足立区民福祉の増進に寄与することを目的とする法人である(弁論の全趣旨)。
  イ 被告は、旭硝子株式会社の子会社で、主にふっ素機能商品の製作販売を業とする株式会社である。
 (2) 土地売買契約の締結
 原告は、平成3年3月15日、被告から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、代金23億3572万6120円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。
 原告が本件売買契約を締結したのは、平成3年当時、原告が、足立区から、東京都が進めていた東京都荒川区日暮里と東京都足立区舎人地区を結ぶ日暮里・舎人線(仮称)の開設に不可欠な用地の被買収者に対して提供する代替地の取得を要請されていたためであった(弁論の全趣旨)。
 (3) 本件土地の利用状況
 本件土地は、昭和59年4月1日までは株式会社アスニーが、同社が被告に吸収合併された同日以降は被告が、主に工業用ふっ酸を製造するための工場用地として利用していた(甲8及び弁論の全趣旨)。
 (4) 土壌調査
 原告は、本件売買契約に先立ち、本件土地の土壌調査を、株式会社環境技術研究所に委託した。
 平成3年2月20日に行われた土壌調査の結果、本件売買契約締結時ころには、本件土地の表層土に、東京都の定める公用地取得にかかる重金属等による汚染土壌の処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムが含有されている部分が存することが判明した(以下「平成3年調査」という。)。
 (以上、甲2及び弁論の全趣旨)
 (5) 本件都条例の施行等(顕著な事実)
  ア 平成12年12月22日、東京都条例第215号「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」(以下「本件都条例」という。)が公布され、同都条例は、平成13年4月1日に施行された。
  イ 本件都条例2条12号は、「有害物質」を、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第四に掲げるもの」と定義し、別表第四には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びポリ塩化ビフェニル(以下「PCB」という。)等を含む26種類の有害物質が掲げられている。
  ウ また、本件都条例117条(平成13年10月1日施行)は、別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定している。
 (6) 代替地としての提供
 東京都足立区は、平成14年4月、日暮里・舎人線(仮称)の江北駅(仮称)駅前広場予定地を、甲野太郎から買収することになったところ、同人及び同土地上に存する建物を同人から賃借して運送業を営む株式会社扇運輸(以下、甲野太郎と併せて「甲野ら」という。)から、代替地の提供を求められた。原告は、東京都足立区の要請により、本件土地を甲野らに対する被買収土地の代替地として提供するための協議を行った。(以上、弁論の全趣旨)
 (7) 再度の土壌調査
 原告は、平成3年調査の結果、本件土地の土壌が、鉛、砒素及びカドミウムによって汚染されていることが判明していたことから、本件土地を甲野らに対して代替地として提供するに当たり、他の有害物質による汚染の有無についても調査することとし、土壌汚染調査を帝人エコ・サイエンス株式会社に委託した。
 平成17年10月に行われた土壌汚染調査の結果、本件土地の表層土に、本件都条例115条2項及び同施行規則56条が定める汚染土壌処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムの外、ふっ素及びPCBが含有されている部分が存することが判明した。(以上、甲4の1ないし4、甲5の1ないし4及び弁論の全趣旨)
 (8) その後の利用状況
 本件土地の土壌汚染の事実を知った甲野らは、平成18年7月5日、本件土地を被買収土地の代替地として受領することを拒否した。
 そこで、原告は、本件土地を、地域住民の福祉目的のために、汚染された土壌の掘削除去及び封じ込めを行った後で、公園用地として利用することを決定した。(以上、弁論の全趣旨)
 原告は、同年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体との間で、本件土地の土壌汚染対策工事の請負契約を締結した(甲9)。
2 争点
 (1) 本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か
 (2) 損害の有無及びその額
 (3) 消滅時効の成否
3 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点(1)(本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か)について
 (原告の主張)
  ア 原告は、甲野らに対し、本件売買契約の目的物である本件土地を、被買収用地の代替地として提供するに際し、有害物質による土壌汚染調査を行った。その結果、本件土地の土壌が、有害物質である鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCBにより汚染されていることが判明し、甲野らが本件土地を被買収土地の代替地としての受領を拒絶したので、原告は、本件土地を公園として利用することを決定した。
  そして、本件土地を公園として利用することは、本件都条例117条1項にいう「土地の改変」に当たるため、原告は、同条1項、3項及び4項に基づき、本件土地の土壌汚染調査及び汚染の拡散防止措置を行わなければならなくなった。
  すなわち、原告は、本件土地の利用について、本件都条例により、その定める義務を履行しなければ、公園用地に改変できないという制限を受けた。
  したがって、本件売買契約の目的物である本件土地には、「瑕疵」がある。
  なお、原告は、本件土地の土壌が汚染されていることが「瑕疵」に当たるとして主張するものではない。
  イ 被告の主張アに対する反論
  被告は、本件売買契約締結時に存在していなかった本件都条例による規制を「瑕疵」ということはできない旨主張する。
  しかしながら、売買契約締結時において、買主が欠点を確認した場合でも、その欠点が買主にとって物の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったときは、「隠れた瑕疵」に当たるのであるから、法令等に基づく制限は、売買契約締結時に存在しなければならないものではない。
  本件においては、本件売買契約締結時において、本件土地の土壌が、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCBによって汚染されていたが、当時、本件都条例が施行されていなかったため、原告は、本件土地の土壌汚染が本件土地の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったものである。
  すなわち、本件都条例が制定され、原告に工事費用の負担が生じたことにより、「隠れた瑕疵」が公的に顕現化したものである。
  したがって、本件売買契約の目的物である本件土地には、「隠れた瑕疵」がある。
 (被告の主張)
  ア 「瑕疵」とは、原始的瑕疵、すなわち、売買契約締結時に存在する瑕疵をいうから、「瑕疵」が存在するかどうかの判断は、売買契約締結時においてされるべきである。
  したがって、本件売買契約締結時に存在していなかった本件都条例による規制を「瑕疵」ということはできない。
  イ 原告の主張に対する反論
  前記原告の主張イは、売買契約締結時において目的物に「瑕疵」があることを前提に、一見「瑕疵」が隠れていないようでも、「瑕疵」だと認識できる程度に顕われてはいなかった「瑕疵」について、「隠れた」ものと判断してよいか否かに関するものである。
  したがって、売買契約締結後に、目的物に後発的に生じた「瑕疵」について、売主の瑕疵担保責任を認めてよいことにはならない。
 (2) 争点(2)(損害の有無及びその額)について
 (原告の主張)
  ア 原告は、本件都条例117条1項、2項及び4項に従い、本件土地の土壌汚染調査費用として、次のとおり、合計3570万5250円を支払った。
  (ア) 原告は、平成17年8月4日、清水建設株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を、代金5万2500円(税込)で委託し、同年10月19日、同金員を同社に支払った(甲3の1、2)。
  (イ) 原告は、同年9月27日、帝人エコ・サイエンス株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査を、代金945万円(税込)で委託した(甲4の1、2)。また、原告は、同年10月4日、同社に対し、同調査の追加調査を、代金252万円(税込)で委託した(甲4の3)。
  原告は、同年12月22日、同社に対し、上記委託代金合計1197万円を支払った(甲4の5)。
  (ウ) 原告は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査について、代金1869万円(税込)で委託した(甲5の1)。その後、平成18年3月31日に、同代金額が1848万5250円に変更された(甲5の2)。
  原告は、同年6月15日、同社に対し、同変更後の委託代金を支払った(甲5の4)。
  (エ) 原告は、同年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社に対し、本件土地の土壌汚染対策工事発注仕様書の作成業務を、代金519万7500円(税込)で委託した(甲6)。
  イ また、原告は、同各条項に従い、平成17年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体に対し、本件土地の土壌汚染対策工事を、代金4億2525万円(税込)で発注し、同額の支払義務を負担した。
  ウ したがって、原告は、合計4億6095万5250円の損害を被った。
 (被告の主張)
  原告の主張は争う。
 (3) 争点(3)(消滅時効の成否)について
 (被告の主張)
  仮に、被告が原告に対し瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を負うとしても、同損害賠償請求権は、目的物の引渡しから10年の経過により時効より消滅する。
  そして、被告は、平成4年4月2日、原告に対し、本件売買契約に基づき、目的物である本件土地を引き渡した。
  したがって、平成14年4月2日の経過をもって、同損害賠償請求権は時効消滅したから、被告は、これを援用する。
 (原告の主張)
  消滅時効の進行は、権利の性質上その行使を現実に期待できる状態になければ進行しないとされているところ、原告が、被告から本件売買契約に基づく本件土地の引渡しを受けたときには、本件損害賠償請求権は未だ発生していなかったから、本件土地の引渡時から消滅時効が進行するということはできない。
  本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本件都条例によって本件土地の瑕疵が顕現化された時点、すなわち、本件土地について新たな負担が付された時点又はその負担を原告が実行した時点と解すべきである。
  したがって、本件損害賠償請求権は、時効消滅していない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か)について
 (1) 売買契約の目的物たる土地が、法令等により利用上の制限を受けることは、売買契約の目的物として通常有すべき品質や性能を欠くものであり、民法570条にいう「瑕疵」に当たり得る。
  しかしながら、瑕疵担保責任の規定が適用されるためには、その前提として、売買契約締結時において、目的物に「瑕疵」が存在することが必要であると解すべきである。
  けだし、同条の瑕疵担保責任は、売買契約の目的物に「隠れた瑕疵」が存在する場合に、買主を保護すべく、売主に責任を負わせるものであり、売買契約締結後に目的物に「瑕疵」が生じた場合にまで、買主を保護して売主に責任を負わせるべき根拠を欠くからである。
  そして、このように解さなければ、売買契約締結後に生じ得る瑕疵について、売主が永久に瑕疵担保責任を潜在的に負うことになるが、これは売主に過大な負担を課するものであり、かえって売買契約当事者間の公平を失する結果となる。
 (2) この点について、原告は、売買契約締結時において、買主が欠点を確認した場合でも、その欠点が買主にとって物の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったときは、「隠れた瑕疵」に当たるのであるから、法令等に基づく制限は、売買契約締結時に存在しなければならないものではない旨主張する。
 しかしながら、本件のように、法令等による制限について瑕疵担保責任の規定の適用が問題となる場合において同規定が適用されるためには、売買契約締結時において、法令等により、目的物の利用が制限されていることが必要である。すなわち、売買契約締結時において、現に目的物の利用を制限する法令等が施行され、又は同法令等の施行が確実に予定され、売買契約締結後に実際に施行されることが必要である。
 けだし、売買契約締結時において、目的物の利用を制限する法令等の施行が確実に予定されていない場合においても、売主に瑕疵担保責任を負わせるとすれば、売主に過大な負担を課するものであり、かえって売買契約当事者間の公平を失する結果となるからである。
 (3) 本件についてこれを見るに、原告は、土壌汚染の事実を「瑕疵」と主張するのではなく、本件都条例による規制を「瑕疵」と主張するが、本件都条例は、本件売買契約が締結された平成3年3月には存在せず、10年以上経過した平成13年10月に施行されたものである。
 よって、原告の主張は、売買契約締結時に存在しない瑕疵を「瑕疵」と主張するものであり、主張自体失当である。
 なお、本件においては、売買契約締結時において、目的物の利用が法令等により制限されておらず、これを制限する法令等の施行が確実に予定されるという事情を認めるに足りない。
2 結論
 以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 桑原直子 裁判官 吉村弘樹) (別紙)物件目録<略>

(別紙)条文目録
117条1項 規則で定める面積以上の土地において行う土地の切り盛り、掘削等規則で定める行為(以下「土地の改変」という。)を行う者(以下「土地改変者」という。)は、土壌汚染対策指針に基づき、当該土地の改変を行う土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等規則で定める事項について調査し、その結果を知事に届け出なければならない。
117条2項 知事は、前項の調査の結果、当該土地の土壌が汚染され、又は汚染されているおそれがあると認めるときは、土地の改変者に対し、土壌汚染対策指針に基づき、規則で定めるところにより当該土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するよう求めることができる。
117条3項 土地改変者は、前項の調査の結果、当該土地の土壌の有害物質の濃度が汚染土壌処理基準を超えていることが判明したときは、土地の改変に伴う汚染の拡散等を防止するため、土壌汚染対策指針に基づき、規則で定めるところにより、汚染拡散防止計画書を作成し、知事に提出しなければならない。
117条4項 前項により汚染拡散防止計画書の提出をした土地改変者は、前項の汚染拡散防止計画書の内容を誠実に実施し、汚染の拡散の防止の措置が完了したときは、その旨を知事に届け出なければならない。
 

判例研究【3】を学ぶにあたっての基礎知識

売買契約が成立すると、売主は、目的物である財産権を買主に移転する義務を負い、買主は、売主に対価としての代金支払い義務を負うことになるが、その目的物に瑕疵があり、契約によって予定していた目的を達成できない場合には当事者間の公平等を図るべく、民法では一定の要件のもとに売主の担保責任の規定が置かれている。
 さらに、これは瑕疵の様態に応じて、権利の瑕疵と物の瑕疵とに分けられるが、特に、後者にあっては、「瑕疵担保責任」とよばれ、不動産に関する紛争事例として近年、土壌汚染を中心に数多く取り上げられている。
 公共用地の取得にあたっては、この土壌汚染への対応に係る取扱指針等が示されており、契約前により慎重な調査等の実施、土壌汚染の状況を踏まえた適正な損失補償の確保等が求められている。一方、先行取得等を例とした土壌汚染対策施工前に契約がなされたケースにおいては、その目的物である土地にかかる法令等の規制を超える有害物質の存在が後に判明し、取り上げられている瑕疵担保責任の問題が発生し得ることも想定される等、改めて留意すべきものと思われるため、今回その近時の判例を紹介するものである。

民法・関連条文
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的の場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は契約を解除することができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2 略
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。
(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があった時は、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

事実の概要

Xは、Yから、その所有地を購入する際に、この土地の土壌を調査したところ、当該土地の表層土に、東京都の定める公用地取得に係る重金属等による汚染土壌の処理基準を超える量の亜鉛、砒素及びカドミウムの含まれている部分が存在することが判明した。
 Xは、このような状況下で、平成3年3月15日にYと約23億円で売買契約を締結した。
  本件土地の土壌には、本件売買契約締結当時からふっ素が含まれていたが、その当時、土壌に含まれるふっ素については、法令に基づく規制の対象となっていなかったし、取引観念上も、ふっ素が土壌に含まれることに起因して、人の健康に係る被害を生じる恐れがあると認識しておらず、Yもそのような認識を有していなかった。
 その後ふっ素についての新環境基準が平成13年3月28日に告示され、Xは、平成3年の上記調査の結果、本件土壌に上記亜鉛、砒素等が包含されていたので、他の有害物質による汚染の有無についても調査したところ(平成17年11月2日ごろ)、当該土地の表層土に、条例・その施行規則が定める汚染土壌処理基準を超える量のふっ素の包含されている部分が存することが判明した。
 このふっ素の包含量は、人の生命・身体・健康を損なう危険があることが明確となり、Xは、本件土地を公園用地として利用することとしていたため、土壌汚染対策工事の実施を余儀なくされた。そこで、Xは、Yに対し、瑕疵担保責任による損害賠償を求めた。

論点 1 瑕疵の存在時期 2 瑕疵担保責任の消滅時効


売買の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、前記事実関係によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、フッ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおされがあると認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、フッ素が、それが土壌に含まれことに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結ごであったというのである。
 そして、本件売買契約の当事者間において、本件土地が備えるべき属性として、その土壌に、フッ素が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると、本件売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害に生ずるおそれがあると認識されていなかったフッ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれてないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれも超えるフッ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。

【論点】瑕疵担保責任の要件/瑕疵担保責任の消滅時効(排斥期間)

【論点】瑕疵担保責任の要件
①「隠れた瑕疵」の存在----瑕疵の判断時期
②売買の責任期間

1 瑕疵担保責任の要件
  1.  「隠れた瑕疵」の存在
売買の目的物に瑕疵があったことが必要である。ここに「瑕疵」とは、欠点ないし欠陥である。一般的に、瑕疵が存するか否かの判断は、物が通常有すべき品質・性能を欠いているかどうかを基準とする
 また、ここに言う瑕疵は、隠れたものであることを要し、隠れたものであるとは、通常の注意をしていても、瑕疵を発見できないことを意味する。
 なお、ここでは、買主が瑕疵を知らないことにつき、過失がないことが必要と解されている。
本件事案においては、隠れた瑕疵が存すると判断する時期がいつであるかが主要な問題となっている。
  1.  売主の責任期間
 民法566条3項の準用により(民法570条本文)。契約の解除または損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から1年以内にしなければならない。本事案では、当該土地がYからXに引き渡されてから、10年も経過しているので、瑕疵担保責任は消滅時効にかかっているのではないか、との疑問が生じうる。
 
2 検討
1瑕疵の判断時期
 
2 検討
1瑕疵の判断時期
本件の控訴審判決(東京高判決平成20年9月25日判決)は、当時の取引観念上は、その有害性が認識されていなかった場合において、その後、当該物質が土地の土壌に非との声明・身体・健康を損なう危険のある有害物質であることが社会的に認識されるに至ったときは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというのが相当であるとしている。
また、民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、売主に過失その他の帰責事由があることや理由としてとして発生するものではなく、売買契約者間の公平と取引の信用を保護するために法定されたものであるから、売買契約締結当時の知見、法令等が瑕疵の有無の判断を決定するものであるとはいえない、としている。
 以上から、本判決は、売買契約の目的物である土地の土壌中に上記のとおりふっ素が含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというべきである、としている。
本件判決が述べているように、たとえ契約締結時に売主に瑕疵担保責任を、売買の公平と取引の信用・保護の観点から認めようとしても、契約の当時において、予測可能性がないのに、売主に担保責任を認めるには、無理があろう。
 また、目的物が買主の支配下に移転した後に発生した事象まで、売主に責任を負わせるのは酷であろう。
② 売主の責任期間
民法566条3項の準用により(本文570条本文)、契約の解除または損害賠償の請求は、買主が事実を知った時より1年以内にしなければならない。つまり、買主が瑕疵を知った時を起算点として、短期の解決が図られている。
 もっとも、宅地建物取引業法40条は、取引業者が自ら売主となった場合には、目的物の引き渡しから2年以上の特約を認めないとしている。
 なお、売主の1年の責任期間と、売主の責任について10年の一般消滅時効期間(民法167条1項)との関係は、後者は、買主が目的物の引き渡しを受けた時から進行する点で(最高裁平成13年11月27日第3小法廷判決民集55巻6号311頁)、相違がある。
消滅時効は、権利を行使することができる時から進行するが(民法166条1項)、上記最高裁判決は、通常の場合には、買主が、売買目的の引き渡しを受けた後、瑕疵を発見することについて法律上の障害はなく、合理的に行動する買主を想定してその者が損害賠償請求権を行使することが可能であることを前提としているのであり(上記第三小法廷判決参照)、上記第三小法廷判決の法理は、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払っていたとしても、取引観念上 瑕疵が存在するとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合までに及ぶものではない。
 上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引き渡しを受けた時から、損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在するとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合までに及ぶものではない。
 上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引き渡しを受けた時から、損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在したというべきであって、上告人が本件土地に隠れた瑕疵があるとして、民法570条に基づく損害賠償請求を行使することができる時は、控訴人が本件土地の引渡しを受けた時ではなく、土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されるに至った平成13年3月28日であるというべきである。
 以上から上記小法廷の述べるところは正鵠を得ており、指示できるところであろう。

平成22年6月1日/最高裁判所第三小法廷/判決/平成21年(受)17号

判例ID28161473
事件名/損害賠償請求、民訴法260条2項の申立て事件
裁判結果:破棄自判 /上訴等:確定 /



最高裁判所第三小法廷 平成21年(受)第17号 平成22年06月01日 主文
1 原判決中、上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。
3 被上告人は、上告人に対し、4億5962万1587円及びこれに対する平成20年11月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴費用、上告費用及び前項の裁判に関する費用は、被上告人の負担とする。
理由
 第1 上告代理人小澤英明ほかの上告受理申立て理由第2及び第3について
 1 本件は、上告人との間で売買契約を締結して土地を買い受けた被上告人が、上告人に対し、上記土地の土壌に、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして上記売買契約締結後に法令に基づく規制の対象となったふっ素が基準値を超えて含まれていたことから、このことが民法570条にいう瑕疵に当たると主張して、瑕疵担保による損害賠償を求める事案である。
 2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 (1) 被上告人は、平成3年3月15日、上告人から、第1審判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けた(以下、この契約を「本件売買契約」という。)。本件土地の土壌には、本件売買契約締結当時からふっ素が含まれていたが、その当時、土壌に含まれるふっ素については、法令に基づく規制の対象となっていなかったし、取引観念上も、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかった。
 (2) 平成13年3月28日、環境基本法16条1項に基づき、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準として定められた平成3年8月環境庁告示第46号(土壌の汚染に係る環境基準について)の改正により、土壌に含まれるふっ素についての環境基準が新たに告示された。
 平成15年2月15日、土壌汚染対策法及び土壌汚染対策法施行令が施行された。同法2条1項は、「特定有害物質」とは、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものをいう旨を定めるところ、ふっ素及びその化合物は、同令1条21号において、同法2条1項に規定する特定有害物質と定められ、上記特定有害物質については、同法(平成21年法律第23号による改正前のもの)5条1項所定の環境省令で定める基準として、土壌汚染対策法施行規則(平成22年環境省令第1号による改正前のもの)18条別表第2及び第3において、土壌に水を加えた場合に溶出する量に関する基準値(以下「溶出量基準値」という。)及び土壌に含まれる量に関する基準値(以下「含有量基準値」という。)が定められた。そして、土壌汚染対策法の施行に伴い、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)115条2項に基づき、汚染土壌処理基準として定められた都民の健康と安全を確保する環境に関する条例施行規則(平成13年東京都規則第34号)56条及び別表第12が改正され、同条例2条12号に規定された有害物質であるふっ素及びその化合物に係る汚染土壌処理基準として上記と同一の溶出量基準値及び含有量基準値が定められた。
 (3) 本件土地につき、上記条例117条2項に基づく土壌の汚染状況の調査が行われた結果、平成17年11月2日ころ、その土壌に上記の溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていることが判明した。
 3 原審は、上記事実関係の下において、次のとおり判断して、被上告人の請求を一部認容した。
 居住その他の土地の通常の利用を目的として締結される売買契約の目的物である土地の土壌に、人の健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことは、上記土地が通常備えるべき品質、性能に当たるというべきであるから、売買契約の目的物である土地の土壌に含まれていた物質が、売買契約締結当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、その後、有害であると社会的に認識されたため、新たに法令に基づく規制の対象となった場合であっても、当該物質が上記の限度を超えて上記土地の土壌に含まれていたことは、民法570条にいう瑕疵に当たると解するのが相当である。したがって、本件土地の土壌にふっ素が上記の限度を超えて含まれていたことは、上記瑕疵に当たるというべきである。
 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 売買契約の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約締結当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、前記事実関係によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、ふっ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、ふっ素が、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結後であったというのである。そして、本件売買契約の当事者間において、本件土地が備えるべき属性として、その土壌に、ふっ素が含まれていないことや、本件売買契約締結当時に有害性が認識されていたか否かにかかわらず、人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると、本件売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるとは認識されていなかったふっ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれていないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれをも超えるふっ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである
 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却した第1審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
 第2 上告人の民訴法260条2項の裁判を求める申立てについて
 上告人が上記申立ての理由として主張する事実関係は、別紙「仮執行の原状回復及び損害賠償を命ずる裁判の申立書」(写し)記載のとおりであり、被上告人は、これを争わない。上記事実関係によれば、上告人は、平成20年11月26日、被上告人に対し、原判決に付された仮執行の宣言に基づき4億5962万1587円を給付したものというべきである。そして、原判決中上告人敗訴部分が破棄を免れないことは前記説示のとおりであるから、原判決に付された仮執行の宣言はその効力を失うことになる。そうすると、被上告人に対し、4億5962万1587円及びこれに対する給付の日の翌日である平成20年11月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人の申立ては、正当として認容すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)

東京高等裁判所 平成19年(ネ)第4169号 平成20年09月25日

1
売買契約の目的物である土地に含まれていた物質(ふっ素)が、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、売買契約後に有害であると社会的に認知された場合に、瑕疵が認められた事例。

2
第一審で自ら否定した主張を控訴審で提出した場合であっても、それが法的構成の誤りを正したにすぎないものであるときは、時機に後れた攻撃防御方法の提出には当たらない。

  東京高等裁判所
平成19年(ネ)第4169号 平成20年09月25日 控訴人(原告) 足立区土地開発公社
同代表者理事 角田公
同訴訟代理人弁護士 荒木孝壬
同 梶山正三
被控訴人(被告) AGCセイミケミカル株式会社
同代表者代表取締役 安藤豊
同訴訟代理人弁護士 小澤英明
同 矢嶋雅子
同 河端雄太郎
同 渡邊典和
同(復代理人) 齋藤梓
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は、控訴人に対し、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを100分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項の(1)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 (1) 被控訴人は、控訴人に対し、4億6095万5250円及びこれに対する平成18年11月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 (2) 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
 (3) 仮執行の宣言
2 被控訴人
 (1) 本件控訴を棄却する。
 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は、控訴人が、被控訴人から土地を買い受けたが、当該土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったと主張して、被控訴人に対し、民法570条の瑕疵担保責任に基づき、損害賠償として同措置に要する費用等相当額合計4億6095万5250円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原審は、控訴人の請求を棄却した。これを不服とする控訴人が控訴を提起した。控訴人は、当審において、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであるとし、この瑕疵が上記東京都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張をするところ、被控訴人は、控訴人の上記主張が時機に後れた攻撃防御方法に当たるとし、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める旨の申立てをした。
 控訴人は、当審において、請求額を12億3375万5250円に拡張する旨の「請求の趣旨増額の申立」と題する書面を提出したが、口頭弁論期日において同書面を陳述せずに、本件訴えのうち上記のとおり拡張した請求に係る部分を取り下げ、取下げ後の控訴人の本件請求が請求額12億3375万5250円の一部請求であることを明示した。
2 争いのない事実等は、原判決「事実及び理由」欄中の「第2 事案の概要」の1(原判決2頁4行目から4頁18行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。当事者の主張は、主文が正当であることを示すのに必要な主張を摘示する(民事訴訟法253条2項)の限度で、次の3から6までのとおり請求の原因、請求の原因に対する認否、抗弁、抗弁に対する認否を摘示する。
3 控訴人の請求の原因
 (1) 本件売買契約の締結
 控訴人は、平成3年3月15日、被控訴人との間で、代金23億3572万6120円で原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を被控訴人から買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
 (2) 本件土地の土壌中のふっ素の存在及びその有害性の認識
 本件売買契約締結当時、客観的には、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかった。
 (3) 本件都条例の施行
 東京都は、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例(以下「本件都条例」という。)を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行した。本件都条例117条は、原判決別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定するところ、同年10月1日に施行された。
 本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びポリ塩化ビフェニル(以下「PCB」という。)等を含む26種類の有害物質が掲げられている。
 (4) 土壌中のふっ素の存在の有害性の認識
 本件売買契約後、土壌中のふっ素の存在が有害であると社会的に認識され、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至った。
 (5) 本件土地の土壌汚染調査による土壌中のふっ素の存在の判明
 平成17年11月2日ころ、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明した。
 (6) 本件土地の隠れた瑕疵
 本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことは、本件土地の隠れた瑕疵に当たる。
 (7) 控訴人の受けた損害
  ア 控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等規則所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同年10月19日、同社に対し、上記5万2500円を支払った。
  イ 控訴人は、その結果を受け、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで契約金額945万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約を締結すると共に、契約金額を252万円とする追加調査委託契約を締結した。
 控訴人は、平成17年12月22日、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払った。
  ウ 上記調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同年6月15日、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払った。
  エ 以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、平成18年11月5日以前に、同社に対し上記契約金額を支払った。
  オ 控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担した。
 (8) 一部請求である旨の明示
 その後、本件土地の土壌汚染対策工事は設計変更及び工事代金増額を余儀なくされた。その結果、控訴人は、本件土地の隠れた瑕疵により、総額12億3375万5250円の損害を受けた。控訴人は、本件訴訟においては、上記12億3375万5250円のうち4億6095万5250円の限度で損害賠償請求をする。
 (9) よって、控訴人は、被控訴人に対し、民法570条に基づき、上記12億3375万5250円のうち4億6095万5250円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 請求の原因に対する認否
 (1) 請求の原因(1)(本件売買契約の締結)の事実は認める。
 (2) 同(2)(本件土地の土壌中のふっ素の存在及びその有害性の認識)の事実のうち、本件売買契約締結当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であると認識されていなかったことは認める。本件売買契約締結当時目的物である本件土地の土壌中に客観的にはふっ素が含まれていたこと、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかったことは不知。
 (3) 同(3)(本件都条例の施行)の事実は認める。
 (4) 同(4)(土壌中のふっ素の存在の有害性の認識)のうち本件売買契約後、土壌中のふっ素の存在が土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至ったことは認め、その余の事実は不知。
 (5) 同(5)(本件土地の土壌汚染調査による土壌中のふっ素の存在の判明)の事実は不知。
 (6) 同(6)(本件土地の隠れた瑕疵)は争う。民法570条にいう隠れた瑕疵とは、売買の目的物が通常有すべき性能、品質を欠いていた場合又は契約当事者が契約上予定していた性質を欠いていた場合をいい、瑕疵の有無の判断に当たっては、売買契約締結当時の知見、法令等を基礎として判断すべきである。ふっ素については、その濃度によっては人の健康に被害を及ぼすおそれがあるという知見に基づき、「土壌の汚染に係る環境基準について」(平成3年8月23日環境庁告示第46号)が改正されて基準が定められるに至ったが、それは平成13年3月28日のことであり、本件売買契約締結から約10年を経過した時点である。本件売買契約締結から約10年を経過した時点ではじめて確立された知見を基に本件売買契約締結時における取引社会の認識を議論することは不合理である。本件土地の土壌内にふっ素が存在しているとしても、本件売買契約締結時において、〈1〉土壌内のふっ素について何らの法的規制は存在せず、(2)土壌内のふっ素が人の健康上有害であるとの社会一般の認識もなく、〈3〉本件売買契約の当事者間において、土壌内のふっ素が本件土地の経済的効用及び交換価値を低下させる要因として認識されることはなかったことから、本件売買契約締結時において本件土地が通常有すべき品質、性能を備えていたことは明らかである。控訴人は、本件土地の土壌内から検出されたふっ素につき、本件売買契約締結当時に法的規制はなくとも、取引社会において、法的規制の有無にかかわらず、その存在ゆえに土地取引を断念するのが常であったことや、土地の売買価格に影響をもたらすことが常であったことなどの事実を主張立証しなければ、本件土地に隠れた瑕疵が存在したことを主張立証したことにならない。
 (7) 同(7)(控訴人の受けた損害)の事実は不知。主張は争う。
 (8) 同(8)(一部請求である旨の明示)の事実は不知。主張は争う。
 (9) 同(9)は争う。
5 抗弁
 (1) 本件土地の引渡し
 被控訴人は、平成4年4月2日、控訴人に対し、本件売買契約に基づき、目的物である本件土地を引き渡した。
 (2) 本件土地の引渡しの日から10年間の経過
 上記引渡しの日から10年後である平成14年4月2日は既に経過した。
 (3) 時効の援用
 被控訴人は、上記消滅時効を援用する。
6 抗弁に対する認否
 (1) 抗弁(1)(本件土地の引渡し)の事実は認める。しかし、消滅時効の進行は、権利の性質上その行使を現実に期待できる状態になければ進行しないとされているところ、控訴人が、被控訴人から本件売買契約に基づく本件土地の引渡しを受けたときには、本件損害賠償請求権はいまだ発生していなかったから、本件土地の引渡時から消滅時効が進行するということはできない。本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本件都条例によって本件土地の瑕疵が顕現化された時点、すなわち、本件土地について新たな負担が付された時点又はその負担を原告が実行した時点と解すべきである。
 (2) 同(2)(本件土地の引渡しの日から10年間の経過)の事実は認める。
 (3) したがって、本件損害賠償請求権は、時効消滅していない。
第3 当裁判所の判断
1 被控訴人の民事訴訟法157条に基づく時機に後れた攻撃防御方法の却下の決定を求める申立てについて
 控訴人は、当審において、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素で汚染されていたことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであり、この瑕疵が本件都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張をするところ、被控訴人は、控訴人の上記主張が時機に送れた攻撃防御方法に当たるとし、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める旨の申立てをしたので、まず、この申立てについて判断する。
 控訴人は、原審において、(1)本件売買契約締結当時、控訴人は、本件土地がふっ素等で汚染されていたことを知らなかったとし、その後本件都条例が施行され、本件土地の土壌汚染調査を実施したところ、本件土地の土壌は、ふっ素等の有害物質により、本件都条例で定められた土壌汚染処理基準を遙かに超えて汚染されていることが明らかになったとし、本件都条例により、控訴人が本件土地を公園として使用することは本件土地の改変となり、これに伴う汚染拡散防止措置を必要とすることになったとし、本件都条例の規制を受けること自体本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があるというべきである旨主張し(訴状、原告平成19年2月21日付け準備書面)、(2)本件売買契約締結当時、本件土地はふっ素等で汚染されていたが、本件都条例はいまだ制定されていなかったこと、その後本件都条例が施行され、控訴人が本件土地を公園用地として使用するについて本件都条例117条1項、同条3項及び4項により本件土地の土壌汚染調査及び汚染の拡散防止措置を行わなければならないという新たな規制を受けるに至ったこと、本件都条例により本件土地について上記のような規制を受けること自体が本件土地に瑕疵があったというべきであること、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張する根拠は、ふっ素等によって本件土地の土壌が汚染されていること自体を主張するものではなく、本件都条例によって定められた土壌汚染調査を行った結果、汚染が認められた場合には、汚染の拡散防止措置を執らなければならず、これを行わずには本件土地を公園用地として改変することができないという新たな規制を受けるに至ったのであり、そのこと自体が本件土地に新たに瑕疵があると本件都条例により公的に確認されたことを示すものである(本件都条例により隠れた瑕疵として公的に顕現化された)と主張するものであること、以上のとおり主張し(原告平成19年4月11日付け準備書面)、(3)さらに、本件売買契約締結当時本件土地の土壌がふっ素等によって汚染されていたことは疑いのない事実であるが、当時本件都条例が施行されておらず、控訴人は上記土壌汚染が本件土地の使用に影響する瑕疵と考えることができなかったのであるから、本件都条例が制定、施行され、工事費用の負担が生じたことで、売主の瑕疵担保責任が発生することとなったと主張していた(原告平成19年5月30日付け準備書面)。
 これによれば、控訴人は、原審において、法的構成としては、文言上、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張する根拠として、ふっ素等によって本件土地の土壌が汚染されていること自体を主張するものではなく、本件都条例によって定められた土壌汚染調査を行った結果、汚染が認められた場合には、汚染の拡散防止措置を執らなければならず、これを行わずには本件土地を公園用地として改変することができないという新たな規制を受けるに至ったことをもって、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があると主張していたものといわざるを得ないが、他方、控訴人の原審における主張の全趣旨にかんがみれば、控訴人は、〈1〉本件売買契約締結当時本件土地の土壌中にふっ素が(大量に)存在していたこと、〈2〉その後本件都条例が施行され、土壌汚染調査により、本件土地の土壌がふっ素等の有害物質で本件都条例で定められた土壌汚染処理基準を遙かに超えて汚染されていることが明らかになったため、本件都条例により、控訴人が本件土地を公園として使用することは本件土地の改変となり、これに伴う汚染拡散防止措置を必要とすることになったこと、〈3〉そのこと自体が本件土地に新たに瑕疵があると本件都条例により公的に確認されたことを示すものであることを主張していたのであり、上記〈1〉が上記〈2〉の不可欠の前提であることは客観的に明らかであったから、控訴人は、本件請求の根拠として、上記〈1〉及び〈2〉を主張していたものというべきである。控訴人は、本来ならば、法的構成としても、上記〈1〉及び〈2〉を根拠に、本件土地に民法570条にいう隠れた瑕疵があるというべきであると明示的に主張すべきであったのであり、明示的にそのように主張していれば、原審においても、控訴人が上記〈1〉と切り離して上記〈2〉だけを主張しているものと誤解されることはなかったというべきである。したがって、控訴人に法的構成における誤りがあったことは否定し難いが、その誤った法的構成においても、上記〈1〉が事実主張としては不可欠の前提であることは動かし難いから、控訴人は、原審においても、本件請求の根拠として、上記〈1〉及び〈2〉を主張していたものというべきである。
 控訴人は、当審において、本件売買契約締約当時本件土地の土壌中にふっ素が(大量に)存在しており、土壌汚染が生じていたのであり、このことが本件土地の隠れた瑕疵であるというべきであって、この瑕疵が本件都条例の制定、施行により顕現化された旨の主張を明示的にするに至ったが、控訴人の当審における上記主張は、本件請求の根拠として上記〈1〉及び〈2〉を主張するものであり、原審における控訴人の主張の全趣旨を変更するものではなく、法的構成における誤りを正したにすぎないものというべきである。
 以上によれば、控訴人が当審において上記のとおり主張して法的構成における誤りを正したことは、控訴人が時機に後れて攻撃方法を提出したことには当たらないから、民事訴訟法157条に基づく却下の決定を求める被控訴人の申立ては理由がないというべきである。
2 認定事実
 前記引用に係る原判決摘示の争いのない事実等に証拠(甲3の1、3の2、4の1から4の5まで、5の1から5の4まで、6、7、9、15、25、26、32、35、36、37の1、37の2、38、39、45、47、50から52まで、54から56まで、58、60から71まで、72の2、乙5、8、9、19、20、22、25)を併せて考えれば、次の事実を認めることができる。
 (1) 本件売買契約の締結
 控訴人は、平成3年3月15日、被控訴人との間で、代金23億3572万6120円で本件土地を被控訴人から買い受ける旨の本件売買契約を締結した。
 控訴人が本件売買契約を締結したのは、平成3年当時、控訴人が、足立区から、東京都が進めていた東京都荒川区日暮里と東京都足立区舎人地区を結ぶ新交通システム日暮里・舎人線(仮称)の開設に不可欠な用地の被買収者に対して提供する代替地の取得を要請されていたためであった。
 本件売買契約締結当時、客観的には、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかった。
 (2) 本件土地の利用状況
 本件土地は、昭和59年4月1日までは株式会社アスニーが、同社が被控訴人に吸収合併された同日以降は被控訴人が、主に工業用フッ化水素酸を製造するための工場用地として利用していた。
 (3) 土壌調査
 控訴人は、本件売買契約に先立ち、株式会社環境技術研究所に本件土地の土壌調査を委託した。
 平成3年2月20日に行われた土壌調査(以下「平成3年調査」という。)の結果、本件売買契約締結当時、本件土地の表層土に、東京都の定める公用地取得に係る重金属等による汚染土壌の処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムが含有されている部分が存することが判明した。
 (4) 本件都条例の施行等(顕著な事実)
  ア 東京都は、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行した。本件都条例117条については、同年10月1日に施行された。
  イ 本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCB等を含む26種類の有害物質が掲げられている。ふっ素が加えられたのは平成15年2月15日である。
  ウ 本件都条例117条は、原判決別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定している。
 (5) 平成13年3月28日、環境基本法16条に基づく平成3年8月環境省告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」の一部が平成13年3月28日付け環境省告示第16号をもって改正され、別表の項目にふっ素が加えられ、ふっ素の環境上の条件は「検液1Lにつき0.8mg以下であること」と定められ、これが環境基準であるとされた。この改正の眼目は、これをふっ素についていえば、ふっ素による土壌の汚染に適切に対処しようとするものである。
 (6) 平成14年5月29日土壌汚染対策法(平成14年法律第53号)が公布され、平成15年2月15日同法が施行された。同法は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康に係る被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護することを目的とし(同法1条)、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものを「特定有害物質」としている(同法2条1項)。これを受けて、土壌汚染対策法施行令1条21号は、「ふっ素及びその化合物」を、土壌汚染対策法2条1項の政令で定める物質としている。
 (7) 代替地としての提供
 東京都足立区は、平成14年4月、新交通システム日暮里・舎人線(仮称)の江北駅(仮称)駅前広場予定地を、甲野太郎から買収することになったところ、同人及び同土地上に存する建物を同人から賃借して運送業を営む株式会社扇運輸(以下、甲野太郎と併せて「甲野ら」という。)から、代替地の提供を求められた。控訴人は、東京都足立区の要請により、本件土地を甲野らに対する被買収土地の代替地として提供するための協議を行った。
 (8) 控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同年10月19日、同社に対し、上記5万2500円を支払った。
 (9) 控訴人は、その結果を受け、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで契約金額945万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約を締結すると共に、契約金額252万円とする追加調査委託契約を締結した。
 帝人エコ・サイエンス株式会社は、上記各契約に基づき、本件土地について土壌汚染調査を実施し、控訴人に対し、同年11月2日付け「新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染調査報告書」(甲4の4)を提出した。上記報告書によれば、試料を採取した40地点のすべての地点でふっ素が検出され、その量は、40地点のすべての地点で溶出量基準値を超え(最高で基準値の1200倍)、39地点で含有量基準値を超え(最高で基準値の23倍)、ふっ素による地下水汚染が確認されたというものであった。上記報告書は、そのため、敷地境界を囲む少なくとも四方位4箇所に最初の帯水層(恒常的に地下水が存在する宙水層又は第一帯水層)の底部までを設置深度とする観測井を設け、速やかに地下水の水質測定(モニタリング)を開始し、その結果を東京都に定期的に報告する必要があり、また、ふっ素等の特定有害物質による汚染土壌が存在するため、汚染の除去等の拡散防止措置を実施する必要があることなどを指摘した。
 このように、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件土地がふっ素によって人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて汚染されていることが判明した。
 控訴人は、平成17年12月22日、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払った。
 (10) 上記調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同年6月15日、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払った。
 (11) 以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、平成18年11月5日以前に、同社に対し上記契約金額を支払った。
 (12) 控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担した。
3 売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが売買契約後に有害であると社会的に認知された場合と民法570条にいう隠れた瑕疵
 (1) 居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結される売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことは、上記売買契約の目的に照らし、売買契約の目的物である土地が通常備えるべき品質、性能に当たるというべきである。したがって、上記売買契約の目的物である土地の土壌に実際には有害物質が含まれていたが、売買契約締結当時は取引上相当な注意を払っても発見することができず、その後売買契約の目的物である土地の土壌に売買契約締結当時から当該有害物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明した場合(以下「〈1〉の場合」という。)には、目的物である土地における上記有害物質の存在は民法570条にいう隠れた瑕疵に当たると解するのが相当である。
 ところで、居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結された売買契約の目的物である土地の土壌に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが、売買契約後に有害であると社会的に認識された場合において、売買契約の目的物である土地の土壌に当該物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したとき(以下「〈2〉の場合」という。)にも、売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていないことという、上記売買契約の目的物である土地が通常備えるべき品質、性能を欠くというべきであり、この点において〈1〉の場合と差はない。また、〈2〉の場合には、買主にとっては、売買契約締結当時取引上相当な注意を払っても売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が有害であると認識することはできなかったというべきであって、この点においても〈1〉の場合と差はない。さらに、売買契約締結当時、売買契約の目的物である土地に含まれている物質の有害性が社会的に認識されていたかどうかは、当事者が売買契約を締結するに当たって前提となる事実をどのように認識していたか、また、認識可能であったかに包含される問題であって、事実の範疇に包含される問題であると考えられる。そして、このことは、上記売買契約の目的物である土地に含まれていた物質が当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったが売買契約後に有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法令が制定されるに至った場合において、売買契約の目的物である土地の土壌に当該物質が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したとき(以下「〈3〉の場合」という。)にも当てはまるのであり、売買契約締結当時土壌を汚染するものとして当該物質を規制し、汚染の除去等の措置を定める法令の規定が存在しなかったことを理由に、売買契約締結当時は目的物である土地の土壌中に当該物質が含まれていても、上記売買契約は適法であったとして、〈3〉の場合に、民法570条にいう隠れた瑕疵が存在することを否定することは、できないものというべきである。民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、売買契約の当事者間の公平と取引の信用を保護するために特に法定されたものであり、買主が売主に過失その他の帰責事由があることを理由として発生するものではなく、売買契約の当事者双方が予期しなかったような売買の目的物の性能、品質に欠ける点があるという事態が生じたときに、その負担を売主に負わせることとする制度である。このことにかんがみると、民法570条の適用上、〈1〉の場合と〈2〉の場合及び〈3〉の場合とで区別することは、相当ではないというべきである。
 以上によれば、居住その他の土地の通常の利用をすることを目的として締結された売買契約の目的物である土地の土壌に人の生命、身体、健康を損なう危険のある有害物質が上記の危険がないと認められる限度を超えて含まれていたが、当時の取引観念上はその有害性が認識されていなかった場合において、その後、当該物質が土地の土壌に上記の限度を超えて含まれることは有害であることが社会的に認識されるに至ったときには、上記売買契約の目的物である土地の土壌に当該有害物質が上記の限度を超えて含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たると解するのが相当である。そして、上記の場合において、土壌を汚染するものとして当該物質を規制し、汚染の除去等の措置を定める法令の規定が定められ、買主が当該規定に従い、汚染の除去等の措置に必要な費用を負担したときには、買主は売主に対し、民法570条に基づき、上記の費用相当額の損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。
 被控訴人は、民法570条にいう隠れた瑕疵とは、売買の目的物が通常有すべき性能、品質を欠いていた場合又は契約当事者が契約上予定していた性質を欠いていた場合をいい、瑕疵の有無の判断に当たっては、売買契約締結当時の知見、法令等を基礎として判断すべきである旨主張する。しかしながら、民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、上記のとおり、売主に過失その他の帰責事由があることを理由として発生するものではなく、売買契約当事者間の公平と取引の信用を保護するために特に法定されたものであるから、売買契約締結当時の知見、法令等が瑕疵の有無の判断を決定するものであるとはいえない。したがって、被控訴人の上記主張は採用することができない。
 (2) 前記認定事実によれば、本件売買契約締結当時、目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は土壌中にふっ素が含まれていることが有害であるとは認識されておらず、控訴人の担当者もふっ素が有害であると認識していなかったこと、しかし、本件売買契約締結後、平成13年3月28日、環境基本法16条に基づく平成3年8月環境省告示第46号「土壌の汚染に係る環境基準について」の一部が平成13年3月28日付け環境省告示第16号をもって改正され、別表の項目にふっ素が加えられ、ふっ素の環境上の条件は「検液1Lにつき0.8mg以下であること」と定められ、これが環境基準であるとされたこと、この改正の眼目は、これをふっ素についていえば、ふっ素による土壌の汚染に適切に対処しようとするものであること、東京都は、上記の改正に先立ち、平成12年12月22日、東京都公害防止条例の全部を改正し、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号)と題名を改めてこの条例を公布し、平成13年4月1日本件都条例を施行したこと、本件都条例2条12号は、「有害物質」の意義について、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第4に掲げるものをいう。」と定義し、別表第4には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCB等を含む26種類の有害物質が掲げられていること(ふっ素が加えられたのは平成15年2月15日である。)、平成14年5月29日土壌汚染対策法(平成14年法律第53号)が公布され、平成15年2月15日同法が施行されたこと、同法は、土壌の特定有害物質による汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康に係る被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護することを目的とし(同法1条)、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く。)であって、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるものとして政令で定めるものを「特定有害物質」としていること(同法2条1項)、これを受けて、土壌汚染対策法施行令1条21号は、「ふっ素及びその化合物」を、土壌汚染対策法2条1項の政令で定める物質としていること、控訴人は、本件都条例117条2項に基づき、東京都知事に対し、本件土地の土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、平成17年9月27日付けで新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地土壌汚染調査委託契約(甲4の1)を締結し、同年10月4日付けで上記原契約の変更契約(甲4の2)及び追加委託契約(甲4の3)を締結したこと、帝人エコ・サイエンス株式会社は、上記各契約に基づき、本件土地について土壌汚染調査を実施し、控訴人に対し、同年11月2日付け「新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染調査報告書」(甲4の4)を提出したこと、上記報告書によれば、試料を採取した40地点のすべての地点でふっ素が検出され、その量は、40地点のすべての地点で溶出量基準値を超え(最高で基準値の1200倍)、39地点で含有量基準値を超え(最高で基準値の23倍)、ふっ素による地下水汚染が確認されたため、敷地境界を囲む少なくとも四方位4箇所に最初の帯水層(恒常的に地下水が存在する宙水層又は第一帯水層)の底部までを設置深度とする観測井を設け、速やかに地下水の水質測定(モニタリング)を開始し、その結果を東京都に定期的に報告する必要があり、また、ふっ素等の特定有害物質による汚染土壌が存在するため、汚染の除去等の拡散防止措置を実施する必要があることなどが明らかになったこと、このように、本件土地について土壌汚染調査が行われた結果、本件土地がふっ素によって人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて汚染されていることが判明したこと、以上の事実を認めることができる。
 上記認定事実によれば、本件売買契約当時、その目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったところ、本件売買契約後の平成13年3月28日にふっ素が有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法規が制定されるに至ったものということができるのであり、平成17年11月2日ころ、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したものということができる。
 以上のとおり、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中に上記のとおりふっ素が含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというべきである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件都条例に基づき、汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために負担した必要な費用相当額の損害賠償請求をすることができる。
4 損害について
 前記認定事実によれば、〈1〉控訴人は、本件土地につき土壌汚染対策工事請負契約を締結するに先立ち、平成17年8月4日、本件都条例117条1項に基づき、本件土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等所定の事項について調査するため、清水建設株式会社との間で契約金額5万2500円で委託契約を締結し、清水建設株式会社に本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を行わせ、同社に対し、上記5万2500円を支払ったこと、〈2〉控訴人は、その結果を受け、同年9月27日、本件都条例117条2項に基づき、本件土地について土壌汚染調査を行うため、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額945万円で委託契約を締結し、同年10月4日、同社との間で変更契約を締結すると共に、契約金額252万円で追加委託契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染調査を行わせ、同社に対し、費用及び報酬として合計1197万円を支払ったこと、〈3〉上記〈2〉の調査の結果、地下5mの地点でも汚染が確認され、更に深い深度でのボーリング調査を行って汚染深度を把握する必要が生じたため、控訴人は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社との間で、契約金額1869万円で土壌汚染調査の追加調査を行うことを委託する委託契約を締結し、平成18年3月31日、同社との間で、契約金額を1848万5250円に変更することなどを内容とする変更契約を締結し、同社に本件土地について土壌汚染の追加調査を行わせ、同社に対し、費用及び報酬として1848万5250円を支払ったこと、〈4〉以上により、控訴人は、本件土地について土壌汚染対策工事を実施する必要が生じ、まず、平成18年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社との間で、契約金額519万7500円で上記対策工事発注仕様書の作成業務を委託する旨の委託契約を締結し、同社に上記工事の見積りをさせ、同社に対し上記契約金額を支払ったこと、〈5〉控訴人は、本件土地について土壌汚染の除去等の拡散防止措置を実施するために、平成18年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体代表者清水建設株式会社との間で、契約金額4億2525万円で、新田1丁目、日暮里・舎人線関連用地の土壌汚染対策工事請負契約を締結し、同額の債務を負担したことが認められる。上記〈1〉の契約の締結及び金銭の支出並びに上記〈2〉の各契約の締結及び金銭の支出は、本件都条例117条1項及び同条2項によりされたものであり、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたという隠れた瑕疵が存在していたこととの間に相当因果関係はないというべきであるが、他方、上記〈3〉の契約の締結及び金銭の支出、上記〈4〉の契約の締結及び金銭の支出並びに上記〈5〉の契約の締結及び債務の負担は、本件土地の上記の隠れた瑕疵によるものであり、上記の隠れた瑕疵の存在との間に相当因果関係が存在するというべきである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、上記〈3〉から〈5〉までの支出額及び債務負担額合計4億4893万2750円の損害賠償請求をすることができることになる。控訴人は、上記損害額元本に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払も請求するところ、上記〈5〉のとおり控訴人が負担した債務については、控訴人が支払った前払金の額は証拠上明らかでないが、甲第9号証により、控訴人は、上記債務の全額について、遅くとも平成20年7月8日(約定の工期である同年3月31日から40日経過した同年5月10日の後である本件口頭弁論終結の日)までには支払うべき義務を負ったものと認めることができるから、4億2525万円に対する遅延損害金の起算日は平成20年7月8日とすべきである。
 以上によれば、控訴人の請求は、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから、上記の限度でこれを認容すべきであるが、控訴人の請求中その余の部分については理由がないから、これを棄却すべきである。
5 被控訴人の消滅時効の抗弁について
 瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり、この消滅時効は、買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行すると解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第773号同13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1311頁参照)。消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ、上記第三小法廷判決は、通常の場合には、買主が、売買の目的物の引渡しを受けた後、瑕疵を発見するについて法律上の障害はなく、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払えば売買の目的物の瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することが可能であることを前提にしているのであり(上記第三小法廷判決参照)、上記第三小法廷判決の法理は、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払ったとしても、取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合にまで及ぶものではない。
 これを本件についてみるに、本件売買契約当時、その目的物である本件土地の土壌中にふっ素が含まれていたが、当時の取引観念上は有害であると認識されていなかったこと、本件売買契約後の平成13年3月28日に土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されたために、当該物質を土壌を汚染するものとしてこれを規制する法令が制定されるに至ったものということができることは、前記のとおりである。これによれば、控訴人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、控訴人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在したというべきであって、控訴人が本件土地に隠れた瑕疵があるとして民法570条に基づく損害賠償請求権を行使することができる時は、控訴人が本件土地の引渡しを受けた時ではなく、土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されるに至った平成13年3月28日であるというべきである。そして、控訴人は、平成17年11月2日ころ、本件売買契約の目的物である本件土地の土壌中にふっ素が人の生命、身体、健康を損なう危険がないと認められる限度を超えて含まれていたことが判明したことを受け、平成18年10月27日に本件訴訟を提起して上記損害賠償請求権を行使するに至ったのであるから、平成13年3月28日から進行する消滅時効の時効期間が経過する前に、上記損害賠償請求権を行使したものということができる。したがって、被控訴人の消滅時効の抗弁は理由がない。
第4 結論
 以上の認定及び判断の結果によると、控訴人の請求は、4億4893万2750円並びにうち2368万2750円に対する本件訴状送達の日の翌日である平成18年11月5日から、及びうち4億2525万円に対する平成20年7月8日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるから、上記の限度でこれを認容すべきであるが、控訴人の請求中その余の部分については理由がないから、これを棄却すべきである。そうすると、当裁判所の上記判断と異なり、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は一部不当であるから、これを上記の趣旨に変更することとして、主文のとおり判決する。
第21民事部  (裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 髙世三郎 裁判官 西口元)

東京地方裁判所 平成18年(ワ)第23983号 平成19年07月25日


平成19年(ネ)第4169号

 本件は、原告が、被告から買い受けた土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったこと等が民法570条にいう「瑕疵」に当たると主張して、被告に対し、同条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、同措置に要する費用等合計4億6095万5250円の支払を求める事案である。

  東京地方裁判所 平成18年(ワ)第23983号 平成19年07月25日 主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、4億6095万5250円及びこれに対する平成18年11月5日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告から買い受けた土地の土壌が有害物質により汚染されていたため、その後施行された東京都条例の規制に従い、汚染拡散防止措置を行わなければならなくなったこと等が民法570条にいう「瑕疵」に当たると主張して、被告に対し、同条の瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、同措置に要する費用等合計4億6095万5250円の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等(証拠等により容易に認められる事実は、末尾にそれを掲記した。)
 (1) 当事者
  ア 原告は、公共用地又は公用地等の取得、管理及び処分等を行うことにより、東京都足立区の秩序ある整備と足立区民福祉の増進に寄与することを目的とする法人である(弁論の全趣旨)。
  イ 被告は、旭硝子株式会社の子会社で、主にふっ素機能商品の製作販売を業とする株式会社である。
 (2) 土地売買契約の締結
 原告は、平成3年3月15日、被告から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を、代金23億3572万6120円で買い受けた(以下「本件売買契約」という。)。
 原告が本件売買契約を締結したのは、平成3年当時、原告が、足立区から、東京都が進めていた東京都荒川区日暮里と東京都足立区舎人地区を結ぶ日暮里・舎人線(仮称)の開設に不可欠な用地の被買収者に対して提供する代替地の取得を要請されていたためであった(弁論の全趣旨)。
 (3) 本件土地の利用状況
 本件土地は、昭和59年4月1日までは株式会社アスニーが、同社が被告に吸収合併された同日以降は被告が、主に工業用ふっ酸を製造するための工場用地として利用していた(甲8及び弁論の全趣旨)。
 (4) 土壌調査
 原告は、本件売買契約に先立ち、本件土地の土壌調査を、株式会社環境技術研究所に委託した。
 平成3年2月20日に行われた土壌調査の結果、本件売買契約締結時ころには、本件土地の表層土に、東京都の定める公用地取得にかかる重金属等による汚染土壌の処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムが含有されている部分が存することが判明した(以下「平成3年調査」という。)。
 (以上、甲2及び弁論の全趣旨)
 (5) 本件都条例の施行等(顕著な事実)
  ア 平成12年12月22日、東京都条例第215号「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」(以下「本件都条例」という。)が公布され、同都条例は、平成13年4月1日に施行された。
  イ 本件都条例2条12号は、「有害物質」を、「人の健康に障害を及ぼす物質のうち水質又は土壌を汚染する原因となる物質で、別表第四に掲げるもの」と定義し、別表第四には、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びポリ塩化ビフェニル(以下「PCB」という。)等を含む26種類の有害物質が掲げられている。
  ウ また、本件都条例117条(平成13年10月1日施行)は、別紙条文目録記載のとおり、土地の改変時における改変者の義務について規定している。
 (6) 代替地としての提供
 東京都足立区は、平成14年4月、日暮里・舎人線(仮称)の江北駅(仮称)駅前広場予定地を、甲野太郎から買収することになったところ、同人及び同土地上に存する建物を同人から賃借して運送業を営む株式会社扇運輸(以下、甲野太郎と併せて「甲野ら」という。)から、代替地の提供を求められた。原告は、東京都足立区の要請により、本件土地を甲野らに対する被買収土地の代替地として提供するための協議を行った。(以上、弁論の全趣旨)
 (7) 再度の土壌調査
 原告は、平成3年調査の結果、本件土地の土壌が、鉛、砒素及びカドミウムによって汚染されていることが判明していたことから、本件土地を甲野らに対して代替地として提供するに当たり、他の有害物質による汚染の有無についても調査することとし、土壌汚染調査を帝人エコ・サイエンス株式会社に委託した。
 平成17年10月に行われた土壌汚染調査の結果、本件土地の表層土に、本件都条例115条2項及び同施行規則56条が定める汚染土壌処理基準値を超える量の鉛、砒素及びカドミウムの外、ふっ素及びPCBが含有されている部分が存することが判明した。(以上、甲4の1ないし4、甲5の1ないし4及び弁論の全趣旨)
 (8) その後の利用状況
 本件土地の土壌汚染の事実を知った甲野らは、平成18年7月5日、本件土地を被買収土地の代替地として受領することを拒否した。
 そこで、原告は、本件土地を、地域住民の福祉目的のために、汚染された土壌の掘削除去及び封じ込めを行った後で、公園用地として利用することを決定した。(以上、弁論の全趣旨)
 原告は、同年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体との間で、本件土地の土壌汚染対策工事の請負契約を締結した(甲9)。
2 争点
 (1) 本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か
 (2) 損害の有無及びその額
 (3) 消滅時効の成否
3 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点(1)(本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か)について
 (原告の主張)
  ア 原告は、甲野らに対し、本件売買契約の目的物である本件土地を、被買収用地の代替地として提供するに際し、有害物質による土壌汚染調査を行った。その結果、本件土地の土壌が、有害物質である鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCBにより汚染されていることが判明し、甲野らが本件土地を被買収土地の代替地としての受領を拒絶したので、原告は、本件土地を公園として利用することを決定した。
  そして、本件土地を公園として利用することは、本件都条例117条1項にいう「土地の改変」に当たるため、原告は、同条1項、3項及び4項に基づき、本件土地の土壌汚染調査及び汚染の拡散防止措置を行わなければならなくなった。
  すなわち、原告は、本件土地の利用について、本件都条例により、その定める義務を履行しなければ、公園用地に改変できないという制限を受けた。
  したがって、本件売買契約の目的物である本件土地には、「瑕疵」がある。
  なお、原告は、本件土地の土壌が汚染されていることが「瑕疵」に当たるとして主張するものではない。
  イ 被告の主張アに対する反論
  被告は、本件売買契約締結時に存在していなかった本件都条例による規制を「瑕疵」ということはできない旨主張する。
  しかしながら、売買契約締結時において、買主が欠点を確認した場合でも、その欠点が買主にとって物の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったときは、「隠れた瑕疵」に当たるのであるから、法令等に基づく制限は、売買契約締結時に存在しなければならないものではない。
  本件においては、本件売買契約締結時において、本件土地の土壌が、鉛、砒素、カドミウム、ふっ素及びPCBによって汚染されていたが、当時、本件都条例が施行されていなかったため、原告は、本件土地の土壌汚染が本件土地の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったものである。
  すなわち、本件都条例が制定され、原告に工事費用の負担が生じたことにより、「隠れた瑕疵」が公的に顕現化したものである。
  したがって、本件売買契約の目的物である本件土地には、「隠れた瑕疵」がある。
 (被告の主張)
  ア 「瑕疵」とは、原始的瑕疵、すなわち、売買契約締結時に存在する瑕疵をいうから、「瑕疵」が存在するかどうかの判断は、売買契約締結時においてされるべきである。
  したがって、本件売買契約締結時に存在していなかった本件都条例による規制を「瑕疵」ということはできない。
  イ 原告の主張に対する反論
  前記原告の主張イは、売買契約締結時において目的物に「瑕疵」があることを前提に、一見「瑕疵」が隠れていないようでも、「瑕疵」だと認識できる程度に顕われてはいなかった「瑕疵」について、「隠れた」ものと判断してよいか否かに関するものである。
  したがって、売買契約締結後に、目的物に後発的に生じた「瑕疵」について、売主の瑕疵担保責任を認めてよいことにはならない。
 (2) 争点(2)(損害の有無及びその額)について
 (原告の主張)
  ア 原告は、本件都条例117条1項、2項及び4項に従い、本件土地の土壌汚染調査費用として、次のとおり、合計3570万5250円を支払った。
  (ア) 原告は、平成17年8月4日、清水建設株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査に係る地歴等調査を、代金5万2500円(税込)で委託し、同年10月19日、同金員を同社に支払った(甲3の1、2)。
  (イ) 原告は、同年9月27日、帝人エコ・サイエンス株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査を、代金945万円(税込)で委託した(甲4の1、2)。また、原告は、同年10月4日、同社に対し、同調査の追加調査を、代金252万円(税込)で委託した(甲4の3)。
  原告は、同年12月22日、同社に対し、上記委託代金合計1197万円を支払った(甲4の5)。
  (ウ) 原告は、同年11月3日、帝人エコ・サイエンス株式会社に対し、本件土地の土壌汚染調査について、代金1869万円(税込)で委託した(甲5の1)。その後、平成18年3月31日に、同代金額が1848万5250円に変更された(甲5の2)。
  原告は、同年6月15日、同社に対し、同変更後の委託代金を支払った(甲5の4)。
  (エ) 原告は、同年9月8日、パシフィックコンサルタンツ株式会社に対し、本件土地の土壌汚染対策工事発注仕様書の作成業務を、代金519万7500円(税込)で委託した(甲6)。
  イ また、原告は、同各条項に従い、平成17年12月26日、清水・竹内・太和建設共同企業体に対し、本件土地の土壌汚染対策工事を、代金4億2525万円(税込)で発注し、同額の支払義務を負担した。
  ウ したがって、原告は、合計4億6095万5250円の損害を被った。
 (被告の主張)
  原告の主張は争う。
 (3) 争点(3)(消滅時効の成否)について
 (被告の主張)
  仮に、被告が原告に対し瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を負うとしても、同損害賠償請求権は、目的物の引渡しから10年の経過により時効より消滅する。
  そして、被告は、平成4年4月2日、原告に対し、本件売買契約に基づき、目的物である本件土地を引き渡した。
  したがって、平成14年4月2日の経過をもって、同損害賠償請求権は時効消滅したから、被告は、これを援用する。
 (原告の主張)
  消滅時効の進行は、権利の性質上その行使を現実に期待できる状態になければ進行しないとされているところ、原告が、被告から本件売買契約に基づく本件土地の引渡しを受けたときには、本件損害賠償請求権は未だ発生していなかったから、本件土地の引渡時から消滅時効が進行するということはできない。
  本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、本件都条例によって本件土地の瑕疵が顕現化された時点、すなわち、本件土地について新たな負担が付された時点又はその負担を原告が実行した時点と解すべきである。
  したがって、本件損害賠償請求権は、時効消滅していない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件都条例による規制が民法570条にいう「瑕疵」に当たるか否か)について
 (1) 売買契約の目的物たる土地が、法令等により利用上の制限を受けることは、売買契約の目的物として通常有すべき品質や性能を欠くものであり、民法570条にいう「瑕疵」に当たり得る。
  しかしながら、瑕疵担保責任の規定が適用されるためには、その前提として、売買契約締結時において、目的物に「瑕疵」が存在することが必要であると解すべきである。
  けだし、同条の瑕疵担保責任は、売買契約の目的物に「隠れた瑕疵」が存在する場合に、買主を保護すべく、売主に責任を負わせるものであり、売買契約締結後に目的物に「瑕疵」が生じた場合にまで、買主を保護して売主に責任を負わせるべき根拠を欠くからである。
  そして、このように解さなければ、売買契約締結後に生じ得る瑕疵について、売主が永久に瑕疵担保責任を潜在的に負うことになるが、これは売主に過大な負担を課するものであり、かえって売買契約当事者間の公平を失する結果となる。
 (2) この点について、原告は、売買契約締結時において、買主が欠点を確認した場合でも、その欠点が買主にとって物の利用に影響する瑕疵と考えることができなかったときは、「隠れた瑕疵」に当たるのであるから、法令等に基づく制限は、売買契約締結時に存在しなければならないものではない旨主張する。
 しかしながら、本件のように、法令等による制限について瑕疵担保責任の規定の適用が問題となる場合において同規定が適用されるためには、売買契約締結時において、法令等により、目的物の利用が制限されていることが必要である。すなわち、売買契約締結時において、現に目的物の利用を制限する法令等が施行され、又は同法令等の施行が確実に予定され、売買契約締結後に実際に施行されることが必要である。
 けだし、売買契約締結時において、目的物の利用を制限する法令等の施行が確実に予定されていない場合においても、売主に瑕疵担保責任を負わせるとすれば、売主に過大な負担を課するものであり、かえって売買契約当事者間の公平を失する結果となるからである。
 (3) 本件についてこれを見るに、原告は、土壌汚染の事実を「瑕疵」と主張するのではなく、本件都条例による規制を「瑕疵」と主張するが、本件都条例は、本件売買契約が締結された平成3年3月には存在せず、10年以上経過した平成13年10月に施行されたものである。
 よって、原告の主張は、売買契約締結時に存在しない瑕疵を「瑕疵」と主張するものであり、主張自体失当である。
 なお、本件においては、売買契約締結時において、目的物の利用が法令等により制限されておらず、これを制限する法令等の施行が確実に予定されるという事情を認めるに足りない。
2 結論
 以上によれば、その余の争点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 桑原直子 裁判官 吉村弘樹) (別紙)物件目録<略>

(別紙)条文目録
117条1項 規則で定める面積以上の土地において行う土地の切り盛り、掘削等規則で定める行為(以下「土地の改変」という。)を行う者(以下「土地改変者」という。)は、土壌汚染対策指針に基づき、当該土地の改変を行う土地における過去の有害物質の取扱事業場の設置状況等規則で定める事項について調査し、その結果を知事に届け出なければならない。
117条2項 知事は、前項の調査の結果、当該土地の土壌が汚染され、又は汚染されているおそれがあると認めるときは、土地の改変者に対し、土壌汚染対策指針に基づき、規則で定めるところにより当該土壌の汚染状況を調査し、その結果を報告するよう求めることができる。
117条3項 土地改変者は、前項の調査の結果、当該土地の土壌の有害物質の濃度が汚染土壌処理基準を超えていることが判明したときは、土地の改変に伴う汚染の拡散等を防止するため、土壌汚染対策指針に基づき、規則で定めるところにより、汚染拡散防止計画書を作成し、知事に提出しなければならない。
117条4項 前項により汚染拡散防止計画書の提出をした土地改変者は、前項の汚染拡散防止計画書の内容を誠実に実施し、汚染の拡散の防止の措置が完了したときは、その旨を知事に届け出なければならない。
 

判例研究【3】を学ぶにあたっての基礎知識

売買契約が成立すると、売主は、目的物である財産権を買主に移転する義務を負い、買主は、売主に対価としての代金支払い義務を負うことになるが、その目的物に瑕疵があり、契約によって予定していた目的を達成できない場合には当事者間の公平等を図るべく、民法では一定の要件のもとに売主の担保責任の規定が置かれている。
 さらに、これは瑕疵の様態に応じて、権利の瑕疵と物の瑕疵とに分けられるが、特に、後者にあっては、「瑕疵担保責任」とよばれ、不動産に関する紛争事例として近年、土壌汚染を中心に数多く取り上げられている。
 公共用地の取得にあたっては、この土壌汚染への対応に係る取扱指針等が示されており、契約前により慎重な調査等の実施、土壌汚染の状況を踏まえた適正な損失補償の確保等が求められている。一方、先行取得等を例とした土壌汚染対策施工前に契約がなされたケースにおいては、その目的物である土地にかかる法令等の規制を超える有害物質の存在が後に判明し、取り上げられている瑕疵担保責任の問題が発生し得ることも想定される等、改めて留意すべきものと思われるため、今回その近時の判例を紹介するものである。

民法・関連条文
(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条 売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的の場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は契約を解除することができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
2 略
3 前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。
(売主の瑕疵担保責任)
第570条 売買の目的物に隠れた瑕疵があった時は、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。

事実の概要

Xは、Yから、その所有地を購入する際に、この土地の土壌を調査したところ、当該土地の表層土に、東京都の定める公用地取得に係る重金属等による汚染土壌の処理基準を超える量の亜鉛、砒素及びカドミウムの含まれている部分が存在することが判明した。
 Xは、このような状況下で、平成3年3月15日にYと約23億円で売買契約を締結した。
  本件土地の土壌には、本件売買契約締結当時からふっ素が含まれていたが、その当時、土壌に含まれるふっ素については、法令に基づく規制の対象となっていなかったし、取引観念上も、ふっ素が土壌に含まれることに起因して、人の健康に係る被害を生じる恐れがあると認識しておらず、Yもそのような認識を有していなかった。
 その後ふっ素についての新環境基準が平成13年3月28日に告示され、Xは、平成3年の上記調査の結果、本件土壌に上記亜鉛、砒素等が包含されていたので、他の有害物質による汚染の有無についても調査したところ(平成17年11月2日ごろ)、当該土地の表層土に、条例・その施行規則が定める汚染土壌処理基準を超える量のふっ素の包含されている部分が存することが判明した。
 このふっ素の包含量は、人の生命・身体・健康を損なう危険があることが明確となり、Xは、本件土地を公園用地として利用することとしていたため、土壌汚染対策工事の実施を余儀なくされた。そこで、Xは、Yに対し、瑕疵担保責任による損害賠償を求めた。

論点 1 瑕疵の存在時期 2 瑕疵担保責任の消滅時効


売買の当事者間において目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたかについては、売買契約当時の取引観念をしんしゃくして判断すべきところ、前記事実関係によれば、本件売買契約締結当時、取引観念上、フッ素が土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおされがあると認識されておらず、被上告人の担当者もそのような認識を有していなかったのであり、フッ素が、それが土壌に含まれことに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるなどの有害物質として、法令に基づく規制の対象となったのは、本件売買契約締結ごであったというのである。
 そして、本件売買契約の当事者間において、本件土地が備えるべき属性として、その土壌に、フッ素が含まれていないことが、特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれない。そうすると、本件売買契約締結当時の取引観念上、それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害に生ずるおそれがあると認識されていなかったフッ素について、本件売買契約の当事者間において、それが人の健康を損なう限度を超えて本件土地の土壌に含まれてないことが予定されていたものとみることはできず、本件土地の土壌に溶出量基準値及び含有量基準値のいずれも超えるフッ素が含まれていたとしても、そのことは、民法570条にいう瑕疵には当たらないというべきである。

【論点】瑕疵担保責任の要件/瑕疵担保責任の消滅時効(排斥期間)

【論点】瑕疵担保責任の要件
①「隠れた瑕疵」の存在----瑕疵の判断時期
②売買の責任期間

1 瑕疵担保責任の要件
  1.  「隠れた瑕疵」の存在
売買の目的物に瑕疵があったことが必要である。ここに「瑕疵」とは、欠点ないし欠陥である。一般的に、瑕疵が存するか否かの判断は、物が通常有すべき品質・性能を欠いているかどうかを基準とする
 また、ここに言う瑕疵は、隠れたものであることを要し、隠れたものであるとは、通常の注意をしていても、瑕疵を発見できないことを意味する。
 なお、ここでは、買主が瑕疵を知らないことにつき、過失がないことが必要と解されている。
本件事案においては、隠れた瑕疵が存すると判断する時期がいつであるかが主要な問題となっている。
  1.  売主の責任期間
 民法566条3項の準用により(民法570条本文)。契約の解除または損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から1年以内にしなければならない。本事案では、当該土地がYからXに引き渡されてから、10年も経過しているので、瑕疵担保責任は消滅時効にかかっているのではないか、との疑問が生じうる。
 
2 検討
1瑕疵の判断時期
 
2 検討
1瑕疵の判断時期
本件の控訴審判決(東京高判決平成20年9月25日判決)は、当時の取引観念上は、その有害性が認識されていなかった場合において、その後、当該物質が土地の土壌に非との声明・身体・健康を損なう危険のある有害物質であることが社会的に認識されるに至ったときは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというのが相当であるとしている。
また、民法570条に基づく売主の瑕疵担保責任は、売主に過失その他の帰責事由があることや理由としてとして発生するものではなく、売買契約者間の公平と取引の信用を保護するために法定されたものであるから、売買契約締結当時の知見、法令等が瑕疵の有無の判断を決定するものであるとはいえない、としている。
 以上から、本判決は、売買契約の目的物である土地の土壌中に上記のとおりふっ素が含まれていたことは、民法570条にいう隠れた瑕疵に当たるというべきである、としている。
本件判決が述べているように、たとえ契約締結時に売主に瑕疵担保責任を、売買の公平と取引の信用・保護の観点から認めようとしても、契約の当時において、予測可能性がないのに、売主に担保責任を認めるには、無理があろう。
 また、目的物が買主の支配下に移転した後に発生した事象まで、売主に責任を負わせるのは酷であろう。
② 売主の責任期間
民法566条3項の準用により(本文570条本文)、契約の解除または損害賠償の請求は、買主が事実を知った時より1年以内にしなければならない。つまり、買主が瑕疵を知った時を起算点として、短期の解決が図られている。
 もっとも、宅地建物取引業法40条は、取引業者が自ら売主となった場合には、目的物の引き渡しから2年以上の特約を認めないとしている。
 なお、売主の1年の責任期間と、売主の責任について10年の一般消滅時効期間(民法167条1項)との関係は、後者は、買主が目的物の引き渡しを受けた時から進行する点で(最高裁平成13年11月27日第3小法廷判決民集55巻6号311頁)、相違がある。
消滅時効は、権利を行使することができる時から進行するが(民法166条1項)、上記最高裁判決は、通常の場合には、買主が、売買目的の引き渡しを受けた後、瑕疵を発見することについて法律上の障害はなく、合理的に行動する買主を想定してその者が損害賠償請求権を行使することが可能であることを前提としているのであり(上記第三小法廷判決参照)、上記第三小法廷判決の法理は、合理的に行動する買主を想定してその者が取引上必要とされる注意を払っていたとしても、取引観念上 瑕疵が存在するとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合までに及ぶものではない。
 上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引き渡しを受けた時から、損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在するとは評価されなかったために、売買の目的物の引渡しを受けた時から損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在する場合までに及ぶものではない。
 上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引渡しを受けた時には、本件土地に取引観念上瑕疵が存在するものとは評価されなかったために、上告人が本件売買契約の目的物である本件土地の引き渡しを受けた時から、損害賠償請求権を行使することができない特段の事情が存在したというべきであって、上告人が本件土地に隠れた瑕疵があるとして、民法570条に基づく損害賠償請求を行使することができる時は、控訴人が本件土地の引渡しを受けた時ではなく、土壌中のふっ素が有害であると社会的に認識されるに至った平成13年3月28日であるというべきである。
 以上から上記小法廷の述べるところは正鵠を得ており、指示できるところであろう。

賃貸借契約に関する判例(借地借家法32条1項)

借地借家法32条1項の規定に基づく賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずる

 1 本件は,建物の賃貸人であるX1(なお,訴訟係属中にその地位をX2が承継し,引受人として当事者となった。)が,賃借人であるYに対し,借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求をした上,増額された賃料額の確認等を求めた事案である。
 X1とYとの間には,本件訴訟に先立つ訴訟(以下「前件訴訟」という。)があり,前件訴訟においては,Yが,当時月額300万円であった上記建物の賃料(以下「本件賃料」という。)につき,平成16年4月1日以降月額240万円に減額する旨の意思表示をした上,本訴として,同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求め,X1が,平成17年8月1日以降の本件賃料を月額320万2200円に増額する旨の意思表示をした上,反訴として,同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求めていた。そして,前件訴訟の第1審は,本訴につき,本件賃料が平成16年4月1日以降月額254万5400円である旨を確認する一方,反訴については請求を棄却する旨の判決をし,この判決に対するX1の控訴が棄却され,上記判決は確定した(以下,この確定判決を「前訴判決」という。)。
 本件訴訟は,X1が,前件訴訟の第1審係属中に,平成19年7月1日以降の本件賃料を月額360万円に増額する旨の意思表示(以下「本件賃料増額請求」という。)をしていたことから,前訴判決確定後,改めて提訴し,同日以降の賃料が同額であることの確認等を求めたものである。

最高裁判所第一小法廷 平成25年(受)第1649号 平成26年09月25日 主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
  上告代理人石井義人ほかの上告受理申立て理由(第4を除く。)について
 1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
  (1) 承継前被上告人は、昭和48年10月16日、第1審判決別紙1物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)につき、当時の所有者であるAとの間で、期間を昭和49年1月1日から20年間とし、賃料を月額60万円とする旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、その頃、本件建物部分の引渡しを受けた。
  (2) その後、本件賃貸借契約について、賃貸人の地位の移転及び賃料(以下「本件賃料」という。)の改定が繰り返され、平成6年1月1日以降の本件賃料は月額300万円とされていたところ、承継前被上告人は、平成16年3月29日、当時の賃貸人であるBに対し、本件賃料を同年4月1日から月額240万円に減額する旨の意思表示をした(以下、同日の時点を「基準時1」という。)。
  そして、承継前被上告人は、平成17年6月8日、同年2月9日に本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した上告人X1を被告として、「本件賃料が平成16年4月1日から月額240万円であること」の確認等を求める訴訟(以下「前件本訴」という。)を提起した。
  (3) 他方、上告人X1は、平成17年7月27日、承継前被上告人に対し、本件賃料を同年8月1日から月額320万2200円に増額する旨の意思表示をした(以下、同日の時点を「基準時2」という。)。
  そして、上告人X1は、平成17年9月6日、前件本訴に対し、「本件賃料が平成17年8月1日から月額320万2200円であること」の確認等を求める反訴(以下「前件反訴」といい、前件本訴と併せて「前件訴訟」という。)を提起した。
  (4) さらに、上告人X1は、前件訴訟が第1審に係属中の平成19年6月30日、承継前被上告人に対し、本件賃料を同年7月1日から月額360万円に増額する旨の意思表示をした(以下、この意思表示を「本件賃料増額請求」といい、同日の時点を「基準時3」という。)。
  これに対し、承継前被上告人は、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認請求を前件訴訟の審理判断の対象とすることは、その訴訟手続を著しく遅滞させることとなるとして、裁判所の訴訟指揮により、上告人X1が、前件訴訟における反訴の提起ではなく、別訴の提起によって上記確認請求を行うよう促すことを求める旨記載した上申書を裁判所に提出した。
  (5) 結局、上告人X1は、前件訴訟において、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認請求を追加することはなかった。そして、前件訴訟の第1審は、平成20年6月11日、前件本訴につき、「本件賃料が平成16年4月1日から月額254万5400円であること」を確認するなどの限度で承継前被上告人の請求を認容し、前件反訴についてはその請求を全部棄却する旨の判決をした。
  上記判決に対し上告人X1が控訴したが、控訴審は、平成20年10月9日に口頭弁論を終結した上(以下、この口頭弁論の終結時点を「前件口頭弁論終結時」という。)、同年11月20日、上告人X1の控訴を棄却し、上記判決は、同年12月10日に確定した(以下、確定した上記判決を「前訴判決」という。)。
 2 本件は、上告人X1及び平成23年4月28日に同上告人から本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した上告人X2が、承継前被上告人に対し、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認等を求める事案である。本件賃料増額請求が前件口頭弁論終結時以前にされていることから、本件訴訟において本件賃料増額請求による本件賃料の増額を主張することが、前訴判決の既判力に抵触し許されないか否かが争われている。なお、被上告人は、原審の口頭弁論終結後である平成25年3月21日、承継前被上告人を吸収合併し、本件訴訟の訴訟手続を承継した。
 3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却した。
  賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟の訴訟物は、当事者が請求の趣旨において特に期間を限定しない限り、形成権である賃料増減請求権の行使により賃料の増額又は減額がされた日から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であると解されるところ、前件訴訟において、承継前被上告人は、基準時1から前件口頭弁論終結時までの賃料額の確認を求め、上告人X1は、基準時2から前件口頭弁論終結時まで(ただし、終期については基準時3と解する余地がある。)の賃料額の確認を求めたものと解されるから、本件訴訟において、上告人らが、本件賃料増額請求により本件賃料が前件口頭弁論終結時以前の基準時3において増額された旨主張することは、前訴判決の既判力に抵触し許されない。
 4 しかし、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  (1) 借地借家法32条1項所定の賃料増減請求権は形成権であり、その要件を満たす権利の行使がされると当然に効果が生ずるが、その効果は、将来に向かって、増減請求の範囲内かつ客観的に相当な額について生ずるものである(最高裁昭和30年(オ)第460号同32年9月3日第三小法廷判決・民集11巻9号1467頁等参照)。また、この効果は、賃料増減請求があって初めて生ずるものであるから、賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟(以下「賃料増減額確認請求訴訟」という。)の係属中に賃料増減を相当とする事由が生じたとしても、新たな賃料増減請求がされない限り、上記事由に基づく賃料の増減が生ずることはない(最高裁昭和43年(オ)第1270号同44年4月15日第三小法廷判決・裁判集民事95号97頁等参照)。さらに、賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の当否及び相当賃料額について審理判断がされることとなり、これらを審理判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基にして、その合意等がされた日から当該賃料増減額確認請求訴訟に係る賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を総合的に考慮すべきものである(最高裁平成18年(受)第192号同20年2月29日第二小法廷判決・裁判集民事227号383頁参照)。したがって、賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の効果が生ずる時点より後の事情は、新たな賃料増減請求がされるといった特段の事情のない限り、直接的には結論に影響する余地はないものといえる。
  また、賃貸借契約は継続的な法律関係であり、賃料増減請求により増減された時点の賃料が法的に確定されれば、その後新たな賃料増減請求がされるなどの特段の事情がない限り、当該賃料の支払につき任意の履行が期待されるのが通常であるといえるから、上記の確定により、当事者間における賃料に係る紛争の直接かつ抜本的解決が図られるものといえる。そうすると、賃料増減額確認請求訴訟の請求の趣旨において、通常、特定の時点からの賃料額の確認を求めるものとされているのは、その前提である賃料増減請求の効果が生じたとする時点を特定する趣旨に止まると解され、終期が示されていないにもかかわらず、特定の期間の賃料額の確認を求める趣旨と解すべき必然性は認め難い。
  以上の事情に照らせば、賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずると解するのが相当である。
  (2) 本件についてこれをみると、前記事実関係によれば、前件本訴及び前件反訴とも、請求の趣旨において賃料額の確認を求める期間の特定はなく、前訴判決の前件本訴の請求認容部分においても同様であり、前件訴訟の訴訟経過をも考慮すれば、前件訴訟につき承継前被上告人及び上告人X1が特定の期間の賃料額について確認を求めていたとみるべき特段の事情はないといえる。
  そうであれば、前訴判決の既判力は、基準時1及び基準時2の各賃料額に係る判断について生じているにすぎないから、本件訴訟において本件賃料増額請求により基準時3において本件賃料が増額された旨を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものではない。
 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上の見地を踏まえて本件賃料増額請求の当否等を審理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官金築誠志の補足意見がある。
  裁判官金築誠志の補足意見は、次のとおりである。
  賃料増減額確認請求訴訟の訴訟物は、当事者が請求の趣旨において特に期間を限定しない限り、形成権である賃料増減請求権の行使により賃料の増額又は減額がされた日から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であるとする原審の見解(以下、この見解を「期間説」という。)は、同訴訟が継続的な法律関係である賃貸借契約の要素としての賃料額の確認を求めるものであること、既判力の基準時までの期間の法律関係が確定され紛争解決の目的により資すること、確認の利益も現在の法律関係を確認の内容として含み問題が少ないことなどからすると、自然な考え方であるように思われるかもしれない。
  しかし、訴訟物をいかなる形で設定するかは処分権主義に服するものであるから、第一義的には原告の意思によることになるところ(したがって、原告が期間を特定して賃料額の確認を求めた場合は、確認の利益が認められる限り、適法である。)、前件訴訟でも採られているような賃料増減額確認請求訴訟において一般的に見られる形の請求(増減請求時「から」あるいは「以降」の賃料額の確認を求め、特に期間を限定していない請求。以下「一般的形態の請求」という。)をした場合、通常、原告が期間説を念頭に置いて訴えを提起しているものと理解すべきかどうかは、甚だ疑問である。また、裁判所も、期間説に従って訴訟指揮をしているのが通常かというと、そうとはいえないように思われる。実務は、常に意識的ではないかもしれないが、賃料増減請求が効果を生じた時点の賃料額が訴訟物という考え方(以下、この考え方を「時点説」という。)の下に運用されていることが多かったのではないかと推察される。現に、前件訴訟においても、法廷意見にあるとおり、第1審係属中に本件賃料増額請求がなされたが、賃借人から、同請求により増額された賃料額の確認請求を前件訴訟の対象とすることは訴訟手続を著しく遅滞させることになるとして、裁判所の訴訟指揮により別訴を提起するよう促すことを求める旨記載した上申書が提出され、結局、本件賃料増額請求により増額された賃料額の確認請求が追加されることはなかった。そして、前件訴訟の請求を本件賃料増額請求時までの期間に限定するよう裁判所が促した事実等もうかがわれないのである。こうした前件訴訟の経過は、一般的形態の請求の訴訟物は口頭弁論終結時までの期間の賃料額であって、本件賃料増額請求が前訴判決の既判力によって遮断されるなどとは、裁判所を含めて考えていなかったことを示しているように思われる。賃料増減額確認請求の理由の有無は、現行賃料が合意等により定まった時から、増減請求時までの事情に基づいて判断され、請求後の事情は考慮されないのであるから、請求後の期間が、争いの対象として当事者に意識されることは、少ないのではなかろうか。また、一般的形態の請求に対する判決の主文において、賃料額を確認した期間の終期として口頭弁論終結日が記載された例のあることを寡聞にして知らないが、確認判決において確認された内容の基本的な要素が明示されないというのは通常あり得ないことで、このことも、上記のような実務における一般的な意識の有り様を裏付けているのではないだろうか。
  一旦定まった賃料額は、別個の合意の存在や賃料増減請求が効果を生じたことが認められない限り、契約当事者を拘束し続けるのであるから、継続的契約たる賃貸借契約の要素である以上期間のあるものとして確認しなければ意義が薄いということはないであろう(なお、請求の趣旨や判決主文で、増減請求の日「から」あるいは「以降」の賃料額の確認を求める旨記載するのは、その日が始点という性格を有することを示しているだけのものと理解できると思う。)。確認の利益の点については、過去の法律関係であっても、紛争の解決に資する確認の利益が認められるものであれば、確認の対象とすることが許されると解されているが、上記のように、一旦定まった賃料額は、別の合意等が認められない限り継続的に当事者を拘束するのであるから、時点説を採っても、確認の利益は肯定されるであろう。紛争解決機能の点についても、賃料増減請求の効果が生じた始点での賃料額について既判力が生じていれば、それに引き続く期間の賃料額に形式的には既判力が及んでいないとしても、上記と同様の理由から、実質的にその機能に差が生じるようなことはほとんど考えられないのではないかと思う。
  このように、理論的には、期間説を採るべき必然性はなく、時点説を採ることに支障はないと考えるが、さらに、期間説の難点として、賃料増減額確認請求訴訟の係属中に新たな増減請求がされた場合に、手続上煩わしい問題が生じる可能性があるように思う。増額訴訟中更に増額請求がされた場合や減額訴訟中更に減額請求がされた場合は、前の請求について後の請求時までに期間を限定することになるであろうから、審理の状況に従って、後の請求に係る賃料額確認を、前の請求に係る訴訟の中で処理するか、別訴にしてもらうか、いずれの方法を採ることも困難ではないであろうが、例えば、減額確認請求訴訟中に増額請求がされたような場合は、原告の意思に反して終期を付すように求めることはできないであろう。その結果、遮断効を避けるための反訴の提起を許さざるを得ないことになれば、審理の長期化要因となることは避けられない。その点、時点説は、新たな増減請求がされても、特段の措置を講ずることなく別訴にまわすことができ、審理の複雑化を避けることができる。また、賃料増減額確認請求訴訟は、調停前置であるが、最初の増減請求の結果の賃料額が決まらない限り、新たな増減請求について調停を進めることは困難であろうから、提起を許さざるを得ない上記の反訴のようなものについては調停前置が機能しないおそれがあるのではなかろうか。
  以上の次第で、時点説が、実務の運用上、簡明、便宜であって、理論的にも問題はなく、これを採用することが相当と考えるものである。
 (裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木勇)

自動的に増額する旨の賃料自動増額特約

1 本件は,建物賃貸借契約の賃借人である原告(反訴被告,被控訴人,上告人兼申立人)が賃貸人である被告(反訴原告,控訴人,被上告人兼相手方)に対し賃料減額請求の意思表示をしたとして減額された賃料の確認を求める事案である。
 2 事実関係の概要は,次のとおり
 (1) 原告と被告は,平成3年12月24日,被告の所有地に,原告が指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し,レジャー,スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
 (2) 原告と被告は,平成4年12月1日,前記(1)の協定を実施するため,被告が原告に対し3棟の建物(ただし,被告がその所有地に工事代金4億5880万円で建築したもの。以下,これらを「本件建物」と総称し,各建物を「建物1」などという。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,被告は,そのころ,原告に対し本件建物を引き渡した。本件賃貸借契約の内容は,一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。

最高裁判所第二小法廷 平成18年(受)第192号 平成20年02月29日 主文
原判決中、上告人の本訴請求に関する部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
 上告代理人四宮章夫、同松丸知津の上告受理申立て理由について
 1 本件本訴請求は、被上告人の所有に係る建物を賃借した上告人が、賃貸人である被上告人に対し、賃料減額請求により減額された賃料の額の確認を求めるものである。本件反訴請求について、その一部を却下し、その余を棄却した原判決に対する不服申立てはない。
 2 原審の確定した事実関係の概要は次のとおりである。
 (1) 上告人、被上告人、A、B及びCは、平成3年12月24日、被上告人の所有地に、上告人が指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し、レジャー、スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
 (2) 上告人と被上告人は、平成4年12月1日、前記(1)の協定を実施するため、被上告人が上告人に対し第1審判決別紙物件目録記載1~3の各建物(ただし、被上告人がその所有地に工事代金4億5880万円で建築したもの。以下、これらを「本件建物」と総称し、各建物を同目録の番号により「建物1」などという。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、被上告人は、そのころ、上告人に対し本件建物を引き渡した。本件賃貸借契約の内容は次のとおりであり、一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。
 ア 期間 平成4年12月1日から15年間
 イ 賃料 次の(ア)の約定純賃料及び(イ)の償却賃料の合計額を月額賃料とする。
 (ア) 約定純賃料(月額)
 a 平成4年12月1日~平成7年11月30日 360万円
 b 平成7年12月1日~平成9年11月30日 369万円
 c 平成9年12月1日~平成14年11月30日 441万4500円
 d 平成14年12月1日~平成19年11月30日 451万9500円
 (イ) 償却賃料
 a 建物2及び3に係る各該当年度の不動産取得税、固定資産税及び都市計画税の合計額の12分の1の相当額
 b 上告人が被上告人に対し無利息で預託する後記ウの建設協力金相当額
 ウ 上告人は、被上告人に対し、本件建物の建設協力金として、建物1につき7500万円、建物2及び3につき3億2760万円を預託する。
 被上告人は、上告人に対し、建物1の建設協力金7500万円につき、3年間据え置いた後、20%相当額を控除した金額を平成7年12月から144回に分割して返還し、建物2及び3の建設協力金3億2760万円については、6か月間据え置いた後、平成5年6月から174回に分割して返還する。
 エ 賃料の改定
 消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び、本件建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は、上告人及び被上告人で協議の上、これを改定することができる。
 (3) 本件賃貸借契約後、本件建物の所在する大阪府下の不動産市況は下降をたどり、不動産の価格も下落し続けている。
 (4)ア 上告人は、平成9年6月27日ころ、被上告人に対し、同年7月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第1減額請求」という。)。
 イ 上告人は、平成13年11月26日、被上告人に対し、同年12月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第2減額請求」といい、第1減額請求を併せて「本件各減額請求」という。)。
 3 原審は、次のとおり判示して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
 事情の変更があるときに、当事者の一方の請求により約定賃料額の増減を認めることとする借地借家法32条の法意からすれば、ここにいう事情の変更とは、増減を求められた額の賃料の授受が開始された時から請求の時までに発生したものに限定すべきことは、事の性質上、当然である。
 また、本件においては、経済事情の変動等のほか、本件自動増額特約が、15年間にわたる将来の経済変動をある程度予測した上で定められたものであり、上告人と被上告人との共同事業の中核として当事者に対する拘束性の強いものと評価されるという特別の事情を、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額の算定においてしんしゃくすべきである。
 平成9年6月27日ころにされた第1減額請求については、請求時の賃料額である月額369万円の約定純賃料の授受が開始された平成7年12月1日から第1減額請求の日ころまでに発生した経済事情の変動等を考慮すべきであるが、この期間における経済事情の変動等のほか、前記特別の事情にもかんがみると、第1減額請求の時の約定純賃料額369万円が不相当になったということはできない。
 また、平成13年11月26日にされた第2減額請求については、請求時の賃料額である月額441万4500円の約定純賃料の授受が開始された平成9年12月1日から第2減額請求の日までに発生した経済事情の変動等を考慮すべきところ、この期間における経済事情の変動等のほか、前記特別の事情にもかんがみると、第2減額請求の時の約定純賃料額441万4500円が不相当になったということはできない。
 4 論旨は、原審は借地借家法32条1項の規定の解釈を誤ったというものであるので、この点について判断する。
 借地借家法32条1項の規定は、強行法規であり、賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁参照)。そして、同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下、この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして、同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、賃料自動改定特約が存在したとしても、上記判断に当たっては、同特約に拘束されることはなく、上記諸般の事情の一つとして、同特約の存在や、同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
 したがって、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は、本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして、同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず、その際、本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても、本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして、増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し、増額された日から減額請求の日までの間に限定して、その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は、本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり、自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。
 しかるに、原審は、第1減額請求については、本件自動増額特約によって平成7年12月1日に増額された純賃料を基にして、同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断し、第2減額請求については、本件自動増額特約によって平成9年12月1日に増額された純賃料を基にして、同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断したものであるから、原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 5 以上によれば、上記と同旨をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そこで、本件各減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため、上記の部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

商業用ビルの賃貸借契約においては、借地借家法32条1項にいう経済事情の変動等がなくても、賃料が他のテナントより低額であったこと等の契約当初の事情を考慮して賃料増額請求を認めるべきである。

商業ビルの1フロアの賃貸借契約における賃料増額請求について、借地借家法32条1項所定の経済事情の変動は認められないが、本件建物の現行賃料額は、賃貸人が賃借人の事情を考慮して、本件建物の他のテナントの賃料と比較して低額なものとし、契約の締結から3年後の賃料改定を要請していたことも認められるとして、賃貸人による賃料の増額請求が肯定された事例。

大阪高等裁判所 平成19年(ネ)第2138号 平成20年04月30日 控訴人兼被控訴人(第1審原告、以下「一審原告」という。) 株式会社X
同代表者代表取締役 東町昭男
同訴訟代理人弁護士 小西輝明
同 楠眞佐雄
同 本郷誠
同 田中正和
同 福井拓
被控訴人兼控訴人(第1審被告、以下「一審被告」という。) 株式会社Y
同代表者代表取締役 西村和男
同訴訟代理人弁護士 鎌倉利光
同 田口正輝
同 鎌倉利行
同 檜垣誠次
同 下元高文
同 安部健志
同 手島将志
主文
1 一審原告の控訴を棄却する。
2(1) 一審被告の控訴及び一審原告の当審における請求の拡張に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審原告が一審被告に賃貸している原判決別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成16年2月1日以降、月額77万8400円であることを確認する。
(3) 一審被告は、一審原告に対し、953万5400円及びうち19万4600円については平成16年3月6日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月8日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月7日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月8日から、うち19万4600円については同年11月6日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同17年1月8日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月7日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月6日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月8日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同18年1月7日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月3日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月8日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月7日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同19年1月6日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月7日から、うち19万4600円については同年5月8日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月7日から、うち19万4600円については同年8月8日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月6日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については平成20年1月8日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、各支払済みまで各年1割の割合による各金員を支払え。
(4) 一審原告のその余の請求(当審で拡張した請求を含む。)を棄却する。
3 訴訟費用は、1、2審を通じてこれを5分し、その2を一審原告の、その余は一審被告の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 一審原告
  (1) 原判決を次のとおり変更する。
  (2) 一審原告が一審被告に賃貸している原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃料は、平成16年2月1日以降、月額116万7600円であることを確認する。
  (3) 一審被告は、一審原告に対し、2860万6200円及びうち58万3800円については平成16年3月6日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月8日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月7日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月8日から、うち58万3800円については同年11月6日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同17年1月8日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月7日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月6日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月8日から、うち58万3800円については同年11月8日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同18年1月7日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月3日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月8日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月7日から、うち58万3800円については同年11月8日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同19年1月6日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月7日から、うち58万3800円については同年5月2日から、うち58万3800円については同年6月7日から、うち58万3800円については同年7月6日から、うち58万3800円については同年8月7日から、うち58万3800円については同年9月7日から、うち58万3800円については同年10月5日から、うち58万3800円については同年11月7日から、うち58万3800円については同年12月7日から、うち58万3800円については平成20年1月7日から、うち58万3800円については同年2月7日から、うち58万3800円については同年3月7日から、各支払済みまで各年1割の割合による各金員を支払え。
 2 一審被告
  (1) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
  (2) 同取消しに係る一審原告の請求を棄却する。
第2 事案の概要
 1 事案の骨子及び訴訟経過
 本件は、一審原告が、大阪市A区〈中略〉171番地1・171番地3所在の鉄骨鉄筋コンクリート造地下3階・地上9階建て、延床面積5399.04m2の「ジュピタービル」という名称のビル(以下「本件ビル」という。)のうちの9階部分である本件建物を、平成12年11月に賃料月額58万3800円で一審被告に賃貸したところ、一審被告に対し、賃料増額改訂の特約又は借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求により増額された平成16年2月1日以降の相当賃料額の確認を求めるとともに、既に支払われた賃料と相当賃料額との差額及びこれに対する支払期後から支払済みまで同条2項所定の年1割の割合による利息の支払を求めた事案である。
 原審は、賃料増額改訂の特約を認めるに足りる証拠はないが、本件建物の賃料は経済事情の変動等により不相当になったといえるから、一審原告は、借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求権を有するところ、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額は月額89万2000円であるとして、一審原告の請求のうち、本件建物の平成16年2月1日以降の賃料を月額89万2000円と確認し、これと既に支払われた賃料との差額及びこれに対する支払済みまで同条2項所定の年1割の割合による利息の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。
 そのため、一審原告及び一審被告の双方が本件各控訴を提起した。
 2 前提となる事実
 次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第2の1のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 原判決4頁23行目から同24行目にかけての「別紙物件目録記載の物件」を「本件建物(契約面積321.09m2、97.3坪)」と改める。
  (2) 原判決5頁6行目の「原告において」を「一審原告と一審被告の協議の上」と改め、同7行目の「5条」の次に「、特約事項」を加える。
  (3) 原判決5頁12行目から同16行目までを次のとおり改める。
 「 本件賃貸借契約においては、経費の分担として、一審被告が、共同管理費として月額68万1100円(1坪当たり7000円)を負担する(本件契約書11条1項)ほか、経常販促費として月額9万7300円(1坪当たり1000円)を負担することになっており、一審被告が、一審原告及び本件ビルの全入店者をもって構成するテナント会に入会することが定められている(本件契約書27条)。(乙1、3)」
  (4) 原判決5頁25行目の「同16年」から6頁初行の「乙2)」までを「平成16年2月1日以降の本件建物の賃料を月額116万7600円に増額する旨の意思表示をした(甲4、乙2、以下「本件増額請求」という。)が」と改める。
 3 争点及びこれに対する当事者の主張
  (1) 賃料増額改訂の特約の有無
 ア 一審原告の主張
 原判決6頁9行目から同11行目までのとおりであるから、これを引用する。
 イ 一審被告の主張
 原判決6頁13行目から同15行目までのとおりであるから、これを引用する。
  (2) 共同管理費の大部分が賃料に該当するか否か
 ア 一審被告の主張
 原判決7頁8行目末尾に改行の上、次のとおり加えるほかは原判決6頁19行目から7頁8行目までのとおりであるから、これを引用する。
 「 共同管理費は、本件賃貸借契約を締結してから現在まで月額68万1100円の定額のままであり、実費の精算を求められたり、余剰金の返還を受けたこともなく、テナント会においての決議は、各テナントが共同管理費の使途内訳について関心がないため、形骸化している。そのため、本件建物の共同管理費は、管理業務の実費とはいえず、使用収益の対価と見るべきである。」
 イ 一審原告の主張
 原判決7頁10行目から同25行目までのとおりであるから、これを引用する。
  (3) 借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求の当否
 ア 一審原告の主張
 借地借家法32条1項の要件の充足を検討するに際しては、賃貸借契約が締結されるに至った経緯も考慮される。
 一審原告は、従来から、仲介業者等に対して、入店に際して一審原告が希望する条件をパンフレット(甲15)で示しており、入店希望者は、仲介業者からその情報を入手して、入店希望を申し入れ、交渉の上で賃料等の金額を決定することになっており、一審被告としても、当然、本件ビルの他のテナントの賃料相場を認識していたといえるところ、本件賃貸借契約を締結するに際して、一審被告から、仲介業者の株式会社アルファ(以下「アルファ社」という。)を介して、賃料を共益費込みで1坪当たり1万3000円としてほしいとの要望がなされた。一審原告としては、本件ビルの他のテナントの共同管理費が1坪当たり7000円であり、一審被告の要望では賃料が共同管理費を下回ることになるため、当初、一審被告の要望を拒否していた。しかしながら、その後も、アルファ社を介して一審被告から入店への意欲が示された。そのため、一審原告は、一審被告が本件ビルの近辺にある大型複合商業ビルである「サターンビル」において店舗を構えていたところ、この店舗が経営不振に陥り、本件建物へ移転することになり、移転に関する費用が必要になることや、本件建物での営業も同様に経営不振になるかもしれないという将来性に対する危惧等から、営業基盤が確立されるまでの3年間は、破格の賃料を要求しているという一審被告の事情を考慮して、3年間という暫定的な期間であれば、一審被告の要望を受け入れることにした。
 そして、一審原告は、一審被告に対して、3年後には適正な賃料に改定することを要請し、本件契約書の調印の際にも、一審原告の代表者自らが一審被告に再確認をしているし、アルファ社からも、本件建物の当初賃料額が一審被告の事情を特別に配慮したものであることや3年後の賃料改定のことを記載した報告書(甲13)が提出されたのである。
 このように、一審被告の事情を考慮して特別に当初の3年間という期間限定で破格の条件で賃料を定めたことは明らかであるから(社会通念上、商業施設の貸主が、このような破格の条件での賃料が長期間継続されることを前提とする契約を締結するはずはない。)、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足している。
 イ 一審被告の主張
 本件賃貸借契約の締結から平成16年2月までの3年間で、借地借家法32条1項が規定する土地若しくは建物に対する租税その他の負担が増加したという事情もなければ、土地若しくは建物の価格の上昇といった経済的事情の変動もない。また、同項が規定する「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」とは、相当期間適時適正な賃料改定が行われてこなかったために近傍同種の建物の賃料と比較して不相当となったような場合を予定しているところ、本件賃貸借契約の締結からわずか3年しか経過しておらず、かつ、その3年間で周辺のテナントビルの賃料相場が急激に上昇したといった事情もないから、本件建物の賃料が「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」にも当たらない。
 また、一審被告は、本件賃貸借契約の締結に至る条件交渉において、本件ビルの他のテナントの賃料等について何ら説明を受けておらず、甲15のパンフレットも含めて入店条件等の記載された資料も一切受け取っていない。一審被告は、「サターンビル」において営業していたフランチャイズ店が独立することになったため、直営店をA近辺で出店するべく適当な物件を探しており、この店舗の賃料が共益費込みで月額1坪当たり1万3000円であったことから、アルファ社を介して、一審原告に賃料希望額を提示したにすぎず、「サターンビル」の店舗が営業不振であったという事実もないし、営業基盤が確立する3年間は破格の賃料を希望したという事実もない。
 そもそも、上記(2)の一審被告の主張のとおり本件賃貸借契約における実質的な賃料は、本件契約書上の賃料と共同管理費を併せたものであり、この実質的な賃料は、当時の賃料相場からみても相当なものであった。
 しかも、一審被告は、賃貸借契約書案の5条(賃料等の変更)の条項が「甲において変更することができる」となっているのを、特約条項として「甲乙協議の上」に変更してほしいと要請し、これを一審原告が了承して本件契約書の特約条項になっているのであるから、これに反する特段の合意など存在しない。
 したがって、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足しない。
  (4) 相当賃料額
 ア 一審原告の主張
 次のとおり補正するほかは、原判決8頁2行目から同23行目までのとおりであるから、これを引用する。
 (ア) 原判決8頁2行目から同3行目までを次のとおり改める。
 「 本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額は、月額116万7600円であり、これは、不動産鑑定士乙山二郎の鑑定評価書(甲3、以下「乙山鑑定」という。)により裏付けられる。」
 (イ) 原判決8頁4行目の「鑑定」から同5行目の「〔以下「一審被告側鑑定」という。〕)」までを「不動産鑑定士丙川三郎の鑑定評価書(乙5、以下「丙川鑑定」という。)」と改める。
 (ウ) 原判決8頁23行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
 「 鑑定人甲野一郎の鑑定書(以下「甲野鑑定」という。)は、〈1〉差額配分法による賃料を算定する際に、折半法を採用していること、〈2〉スライド法を適用すべきではないのにそれを適用し、スライド指数を本件ビルの周辺地域の商業ビルの賃料動向ではなく、大阪市消費者物価指数の総合とB・A地区の事務所賃料の推移の加重平均としていること、〈3〉利回り法の継続賃料利回りを0.53%と極めて低い数値にしていること、〈4〉賃貸事例比較法を適用していないことなどから不当であり、採用できない。」
 イ 一審被告の主張
 次のとおり補正するほかは、原判決8頁25行目から9頁10行目までのとおりであるから、これを引用する。
 (ア) 原判決中「原告側鑑定」をすべて「乙山鑑定」と改める。
 (イ) 原判決9頁10行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
 「 甲野鑑定は、〈1〉差額配分法、スライド法及び利回り法による各試算賃料を8対1対1と配分して賃料額を算定しているが、この配分比には根拠がないこと、〈2〉鑑定による賃料額に共同管理費を加算した結果が、TKC経営指標による平均賃料比率のやや上方に位置するとして、鑑定の妥当性を根拠付けようとしているが、鑑定に当たっては、共同管理費を賃料に含めておらず自己矛盾を来していること、〈3〉鑑定による賃料額に共同管理費を含めた賃料の1坪当たりの単価が、鑑定評価書中の「試算賃料算出表1」のB、D、Eの賃貸事例のそれと比較して違和感がないとしているが、これらの賃貸事例は、本件賃貸借契約と類似しておらず、不当であることなどから、採用できない。」
第3 当裁判所の判断
 1 本件賃貸借契約の締結に至る経緯等
 前提となる事実、証拠(甲2ないし6、10ないし16、乙1ないし5、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
  (1) 本件ビルは、2棟からなる登記簿上一棟の建物のうち西側に位置する建物(家屋番号 〈住所略〉171番1の4)であり、昭和63年11月に新築された鉄骨鉄筋コンクリート造地下3階付9階建ての飲食ビル(ただし、地下3階は、一部倉庫として賃貸に供されている部分もあるが、基本的には機械室・搬入路等の共用スペースである。)である。
 本件ビルは、A1駅の外、B1駅、B2駅、B3駅が集積する駅ターミナルに近接しており、太陽百貨店等の大型複合商業ビルが建ち並ぶ高度商業地域に位置しており、3階部分で南側に隣接する太陽百貨店の遊歩道と、地下2階部分で地下街(駅等の連絡通路)とそれぞれ連結しているとともに、地下3階部分においても、唯一の搬入路として太陽百貨店側の車両搬入路と連結しており、その使用料を一審原告が支払っている。また、一棟建物(全体ビル)である二棟間では、2階、地下1階、地下2階で連結している。
 本件建物は、本件ビルの最上階である9階に位置し、天井高が約5mとほかの階(約3.6m)に比べて相当高くなっている。
  (2) 一審原告が昭和62年に本件ビルの賃借希望者向けに作成したパンフレット(甲15)には、出店の条件として〈1〉店舗内装工事は入店者の負担とする、〈2〉経常販促費として売上高の1%を負担する、〈3〉9階の保証金を1坪当たり170万円、固定家賃を1坪当たり2万円とする、〈4〉共同管理費として、共同部分・施設に要する費用で空調冷暖房・水道・光熱・給排水・衛生処理・保安設備・清掃・昇降機・植栽管理・屋外照明等々の費用の実費を契約面積につき負担するなどと記載されている。
  (3) 一審被告は、平成12年7月ころ、仲介業者であるアルファ社を介して、一審原告に対して、一審被告の会社概要、印鑑証明書及び登記簿謄本をファクシミリで送信するなどして本件建物への入店を希望した。
 一審被告は、本件ビルの近辺にある「サターンビル」という名称の大型複合商業ビル内に店舗を構えており、そこから本件建物に移転することを企図していたが、「サターンビル」での店舗の賃料が共益費込みで月額1坪当たり1万3000円であったため、アルファ社を介して、一審原告に対して、本件建物の賃料の希望額として共益費込みで月額1坪当たり1万3000円を提示した。
 一審原告としては、当時、本件ビルの他のテナントから共同管理費として月額1坪当たり7000円を徴収しており、一審被告に対する共同管理費も同じ金額になるため、一審被告の希望額では賃料が月額1坪当たり6000円となり、当時の他のテナントの賃料(契約日、面積、保証金額等はそれぞれ異なるものの月額1坪当たり1万円ないし5万円程度)と比較しても相当低額になるため、一審被告の希望賃料額を拒否していたが、一審被告には、他のテナントの賃料や保証金額等の賃貸条件の情報を開示しなかった。
 その後も、一審被告は、アルファ社を介して入店を希望し、一審原告と賃料額等について交渉をしたが、最終的には、一審原告は、本件ビルの近辺の大型複合商業ビルから移転することで、本件建物での営業が軌道に乗るまでに費用や時間を要することなど一審被告の抱える諸事情を配慮し、3年後に賃料を他のテナントの賃料水準程度に増額してもらえばよいであろうという見込みのもとで、一審被告の賃料希望額に応じることにした。
 他方、一審被告としては、一審原告に提示していた賃料希望額が、本件ビルの近辺の大型複合商業ビルの共益費込みの1坪当たりの賃料と同額であったこと、アルファ社から、賃料と共同管理費はテナント会や経理上の都合で便宜的に区分したものであると報告を受けていたこと、本件ビルの他のテナントの賃料相場を知らなかったことから、他のテナントと比較して特に低額な賃料に応じてもらったという認識を持っていなかった。
  (4) 一審原告は、平成12年10月ころ、アルファ社を介して一審原告に契約書案を送付した。この契約書案の5条には「賃料等は、原則として3年毎に経済情勢等の変動に応じ、甲(一審原告)において変更することができる。」との規定が、9条には、「甲が経済情勢の変動その他に鑑み必要と認めて出店保証金の増額を請求した場合(中略)不足の場合は乙は1ケ月以内にこれを補充する。」との規定が、13条4項には、「乙はその責任において従業員を派遣し、(中略)甲の要求があったときは直ちに従業員を変更する」との規定があり、ほかに、6条として「乙は店舗における売上総額をすべてレジスターに登録し、登録後の売上現金を毎日甲に引き渡すものとする」との規定があった。一審被告は、これらの規定につき、アルファ社を介して、5条、9条、13条4項については、いずれも一審原告と一審被告の協議の上、変更できるものとする、一審被告が売上総額をすべてレジスターに登録し、売上金内訳票と売上レシートを毎日一審原告に提出し、登録後の売上現金は一審被告が保管し、翌月7日までに賃料及び共同管理費等を一審原告指定の銀行口座に振り込むなどという内容に変更するよう要請したところ、一審原告は、これらの変更に応じた。
 また、一審原告は、アルファ社を介して、一審被告に対して3年後に賃料を改定することを要請していたが、アルファ社は、一審原告に対し、同年11月24日付けの報告書(甲13)によって、一審被告の代表取締役及び専務取締役と面談して得た感触としては、一審被告としては、3年後について予測をすることは困難であり、移転に伴う問題や店舗の立ち上げ等数多くの乗り越えなければならない問題があり、3年後に賃料の改定の申出があった場合には、その時点での運営状況及び近隣の経済情勢を鑑み信頼関係を前提に一審原告と協議して紳士的に決定させていただきたいという意向である旨報告した。
 そして、一審原告と一審被告は、同年11月29日、特約事項として「本契約第5条(賃料等の変更)、本契約第9条(出店保証金額の変更)、本契約第13条(乙の義務)第〈4〉項「従業員の変更」は甲・乙協議の上変更できるものとする」と付加した本件契約書(乙1)を作成し、同年10月30日付けで上記の一審被告の変更案を入れた覚書(甲2)を作成したが、3年後に賃料を増額する旨を合意した文書は何ら作成されていない。
  (5) 一審原告は、平成15年11月20日ころ、一審被告に対し、本件契約書の5条に基づき、本件増額請求をした。
 本件賃貸借契約が締結された平成12年11月から平成16年2月までの間、地価は下落傾向であり、本件建物やその敷地の公租公課が増額したということはなく、本件ビルの他のテナントの賃料や周辺の賃料相場が特に上昇したということもない。また、一審被告の売上額は、平成12年12月から平成13年3月までは月平均の*万円程度であったが、毎年次第に減少し、平成15年4月から平成16年3月までは月平均*万円程度になっていた。
 2 争点(1)(賃料増額改訂の特約の有無)について
 一審原告は、一審被告の経営事情等を配慮して営業基盤が確立するまでの当初の3年間に限って破格の条件での賃料にしたので、一審被告との間で3年後に賃料を増額することを合意した旨主張する。
 確かに、上記1認定事実によれば、本件建物の賃料額は、当時の本件ビルの他のテナントの賃料に比べて相当低額であり、一審原告が、一審被告の経営事情等に配慮してその希望額に応じたという経緯ではあるものの、他方、一審被告としては、一審原告から本件ビルの他のテナントの賃料額について知らされていなかったため、それについての認識を持っておらず(なお、一審被告が出店条件を記載したパンフレット(甲15)を受け取ったことを認めるに足りる証拠はなく、仮に受け取ったとしてもこのパンフレットが昭和62年当時のものであって、それに記載された出店条件が平成12年当時に当てはまるとは考え難いことから、このパンフレットによって一審被告が、当時の本件ビルの他のテナントの賃料相場を認識していたと認めることはできない。)、本件ビルの周辺にある大型複合商業ビル内の店舗の共益費込みの賃料額が月額1坪当たり1万3000円であったことから、本件建物の賃料が他のテナントと比較して相当低額であるとは認識していなかったことが認められる。
 このように一審原告と一審被告との間には本件建物の適正賃料額についての認識がそもそも一致していなかったといわざるを得ず、このことは、契約書案の5条が「賃料等は、原則として3年毎に経済情勢等の変動に応じ、甲において変更することができる。」と貸主に賃料等の変更請求権があるという有利な条項となっていたところ、一審被告の要望により、特約事項として、当該条項を「一審原告と一審被告の協議の上変更できるものとする」と改められたことやその他の契約条項についても一審被告の希望に従って変更がされていることに表れているといえる。
 また、アルファ社の報告書(甲13)の文面も、一審被告が、3年後に一審原告から賃料改定の申出があった場合、その時点での運営状況及び近隣の経済情勢を考慮して協議の上決定していくという意向が記載されているにとどまり、3年後に増額することを約束したという文面にはなっていない。
 以上によれば、一審原告と一審被告との間で本件建物の賃料を3年後に増額する旨の合意があったことを認めることはできない。
 3 争点(2)(共同管理費の大部分が賃料に該当するか否か)について
 一審被告は、本件建物の共同管理費の大部分が賃料である旨主張する。
 確かに、上記1認定のとおり、一審被告は、本件建物の賃料額を決定するに当たり、共同管理費を含めた金額を実質的な賃料として交渉をしており、仲介業者であるアルファ社から、賃料と共同管理費に区分されるのは、テナント会や経理上の都合による便宜的なものであると説明されている。また、証拠(甲3、乙3、5)及び弁論の全趣旨によれば、本件建物の共同管理費は、丙川鑑定(乙5)が参考資料として大阪市内の店舗の賃貸事例として掲げている共益費と管理費の合計額と比較してかなり高額であり、本件賃貸借契約を締結してから月額1坪当たり7000円と定額で推移し、実費精算がされたことがなかったことが認められる。
 しかしながら、証拠(甲3、乙1、3、5、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉本件契約書上は、賃料は月額58万3800円と明確に定められ、共同管理費と区別されていること、〈2〉共同管理費は、警備費用(人員警備及び機械警備)、設備管理費用(設備管理費用、エレベーター管理費用、電気設備保守料、消防設備点検料、空気環境測定料及び水質検査料)、清掃費用(全館共用部分の日常清掃、定期清掃、塵芥処理費用、貯水槽清掃費用、防虫防鼠作業料、共用雑排水通管清浄)、特別修繕費等に使用されており、その明細や領収証は明らかにされていないものの、毎年、一審原告から、一審被告を含むテナント会に対して、管理業務予算案が示されて決議され、その実績が報告されて承認を受けていること、〈3〉本件ビルは、4階に一審原告の事務室やイベントホールがある以外はすべて飲食店業者が入居し、出店しているすべての店舗がテナント会を構成して、共同管理費の予算の決議や決算の承認を行うことになっているのに対し、丙川鑑定が参考資料として掲げる大阪市内の店舗の賃貸事例がこのようなビル全体が商業施設である賃貸借であるのかどうか不明である上、甲野鑑定が参考資料として掲げる大規模複合商業ビルの共益費が月額1坪当たり6100円ないし1万円であって本件建物の共同管理費と差異がないことが認められ、これらの事実によれば、本件建物の共同管理費の大部分が実質的な賃料であると認めることはできない。
 4 争点(3)(借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求の当否)について
 借地借家法32条1項は、土地又は建物の賃貸借契約が長期間に及ぶことが多いため、事情の変更に応じて不相当になった賃料を調整し、当事者の衡平を図ることを目的としたものであるから、同項に基づく賃料増額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものを基にして、それ以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、賃貸借契約の締結経緯、賃料額決定の要素とした事情等の諸般の事情を総合的に考慮すべきである。
 上記1認定事実によれば、本件賃貸借契約が締結された平成12年11月から本件増額請求において賃料改定時とされた平成16年2月までの約3年間で、同項所定の土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増加、土地若しくは建物の価格の上昇といった経済的事情の変動もなければ、本件ビルの他のテナントの賃料や周辺の賃料相場が特に上昇したという事情も認められない。
 しかしながら、上記1認定事実によれば、本件建物の現行賃料額は、本件ビルの他のテナントの賃料と比較して相当低額であり、このような低額になったのは、一審被告が本件ビルの近辺のビルの店舗から本件建物に移転することから、本件建物での営業が軌道に乗るまでに費用や時間等を要するという諸事情を一審原告が配慮したためであり、一審被告としても、本件ビルの他のテナントの賃料相場についての認識はなかったとはいえ、一審原告が当初は一審被告の希望する賃料額を拒否していたが、その後の交渉によって希望どおりの条件で賃料額が決定したことや一審原告が3年後の賃料改定を要請していたことなどから、本件建物の現行賃料額が本件ビルの他のテナントの賃料と比較して低額であり、一審原告が一審被告が当時抱えていた諸事情を配慮してその希望額に応じたことを認識できたと認められる。
 このような現行賃料額決定の経緯等を考慮すると、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足すると認めるのが相当である。
 もっとも、相当賃料額を判断するに際しては、現行賃料が合意されてから賃料を増額する要因となる経済事情の変動がないことや一審原告と一審被告との間では、本件建物の適正賃料額についての認識が一致しておらず、そのため、3年後の賃料改定の際に、本件ビルの他のテナントの賃料水準にするという一致した認識もなかったとことを十分考慮する必要がある。
 5 争点(4)(相当賃料額)について
  (1) 乙山鑑定について
 一審原告は、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額を月額116万7600円(1坪当たり1万2000円)と主張する。
 そして、乙山鑑定(甲3)は、本件建物の平成16年2月1日以降の本件建物の適正賃料額について、差額配分法によると月額137万1000円、賃貸事例比較法によると月額145万9000円、中小企業庁編の経営指標の小売飲食店の売上高に占める支払家賃比率が7%であり、一審被告の平成16年4月から平成17年3月までの平均売上額にこの家賃比率を乗じた額が148万円になるとして、これらの配分比を差額配分法を9、賃貸事例比較法を0.5、売上に占める家賃比率による賃料を0.5として、月額138万1000円と評価している。
 しかしながら、乙山鑑定は、差額配分法における差額配分比を、居住用借家の継続賃料と異なり商業施設での継続賃料の場合は、貸主に帰属する割合を70%とする3分の1法が適用され、一審原告が平成15年度にテナントの売上向上のためにイベントを開催するなどして2600万円を支出していることから80%としているが、一審被告の負担する共同管理費が年間817万3200円に上り、借主である一審被告も本件ビル全体の維持管理費用として相当な負担をしていることを考慮すれば、差額配分比を3分の1法や80%とすることは、衡平を欠くといえる。
 また、証拠(甲3、5、6、9)によれば、乙山鑑定は、一審原告と一審被告との間で、本件建物においての一審被告の当初の売上予測がつかないことなどから、本件ビルの他のテナントの賃料と比較して特別に低廉な賃料にする代わりに、3年後の賃料改定時期には、本件ビルの他のテナントの賃料水準にする旨の合意をしたことを前提とするものであり、そのため、本件ビルの他のテナントで本件建物と同規模の広さで営業時間等も類似した賃貸事例を収集して賃貸事例比較法を採用していることが認められるが、上記2、4認定説示のとおり、一審原告と一審被告との間では、賃料増額の合意の事実が認められないばかりか、3年後の賃料改定の際に他のテナントの賃料水準にするという認識も一致しておらず、しかも、一審被告は、本件ビルの他のテナントの賃料相場を知らなかったのであるから、本件建物の継続相当賃料額を算定するに当たって賃貸事例比較法を直接的に採用すると、上記のような本件賃貸借契約の個別事情を反映せず、一審被告にとって不測の事態を招くことになって当事者間の衡平を欠く結果になる。そのため、賃貸事例比較法を直接的に採用することはできない。
 さらに、中小企業庁編の経営指標の小売飲食店の売上高に占める支払家賃比率を適用して一審被告の売上額から賃料を算定している点については、現行賃料額を決定するに当たって、このような算定方法を用いたのではないし、上記1認定事実によれば、一審被告としては、本件建物での営業をするに当たって、共同管理費も含めた金額によって採算を検討したものと推測できるから、一審被告の売上高に支払賃料比率を乗じて賃料額を算定するという手法を採用することはできない。
 以上のように、本件にあっては賃料増額事由の中核となるべき経済・社会的要因に基本的な変化が生じていないのに、乙山鑑定が、差額配分法、賃貸事例比較法を採用し、支払家賃比率を参考に両試算賃料の開差を調整する手法を採用し、一方、現行賃料の合意後の経済・社会的要因をもっとも如実に反映するスライド法を考慮しなかったのは、契約当事者間に、賃借人の意向を容れて現行賃料が他のテナントよりも著しく低く設定され、本件増額請求時には賃料を他のテナントの水準まで引き上げるという合意がなされたことを前提としており、当裁判所がその前提をそのまま採用できないことは記述のとおりであるから、現行賃料の合意時から本件増額請求時までの経済・社会的要因の推移を捨象し、現行賃料の倍額を超える賃料をもって適正賃料とする乙山鑑定を採用することはできない。
  (2) 丙川鑑定について
 丙川鑑定(乙5)は、本件建物の平成16年2月1日以降の適正賃料額について、差額配分法によると月額88万5000円、スライド法によると月額54万9000円になるとし、スライド法を重視して月額61万6000円と評価している。しかしながら、丙川鑑定がスライド法を重視したのは、差額配分法による経済賃料と現行賃料との差額には共同管理費のうちの実質賃料部分が反映されていないという認識に基づくものであると認められるところ、上記3認定説示のとおり、本件建物の共同管理費の大部分が賃料であるとは認められないから、この点を理由にスライド法による試算賃料に偏した調整をなした丙川鑑定を採用することはできない。
  (3) 甲野鑑定について
 ア 甲野鑑定は、本件建物の平成16年2月1日時点での適正賃料額について、差額配分法によると月額97万3479円、スライド法によると月額54万6437円、利回り法によると月額58万3047円になり、賃貸事例比較法については直接的に適用ができないとした上で、各評価方式による各試算額を8対1対1の割合として、月額89万2000円と評価している。
 イ 甲野鑑定が賃貸事例比較法を直接的に適用していない点については、上記(1)に認定説示した諸事情に照らして合理性があるといえる。
 甲野鑑定の差額配分法による賃料の試算過程は、特に不合理な点はなく、差額配分比につき折半法を採用している点も、上記のとおり、借主である一審被告も本件ビル全体の維持管理費用を相当負担していることを考慮すれば、衡平の原則に適うものといえる。
 また、甲野鑑定は、スライド指数について、大阪市の消費者物価総合指数と株式会社ベータ調査によるB・A地区の事務所の平均実質賃料推移統計を1対2の割合で加重平均して求めている。
 この点、一審原告は、これらの統計数値は、本件建物のような高度商業地に存在する百貨店に隣接した大店舗等に関する統計数値でないので、これらによって変動率を求めるのは不当であり、そもそも本件建物のような高度商業地にある商業施設の継続賃料についてスライド法を適用することは不合理である旨主張する。確かに、スライド法における変動率は、現行賃料を定めた時点から賃料改定時点までの間における経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、変動率を求める場合の各種指数は、対象不動産の地域性、用途等の特性を反映したものである必要はあるが、他方で、それを過度に要求すると用いるべき統計資料が存在しないことになる。スライド法は、現行賃料を合意した時点以降の経済状況を反映させて継続賃料を算定するものであり、上記4認定説示のとおり、本件増額請求による相当賃料額を判断するに当たっては、現行賃料が合意されてから賃料を増額する要因となる経済事情の変動がないことを十分考慮する必要があり、これからするとスライド法を適用する合理性は否定できないところ、甲野鑑定で用いた統計数値は、可能な限り本件建物の特性を反映したものといえ、ほかに、甲野鑑定のスライド法による賃料試算過程に不合理な点はない。
 ところで、甲野鑑定は、利回り法について、継続賃料利回りを本件賃貸借契約締結当時の本件建物の基礎価額に対する純賃料の割合として0.53%としているところ、一審原告は、商業施設の継続賃料利回りとして極めて低く、不合理である旨主張している。
 確かに、継続賃料利回りが0.53%というのは、商業施設の利回りとしては考え難く、これは、現行賃料額が本件建物の経済価値を反映しない低水準の賃料額であったことに起因するものであり、スライド法によって本件賃貸借契約の個別事情を反映することができることを考慮すると、継続賃料利回りを本件賃貸借契約締結当時の本件建物の基礎価額に対する純賃料の割合のみによって算定することには疑問がある。不動産鑑定評価基準においても、継続賃料利回りは、現行賃料を定めた時点における基礎価格に対する純賃料の割合を標準とし、契約締結時及びその後の各賃料改訂時の利回り、基礎価格の変動の程度、近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等における対象不動産と類似の不動産の賃貸借等の事例又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃貸借等の事例における利回りを総合的に比較考量して求めるものとされているから、本件ビルの他のテナントの賃貸事例や高度商業地の賃貸事例の利回りを考慮する必要性があり、その意味で甲野鑑定の継続賃料利回りは採用できない。そして、高度商業地域の賃貸事例の利回りが6%程度であること(甲9)に加えて本件賃貸借契約締結時点からの本件建物の基礎価格が25%程度減価していること(鑑定の結果)を総合考慮すると、継続賃料利回りを2%と認めるのが相当であり、これによって試算すると、月額79万2692円になる。
 ウ 甲野鑑定は、差額配分法、スライド法、利回り法の比率を8対1対1の割合で加重平均して本件建物の平成16年2月1日時点の賃料額を評価しているが、その理由として述べるところは、現行の賃料額が適正でないということに集約される。
 確かに、本件建物の現行賃料額は、当時の本件ビルの他のテナントと比較しても相当低い水準であり、現に差額配分法による本件建物の試算額や現行賃料を定めた時点における基礎価格に対する純賃料の割合が0.53%であることなどを考慮しても、現行賃料額が本件建物の経済価値を反映した賃料水準を下回るものであったことは否定できない。
 しかしながら、借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求においての相当賃料額を判断するに当たっては、直近合意賃料を基にして、それ以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、賃貸借契約の締結経緯、賃料額決定の要素とした事情等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであるところ、現行賃料を合意する際、一審被告には本件ビルの他のテナントの賃料相場の認識がなく、一審原告と一審被告との間に3年後に他のテナントの賃料水準に改訂するという認識が一致していたわけではなかったこと、現行賃料を合意した後に賃料の増額要因となるような経済事情の変動がないことを総合考慮すると、現行の賃料額が本件建物の経済価値を反映した賃料水準を下回るという理由で、差額配分法を重視するということは相当ではなく、本件建物の経済価値を反映した賃料水準にするのは、今後の経済情勢の変動を踏まえて、段階的に行われるべきものと解される。
 差額配分法、スライド法、利回り法は、継続賃料を算定するに当たってそれぞれ長所と短所を有するところ、本件増額請求による本件建物の相当賃料額をめぐる上記の諸事情を総合すると、各方式による試算額をほぼ均等に考慮するのが相当である。
 以上によれば、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額を、上記の各試算額のほぼ平均値である1坪当たり月額8000円(月額77万8400円)と認めるのが相当である。
 6 以上によれば、一審原告の請求は、本件建物の平成16年2月1日以降の賃料が月額77万8400円であることの確認を求め、これと現行賃料との差額の支払及び差額分に対する年1割の割合による利息の支払を求める限度(一審原告の当審における拡張部分を含めて)で理由があるが、その余は理由がなく、これと結論を一部異にする原判決は相当でないから、一審被告の控訴は一部理由があり、一審原告の控訴は理由がない。なお、仮執行宣言については、相当でないのでこれを付さない。
 よって主文のとおり判決する。
第6民事部  (裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 明石万起子)