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借地借家法32条1項の規定に基づく賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずる

 1 本件は,建物の賃貸人であるX1(なお,訴訟係属中にその地位をX2が承継し,引受人として当事者となった。)が,賃借人であるYに対し,借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求をした上,増額された賃料額の確認等を求めた事案である。
 X1とYとの間には,本件訴訟に先立つ訴訟(以下「前件訴訟」という。)があり,前件訴訟においては,Yが,当時月額300万円であった上記建物の賃料(以下「本件賃料」という。)につき,平成16年4月1日以降月額240万円に減額する旨の意思表示をした上,本訴として,同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求め,X1が,平成17年8月1日以降の本件賃料を月額320万2200円に増額する旨の意思表示をした上,反訴として,同日以降の本件賃料が同額であることの確認等を求めていた。そして,前件訴訟の第1審は,本訴につき,本件賃料が平成16年4月1日以降月額254万5400円である旨を確認する一方,反訴については請求を棄却する旨の判決をし,この判決に対するX1の控訴が棄却され,上記判決は確定した(以下,この確定判決を「前訴判決」という。)。
 本件訴訟は,X1が,前件訴訟の第1審係属中に,平成19年7月1日以降の本件賃料を月額360万円に増額する旨の意思表示(以下「本件賃料増額請求」という。)をしていたことから,前訴判決確定後,改めて提訴し,同日以降の賃料が同額であることの確認等を求めたものである。

最高裁判所第一小法廷 平成25年(受)第1649号 平成26年09月25日 主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
  上告代理人石井義人ほかの上告受理申立て理由(第4を除く。)について
 1 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
  (1) 承継前被上告人は、昭和48年10月16日、第1審判決別紙1物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)につき、当時の所有者であるAとの間で、期間を昭和49年1月1日から20年間とし、賃料を月額60万円とする旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、その頃、本件建物部分の引渡しを受けた。
  (2) その後、本件賃貸借契約について、賃貸人の地位の移転及び賃料(以下「本件賃料」という。)の改定が繰り返され、平成6年1月1日以降の本件賃料は月額300万円とされていたところ、承継前被上告人は、平成16年3月29日、当時の賃貸人であるBに対し、本件賃料を同年4月1日から月額240万円に減額する旨の意思表示をした(以下、同日の時点を「基準時1」という。)。
  そして、承継前被上告人は、平成17年6月8日、同年2月9日に本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した上告人X1を被告として、「本件賃料が平成16年4月1日から月額240万円であること」の確認等を求める訴訟(以下「前件本訴」という。)を提起した。
  (3) 他方、上告人X1は、平成17年7月27日、承継前被上告人に対し、本件賃料を同年8月1日から月額320万2200円に増額する旨の意思表示をした(以下、同日の時点を「基準時2」という。)。
  そして、上告人X1は、平成17年9月6日、前件本訴に対し、「本件賃料が平成17年8月1日から月額320万2200円であること」の確認等を求める反訴(以下「前件反訴」といい、前件本訴と併せて「前件訴訟」という。)を提起した。
  (4) さらに、上告人X1は、前件訴訟が第1審に係属中の平成19年6月30日、承継前被上告人に対し、本件賃料を同年7月1日から月額360万円に増額する旨の意思表示をした(以下、この意思表示を「本件賃料増額請求」といい、同日の時点を「基準時3」という。)。
  これに対し、承継前被上告人は、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認請求を前件訴訟の審理判断の対象とすることは、その訴訟手続を著しく遅滞させることとなるとして、裁判所の訴訟指揮により、上告人X1が、前件訴訟における反訴の提起ではなく、別訴の提起によって上記確認請求を行うよう促すことを求める旨記載した上申書を裁判所に提出した。
  (5) 結局、上告人X1は、前件訴訟において、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認請求を追加することはなかった。そして、前件訴訟の第1審は、平成20年6月11日、前件本訴につき、「本件賃料が平成16年4月1日から月額254万5400円であること」を確認するなどの限度で承継前被上告人の請求を認容し、前件反訴についてはその請求を全部棄却する旨の判決をした。
  上記判決に対し上告人X1が控訴したが、控訴審は、平成20年10月9日に口頭弁論を終結した上(以下、この口頭弁論の終結時点を「前件口頭弁論終結時」という。)、同年11月20日、上告人X1の控訴を棄却し、上記判決は、同年12月10日に確定した(以下、確定した上記判決を「前訴判決」という。)。
 2 本件は、上告人X1及び平成23年4月28日に同上告人から本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した上告人X2が、承継前被上告人に対し、本件賃料増額請求により増額された本件賃料の額の確認等を求める事案である。本件賃料増額請求が前件口頭弁論終結時以前にされていることから、本件訴訟において本件賃料増額請求による本件賃料の増額を主張することが、前訴判決の既判力に抵触し許されないか否かが争われている。なお、被上告人は、原審の口頭弁論終結後である平成25年3月21日、承継前被上告人を吸収合併し、本件訴訟の訴訟手続を承継した。
 3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却した。
  賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟の訴訟物は、当事者が請求の趣旨において特に期間を限定しない限り、形成権である賃料増減請求権の行使により賃料の増額又は減額がされた日から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であると解されるところ、前件訴訟において、承継前被上告人は、基準時1から前件口頭弁論終結時までの賃料額の確認を求め、上告人X1は、基準時2から前件口頭弁論終結時まで(ただし、終期については基準時3と解する余地がある。)の賃料額の確認を求めたものと解されるから、本件訴訟において、上告人らが、本件賃料増額請求により本件賃料が前件口頭弁論終結時以前の基準時3において増額された旨主張することは、前訴判決の既判力に抵触し許されない。
 4 しかし、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
  (1) 借地借家法32条1項所定の賃料増減請求権は形成権であり、その要件を満たす権利の行使がされると当然に効果が生ずるが、その効果は、将来に向かって、増減請求の範囲内かつ客観的に相当な額について生ずるものである(最高裁昭和30年(オ)第460号同32年9月3日第三小法廷判決・民集11巻9号1467頁等参照)。また、この効果は、賃料増減請求があって初めて生ずるものであるから、賃料増減請求により増減された賃料額の確認を求める訴訟(以下「賃料増減額確認請求訴訟」という。)の係属中に賃料増減を相当とする事由が生じたとしても、新たな賃料増減請求がされない限り、上記事由に基づく賃料の増減が生ずることはない(最高裁昭和43年(オ)第1270号同44年4月15日第三小法廷判決・裁判集民事95号97頁等参照)。さらに、賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の当否及び相当賃料額について審理判断がされることとなり、これらを審理判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(直近の賃料の変動が賃料増減請求による場合にはそれによる賃料)を基にして、その合意等がされた日から当該賃料増減額確認請求訴訟に係る賃料増減請求の日までの間の経済事情の変動等を総合的に考慮すべきものである(最高裁平成18年(受)第192号同20年2月29日第二小法廷判決・裁判集民事227号383頁参照)。したがって、賃料増減額確認請求訴訟においては、その前提である賃料増減請求の効果が生ずる時点より後の事情は、新たな賃料増減請求がされるといった特段の事情のない限り、直接的には結論に影響する余地はないものといえる。
  また、賃貸借契約は継続的な法律関係であり、賃料増減請求により増減された時点の賃料が法的に確定されれば、その後新たな賃料増減請求がされるなどの特段の事情がない限り、当該賃料の支払につき任意の履行が期待されるのが通常であるといえるから、上記の確定により、当事者間における賃料に係る紛争の直接かつ抜本的解決が図られるものといえる。そうすると、賃料増減額確認請求訴訟の請求の趣旨において、通常、特定の時点からの賃料額の確認を求めるものとされているのは、その前提である賃料増減請求の効果が生じたとする時点を特定する趣旨に止まると解され、終期が示されていないにもかかわらず、特定の期間の賃料額の確認を求める趣旨と解すべき必然性は認め難い。
  以上の事情に照らせば、賃料増減額確認請求訴訟の確定判決の既判力は、原告が特定の期間の賃料額について確認を求めていると認められる特段の事情のない限り、前提である賃料増減請求の効果が生じた時点の賃料額に係る判断について生ずると解するのが相当である。
  (2) 本件についてこれをみると、前記事実関係によれば、前件本訴及び前件反訴とも、請求の趣旨において賃料額の確認を求める期間の特定はなく、前訴判決の前件本訴の請求認容部分においても同様であり、前件訴訟の訴訟経過をも考慮すれば、前件訴訟につき承継前被上告人及び上告人X1が特定の期間の賃料額について確認を求めていたとみるべき特段の事情はないといえる。
  そうであれば、前訴判決の既判力は、基準時1及び基準時2の各賃料額に係る判断について生じているにすぎないから、本件訴訟において本件賃料増額請求により基準時3において本件賃料が増額された旨を主張することは、前訴判決の既判力に抵触するものではない。
 5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上の見地を踏まえて本件賃料増額請求の当否等を審理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官金築誠志の補足意見がある。
  裁判官金築誠志の補足意見は、次のとおりである。
  賃料増減額確認請求訴訟の訴訟物は、当事者が請求の趣旨において特に期間を限定しない限り、形成権である賃料増減請求権の行使により賃料の増額又は減額がされた日から事実審の口頭弁論終結時までの期間の賃料額であるとする原審の見解(以下、この見解を「期間説」という。)は、同訴訟が継続的な法律関係である賃貸借契約の要素としての賃料額の確認を求めるものであること、既判力の基準時までの期間の法律関係が確定され紛争解決の目的により資すること、確認の利益も現在の法律関係を確認の内容として含み問題が少ないことなどからすると、自然な考え方であるように思われるかもしれない。
  しかし、訴訟物をいかなる形で設定するかは処分権主義に服するものであるから、第一義的には原告の意思によることになるところ(したがって、原告が期間を特定して賃料額の確認を求めた場合は、確認の利益が認められる限り、適法である。)、前件訴訟でも採られているような賃料増減額確認請求訴訟において一般的に見られる形の請求(増減請求時「から」あるいは「以降」の賃料額の確認を求め、特に期間を限定していない請求。以下「一般的形態の請求」という。)をした場合、通常、原告が期間説を念頭に置いて訴えを提起しているものと理解すべきかどうかは、甚だ疑問である。また、裁判所も、期間説に従って訴訟指揮をしているのが通常かというと、そうとはいえないように思われる。実務は、常に意識的ではないかもしれないが、賃料増減請求が効果を生じた時点の賃料額が訴訟物という考え方(以下、この考え方を「時点説」という。)の下に運用されていることが多かったのではないかと推察される。現に、前件訴訟においても、法廷意見にあるとおり、第1審係属中に本件賃料増額請求がなされたが、賃借人から、同請求により増額された賃料額の確認請求を前件訴訟の対象とすることは訴訟手続を著しく遅滞させることになるとして、裁判所の訴訟指揮により別訴を提起するよう促すことを求める旨記載した上申書が提出され、結局、本件賃料増額請求により増額された賃料額の確認請求が追加されることはなかった。そして、前件訴訟の請求を本件賃料増額請求時までの期間に限定するよう裁判所が促した事実等もうかがわれないのである。こうした前件訴訟の経過は、一般的形態の請求の訴訟物は口頭弁論終結時までの期間の賃料額であって、本件賃料増額請求が前訴判決の既判力によって遮断されるなどとは、裁判所を含めて考えていなかったことを示しているように思われる。賃料増減額確認請求の理由の有無は、現行賃料が合意等により定まった時から、増減請求時までの事情に基づいて判断され、請求後の事情は考慮されないのであるから、請求後の期間が、争いの対象として当事者に意識されることは、少ないのではなかろうか。また、一般的形態の請求に対する判決の主文において、賃料額を確認した期間の終期として口頭弁論終結日が記載された例のあることを寡聞にして知らないが、確認判決において確認された内容の基本的な要素が明示されないというのは通常あり得ないことで、このことも、上記のような実務における一般的な意識の有り様を裏付けているのではないだろうか。
  一旦定まった賃料額は、別個の合意の存在や賃料増減請求が効果を生じたことが認められない限り、契約当事者を拘束し続けるのであるから、継続的契約たる賃貸借契約の要素である以上期間のあるものとして確認しなければ意義が薄いということはないであろう(なお、請求の趣旨や判決主文で、増減請求の日「から」あるいは「以降」の賃料額の確認を求める旨記載するのは、その日が始点という性格を有することを示しているだけのものと理解できると思う。)。確認の利益の点については、過去の法律関係であっても、紛争の解決に資する確認の利益が認められるものであれば、確認の対象とすることが許されると解されているが、上記のように、一旦定まった賃料額は、別の合意等が認められない限り継続的に当事者を拘束するのであるから、時点説を採っても、確認の利益は肯定されるであろう。紛争解決機能の点についても、賃料増減請求の効果が生じた始点での賃料額について既判力が生じていれば、それに引き続く期間の賃料額に形式的には既判力が及んでいないとしても、上記と同様の理由から、実質的にその機能に差が生じるようなことはほとんど考えられないのではないかと思う。
  このように、理論的には、期間説を採るべき必然性はなく、時点説を採ることに支障はないと考えるが、さらに、期間説の難点として、賃料増減額確認請求訴訟の係属中に新たな増減請求がされた場合に、手続上煩わしい問題が生じる可能性があるように思う。増額訴訟中更に増額請求がされた場合や減額訴訟中更に減額請求がされた場合は、前の請求について後の請求時までに期間を限定することになるであろうから、審理の状況に従って、後の請求に係る賃料額確認を、前の請求に係る訴訟の中で処理するか、別訴にしてもらうか、いずれの方法を採ることも困難ではないであろうが、例えば、減額確認請求訴訟中に増額請求がされたような場合は、原告の意思に反して終期を付すように求めることはできないであろう。その結果、遮断効を避けるための反訴の提起を許さざるを得ないことになれば、審理の長期化要因となることは避けられない。その点、時点説は、新たな増減請求がされても、特段の措置を講ずることなく別訴にまわすことができ、審理の複雑化を避けることができる。また、賃料増減額確認請求訴訟は、調停前置であるが、最初の増減請求の結果の賃料額が決まらない限り、新たな増減請求について調停を進めることは困難であろうから、提起を許さざるを得ない上記の反訴のようなものについては調停前置が機能しないおそれがあるのではなかろうか。
  以上の次第で、時点説が、実務の運用上、簡明、便宜であって、理論的にも問題はなく、これを採用することが相当と考えるものである。
 (裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 白木勇)

自動的に増額する旨の賃料自動増額特約

1 本件は,建物賃貸借契約の賃借人である原告(反訴被告,被控訴人,上告人兼申立人)が賃貸人である被告(反訴原告,控訴人,被上告人兼相手方)に対し賃料減額請求の意思表示をしたとして減額された賃料の確認を求める事案である。
 2 事実関係の概要は,次のとおり
 (1) 原告と被告は,平成3年12月24日,被告の所有地に,原告が指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し,レジャー,スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
 (2) 原告と被告は,平成4年12月1日,前記(1)の協定を実施するため,被告が原告に対し3棟の建物(ただし,被告がその所有地に工事代金4億5880万円で建築したもの。以下,これらを「本件建物」と総称し,各建物を「建物1」などという。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し,被告は,そのころ,原告に対し本件建物を引き渡した。本件賃貸借契約の内容は,一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。

最高裁判所第二小法廷 平成18年(受)第192号 平成20年02月29日 主文
原判決中、上告人の本訴請求に関する部分を破棄する。
前項の部分につき、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
 上告代理人四宮章夫、同松丸知津の上告受理申立て理由について
 1 本件本訴請求は、被上告人の所有に係る建物を賃借した上告人が、賃貸人である被上告人に対し、賃料減額請求により減額された賃料の額の確認を求めるものである。本件反訴請求について、その一部を却下し、その余を棄却した原判決に対する不服申立てはない。
 2 原審の確定した事実関係の概要は次のとおりである。
 (1) 上告人、被上告人、A、B及びCは、平成3年12月24日、被上告人の所有地に、上告人が指定した仕様に基づく施設及び駐車場を建設し、レジャー、スポーツ及びリゾートを中心とした15年間の継続事業を展開することを内容とする協定を結んだ。
 (2) 上告人と被上告人は、平成4年12月1日、前記(1)の協定を実施するため、被上告人が上告人に対し第1審判決別紙物件目録記載1~3の各建物(ただし、被上告人がその所有地に工事代金4億5880万円で建築したもの。以下、これらを「本件建物」と総称し、各建物を同目録の番号により「建物1」などという。)を賃貸する旨の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、被上告人は、そのころ、上告人に対し本件建物を引き渡した。本件賃貸借契約の内容は次のとおりであり、一定期間経過後は純賃料額を一定の金額に自動的に増額する旨の賃料自動増額特約(イ(ア)記載のもの。以下「本件自動増額特約」という。)が含まれている。
 ア 期間 平成4年12月1日から15年間
 イ 賃料 次の(ア)の約定純賃料及び(イ)の償却賃料の合計額を月額賃料とする。
 (ア) 約定純賃料(月額)
 a 平成4年12月1日~平成7年11月30日 360万円
 b 平成7年12月1日~平成9年11月30日 369万円
 c 平成9年12月1日~平成14年11月30日 441万4500円
 d 平成14年12月1日~平成19年11月30日 451万9500円
 (イ) 償却賃料
 a 建物2及び3に係る各該当年度の不動産取得税、固定資産税及び都市計画税の合計額の12分の1の相当額
 b 上告人が被上告人に対し無利息で預託する後記ウの建設協力金相当額
 ウ 上告人は、被上告人に対し、本件建物の建設協力金として、建物1につき7500万円、建物2及び3につき3億2760万円を預託する。
 被上告人は、上告人に対し、建物1の建設協力金7500万円につき、3年間据え置いた後、20%相当額を控除した金額を平成7年12月から144回に分割して返還し、建物2及び3の建設協力金3億2760万円については、6か月間据え置いた後、平成5年6月から174回に分割して返還する。
 エ 賃料の改定
 消費者物価指数の変動及び経済情勢の変動が予期せざる程度に及び、本件建物の約定純賃料が著しく不相当となった場合は、上告人及び被上告人で協議の上、これを改定することができる。
 (3) 本件賃貸借契約後、本件建物の所在する大阪府下の不動産市況は下降をたどり、不動産の価格も下落し続けている。
 (4)ア 上告人は、平成9年6月27日ころ、被上告人に対し、同年7月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第1減額請求」という。)。
 イ 上告人は、平成13年11月26日、被上告人に対し、同年12月1日をもって本件建物の約定純賃料を減額する旨の意思表示をした(以下「第2減額請求」といい、第1減額請求を併せて「本件各減額請求」という。)。
 3 原審は、次のとおり判示して、上告人の請求を棄却すべきものとした。
 事情の変更があるときに、当事者の一方の請求により約定賃料額の増減を認めることとする借地借家法32条の法意からすれば、ここにいう事情の変更とは、増減を求められた額の賃料の授受が開始された時から請求の時までに発生したものに限定すべきことは、事の性質上、当然である。
 また、本件においては、経済事情の変動等のほか、本件自動増額特約が、15年間にわたる将来の経済変動をある程度予測した上で定められたものであり、上告人と被上告人との共同事業の中核として当事者に対する拘束性の強いものと評価されるという特別の事情を、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額の算定においてしんしゃくすべきである。
 平成9年6月27日ころにされた第1減額請求については、請求時の賃料額である月額369万円の約定純賃料の授受が開始された平成7年12月1日から第1減額請求の日ころまでに発生した経済事情の変動等を考慮すべきであるが、この期間における経済事情の変動等のほか、前記特別の事情にもかんがみると、第1減額請求の時の約定純賃料額369万円が不相当になったということはできない。
 また、平成13年11月26日にされた第2減額請求については、請求時の賃料額である月額441万4500円の約定純賃料の授受が開始された平成9年12月1日から第2減額請求の日までに発生した経済事情の変動等を考慮すべきところ、この期間における経済事情の変動等のほか、前記特別の事情にもかんがみると、第2減額請求の時の約定純賃料額441万4500円が不相当になったということはできない。
 4 論旨は、原審は借地借家法32条1項の規定の解釈を誤ったというものであるので、この点について判断する。
 借地借家法32条1項の規定は、強行法規であり、賃料自動改定特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁参照)。そして、同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のもの(以下、この賃料を「直近合意賃料」という。)を基にして、同賃料が合意された日以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、諸般の事情を総合的に考慮すべきであり、賃料自動改定特約が存在したとしても、上記判断に当たっては、同特約に拘束されることはなく、上記諸般の事情の一つとして、同特約の存在や、同特約が定められるに至った経緯等が考慮の対象となるにすぎないというべきである。
 したがって、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額は、本件各減額請求の直近合意賃料である本件賃貸借契約締結時の純賃料を基にして、同純賃料が合意された日から本件各減額請求の日までの間の経済事情の変動等を考慮して判断されなければならず、その際、本件自動増額特約の存在及びこれが定められるに至った経緯等も重要な考慮事情になるとしても、本件自動増額特約によって増額された純賃料を基にして、増額前の経済事情の変動等を考慮の対象から除外し、増額された日から減額請求の日までの間に限定して、その間の経済事情の変動等を考慮して判断することは許されないものといわなければならない。本件自動増額特約によって増額された純賃料は、本件賃貸契約締結時における将来の経済事情等の予測に基づくものであり、自動増額時の経済事情等の下での相当な純賃料として当事者が現実に合意したものではないから、本件各減額請求の当否及び相当純賃料の額を判断する際の基準となる直近合意賃料と認めることはできない。
 しかるに、原審は、第1減額請求については、本件自動増額特約によって平成7年12月1日に増額された純賃料を基にして、同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断し、第2減額請求については、本件自動増額特約によって平成9年12月1日に増額された純賃料を基にして、同日以降の経済事情の変動等を考慮してその当否を判断したものであるから、原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 5 以上によれば、上記と同旨をいう論旨は理由があり、原判決中、上告人の本訴請求に関する部分は破棄を免れない。そこで、本件各減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため、上記の部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

商業用ビルの賃貸借契約においては、借地借家法32条1項にいう経済事情の変動等がなくても、賃料が他のテナントより低額であったこと等の契約当初の事情を考慮して賃料増額請求を認めるべきである。

商業ビルの1フロアの賃貸借契約における賃料増額請求について、借地借家法32条1項所定の経済事情の変動は認められないが、本件建物の現行賃料額は、賃貸人が賃借人の事情を考慮して、本件建物の他のテナントの賃料と比較して低額なものとし、契約の締結から3年後の賃料改定を要請していたことも認められるとして、賃貸人による賃料の増額請求が肯定された事例。

大阪高等裁判所 平成19年(ネ)第2138号 平成20年04月30日 控訴人兼被控訴人(第1審原告、以下「一審原告」という。) 株式会社X
同代表者代表取締役 東町昭男
同訴訟代理人弁護士 小西輝明
同 楠眞佐雄
同 本郷誠
同 田中正和
同 福井拓
被控訴人兼控訴人(第1審被告、以下「一審被告」という。) 株式会社Y
同代表者代表取締役 西村和男
同訴訟代理人弁護士 鎌倉利光
同 田口正輝
同 鎌倉利行
同 檜垣誠次
同 下元高文
同 安部健志
同 手島将志
主文
1 一審原告の控訴を棄却する。
2(1) 一審被告の控訴及び一審原告の当審における請求の拡張に基づき、原判決を次のとおり変更する。
(2) 一審原告が一審被告に賃貸している原判決別紙物件目録記載の建物の賃料は、平成16年2月1日以降、月額77万8400円であることを確認する。
(3) 一審被告は、一審原告に対し、953万5400円及びうち19万4600円については平成16年3月6日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月8日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月7日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月8日から、うち19万4600円については同年11月6日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同17年1月8日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月7日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月6日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月8日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同18年1月7日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月8日から、うち19万4600円については同年5月3日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月8日から、うち19万4600円については同年8月8日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月7日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については同19年1月6日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、うち19万4600円については同年4月7日から、うち19万4600円については同年5月8日から、うち19万4600円については同年6月8日から、うち19万4600円については同年7月7日から、うち19万4600円については同年8月8日から、うち19万4600円については同年9月8日から、うち19万4600円については同年10月6日から、うち19万4600円については同年11月8日から、うち19万4600円については同年12月8日から、うち19万4600円については平成20年1月8日から、うち19万4600円については同年2月8日から、うち19万4600円については同年3月8日から、各支払済みまで各年1割の割合による各金員を支払え。
(4) 一審原告のその余の請求(当審で拡張した請求を含む。)を棄却する。
3 訴訟費用は、1、2審を通じてこれを5分し、その2を一審原告の、その余は一審被告の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 一審原告
  (1) 原判決を次のとおり変更する。
  (2) 一審原告が一審被告に賃貸している原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の賃料は、平成16年2月1日以降、月額116万7600円であることを確認する。
  (3) 一審被告は、一審原告に対し、2860万6200円及びうち58万3800円については平成16年3月6日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月8日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月7日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月8日から、うち58万3800円については同年11月6日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同17年1月8日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月7日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月6日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月8日から、うち58万3800円については同年11月8日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同18年1月7日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月8日から、うち58万3800円については同年5月3日から、うち58万3800円については同年6月8日から、うち58万3800円については同年7月8日から、うち58万3800円については同年8月8日から、うち58万3800円については同年9月8日から、うち58万3800円については同年10月7日から、うち58万3800円については同年11月8日から、うち58万3800円については同年12月8日から、うち58万3800円については同19年1月6日から、うち58万3800円については同年2月8日から、うち58万3800円については同年3月8日から、うち58万3800円については同年4月7日から、うち58万3800円については同年5月2日から、うち58万3800円については同年6月7日から、うち58万3800円については同年7月6日から、うち58万3800円については同年8月7日から、うち58万3800円については同年9月7日から、うち58万3800円については同年10月5日から、うち58万3800円については同年11月7日から、うち58万3800円については同年12月7日から、うち58万3800円については平成20年1月7日から、うち58万3800円については同年2月7日から、うち58万3800円については同年3月7日から、各支払済みまで各年1割の割合による各金員を支払え。
 2 一審被告
  (1) 原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
  (2) 同取消しに係る一審原告の請求を棄却する。
第2 事案の概要
 1 事案の骨子及び訴訟経過
 本件は、一審原告が、大阪市A区〈中略〉171番地1・171番地3所在の鉄骨鉄筋コンクリート造地下3階・地上9階建て、延床面積5399.04m2の「ジュピタービル」という名称のビル(以下「本件ビル」という。)のうちの9階部分である本件建物を、平成12年11月に賃料月額58万3800円で一審被告に賃貸したところ、一審被告に対し、賃料増額改訂の特約又は借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求により増額された平成16年2月1日以降の相当賃料額の確認を求めるとともに、既に支払われた賃料と相当賃料額との差額及びこれに対する支払期後から支払済みまで同条2項所定の年1割の割合による利息の支払を求めた事案である。
 原審は、賃料増額改訂の特約を認めるに足りる証拠はないが、本件建物の賃料は経済事情の変動等により不相当になったといえるから、一審原告は、借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求権を有するところ、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額は月額89万2000円であるとして、一審原告の請求のうち、本件建物の平成16年2月1日以降の賃料を月額89万2000円と確認し、これと既に支払われた賃料との差額及びこれに対する支払済みまで同条2項所定の年1割の割合による利息の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。
 そのため、一審原告及び一審被告の双方が本件各控訴を提起した。
 2 前提となる事実
 次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の第2の1のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 原判決4頁23行目から同24行目にかけての「別紙物件目録記載の物件」を「本件建物(契約面積321.09m2、97.3坪)」と改める。
  (2) 原判決5頁6行目の「原告において」を「一審原告と一審被告の協議の上」と改め、同7行目の「5条」の次に「、特約事項」を加える。
  (3) 原判決5頁12行目から同16行目までを次のとおり改める。
 「 本件賃貸借契約においては、経費の分担として、一審被告が、共同管理費として月額68万1100円(1坪当たり7000円)を負担する(本件契約書11条1項)ほか、経常販促費として月額9万7300円(1坪当たり1000円)を負担することになっており、一審被告が、一審原告及び本件ビルの全入店者をもって構成するテナント会に入会することが定められている(本件契約書27条)。(乙1、3)」
  (4) 原判決5頁25行目の「同16年」から6頁初行の「乙2)」までを「平成16年2月1日以降の本件建物の賃料を月額116万7600円に増額する旨の意思表示をした(甲4、乙2、以下「本件増額請求」という。)が」と改める。
 3 争点及びこれに対する当事者の主張
  (1) 賃料増額改訂の特約の有無
 ア 一審原告の主張
 原判決6頁9行目から同11行目までのとおりであるから、これを引用する。
 イ 一審被告の主張
 原判決6頁13行目から同15行目までのとおりであるから、これを引用する。
  (2) 共同管理費の大部分が賃料に該当するか否か
 ア 一審被告の主張
 原判決7頁8行目末尾に改行の上、次のとおり加えるほかは原判決6頁19行目から7頁8行目までのとおりであるから、これを引用する。
 「 共同管理費は、本件賃貸借契約を締結してから現在まで月額68万1100円の定額のままであり、実費の精算を求められたり、余剰金の返還を受けたこともなく、テナント会においての決議は、各テナントが共同管理費の使途内訳について関心がないため、形骸化している。そのため、本件建物の共同管理費は、管理業務の実費とはいえず、使用収益の対価と見るべきである。」
 イ 一審原告の主張
 原判決7頁10行目から同25行目までのとおりであるから、これを引用する。
  (3) 借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求の当否
 ア 一審原告の主張
 借地借家法32条1項の要件の充足を検討するに際しては、賃貸借契約が締結されるに至った経緯も考慮される。
 一審原告は、従来から、仲介業者等に対して、入店に際して一審原告が希望する条件をパンフレット(甲15)で示しており、入店希望者は、仲介業者からその情報を入手して、入店希望を申し入れ、交渉の上で賃料等の金額を決定することになっており、一審被告としても、当然、本件ビルの他のテナントの賃料相場を認識していたといえるところ、本件賃貸借契約を締結するに際して、一審被告から、仲介業者の株式会社アルファ(以下「アルファ社」という。)を介して、賃料を共益費込みで1坪当たり1万3000円としてほしいとの要望がなされた。一審原告としては、本件ビルの他のテナントの共同管理費が1坪当たり7000円であり、一審被告の要望では賃料が共同管理費を下回ることになるため、当初、一審被告の要望を拒否していた。しかしながら、その後も、アルファ社を介して一審被告から入店への意欲が示された。そのため、一審原告は、一審被告が本件ビルの近辺にある大型複合商業ビルである「サターンビル」において店舗を構えていたところ、この店舗が経営不振に陥り、本件建物へ移転することになり、移転に関する費用が必要になることや、本件建物での営業も同様に経営不振になるかもしれないという将来性に対する危惧等から、営業基盤が確立されるまでの3年間は、破格の賃料を要求しているという一審被告の事情を考慮して、3年間という暫定的な期間であれば、一審被告の要望を受け入れることにした。
 そして、一審原告は、一審被告に対して、3年後には適正な賃料に改定することを要請し、本件契約書の調印の際にも、一審原告の代表者自らが一審被告に再確認をしているし、アルファ社からも、本件建物の当初賃料額が一審被告の事情を特別に配慮したものであることや3年後の賃料改定のことを記載した報告書(甲13)が提出されたのである。
 このように、一審被告の事情を考慮して特別に当初の3年間という期間限定で破格の条件で賃料を定めたことは明らかであるから(社会通念上、商業施設の貸主が、このような破格の条件での賃料が長期間継続されることを前提とする契約を締結するはずはない。)、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足している。
 イ 一審被告の主張
 本件賃貸借契約の締結から平成16年2月までの3年間で、借地借家法32条1項が規定する土地若しくは建物に対する租税その他の負担が増加したという事情もなければ、土地若しくは建物の価格の上昇といった経済的事情の変動もない。また、同項が規定する「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」とは、相当期間適時適正な賃料改定が行われてこなかったために近傍同種の建物の賃料と比較して不相当となったような場合を予定しているところ、本件賃貸借契約の締結からわずか3年しか経過しておらず、かつ、その3年間で周辺のテナントビルの賃料相場が急激に上昇したといった事情もないから、本件建物の賃料が「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」にも当たらない。
 また、一審被告は、本件賃貸借契約の締結に至る条件交渉において、本件ビルの他のテナントの賃料等について何ら説明を受けておらず、甲15のパンフレットも含めて入店条件等の記載された資料も一切受け取っていない。一審被告は、「サターンビル」において営業していたフランチャイズ店が独立することになったため、直営店をA近辺で出店するべく適当な物件を探しており、この店舗の賃料が共益費込みで月額1坪当たり1万3000円であったことから、アルファ社を介して、一審原告に賃料希望額を提示したにすぎず、「サターンビル」の店舗が営業不振であったという事実もないし、営業基盤が確立する3年間は破格の賃料を希望したという事実もない。
 そもそも、上記(2)の一審被告の主張のとおり本件賃貸借契約における実質的な賃料は、本件契約書上の賃料と共同管理費を併せたものであり、この実質的な賃料は、当時の賃料相場からみても相当なものであった。
 しかも、一審被告は、賃貸借契約書案の5条(賃料等の変更)の条項が「甲において変更することができる」となっているのを、特約条項として「甲乙協議の上」に変更してほしいと要請し、これを一審原告が了承して本件契約書の特約条項になっているのであるから、これに反する特段の合意など存在しない。
 したがって、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足しない。
  (4) 相当賃料額
 ア 一審原告の主張
 次のとおり補正するほかは、原判決8頁2行目から同23行目までのとおりであるから、これを引用する。
 (ア) 原判決8頁2行目から同3行目までを次のとおり改める。
 「 本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額は、月額116万7600円であり、これは、不動産鑑定士乙山二郎の鑑定評価書(甲3、以下「乙山鑑定」という。)により裏付けられる。」
 (イ) 原判決8頁4行目の「鑑定」から同5行目の「〔以下「一審被告側鑑定」という。〕)」までを「不動産鑑定士丙川三郎の鑑定評価書(乙5、以下「丙川鑑定」という。)」と改める。
 (ウ) 原判決8頁23行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
 「 鑑定人甲野一郎の鑑定書(以下「甲野鑑定」という。)は、〈1〉差額配分法による賃料を算定する際に、折半法を採用していること、〈2〉スライド法を適用すべきではないのにそれを適用し、スライド指数を本件ビルの周辺地域の商業ビルの賃料動向ではなく、大阪市消費者物価指数の総合とB・A地区の事務所賃料の推移の加重平均としていること、〈3〉利回り法の継続賃料利回りを0.53%と極めて低い数値にしていること、〈4〉賃貸事例比較法を適用していないことなどから不当であり、採用できない。」
 イ 一審被告の主張
 次のとおり補正するほかは、原判決8頁25行目から9頁10行目までのとおりであるから、これを引用する。
 (ア) 原判決中「原告側鑑定」をすべて「乙山鑑定」と改める。
 (イ) 原判決9頁10行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
 「 甲野鑑定は、〈1〉差額配分法、スライド法及び利回り法による各試算賃料を8対1対1と配分して賃料額を算定しているが、この配分比には根拠がないこと、〈2〉鑑定による賃料額に共同管理費を加算した結果が、TKC経営指標による平均賃料比率のやや上方に位置するとして、鑑定の妥当性を根拠付けようとしているが、鑑定に当たっては、共同管理費を賃料に含めておらず自己矛盾を来していること、〈3〉鑑定による賃料額に共同管理費を含めた賃料の1坪当たりの単価が、鑑定評価書中の「試算賃料算出表1」のB、D、Eの賃貸事例のそれと比較して違和感がないとしているが、これらの賃貸事例は、本件賃貸借契約と類似しておらず、不当であることなどから、採用できない。」
第3 当裁判所の判断
 1 本件賃貸借契約の締結に至る経緯等
 前提となる事実、証拠(甲2ないし6、10ないし16、乙1ないし5、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
  (1) 本件ビルは、2棟からなる登記簿上一棟の建物のうち西側に位置する建物(家屋番号 〈住所略〉171番1の4)であり、昭和63年11月に新築された鉄骨鉄筋コンクリート造地下3階付9階建ての飲食ビル(ただし、地下3階は、一部倉庫として賃貸に供されている部分もあるが、基本的には機械室・搬入路等の共用スペースである。)である。
 本件ビルは、A1駅の外、B1駅、B2駅、B3駅が集積する駅ターミナルに近接しており、太陽百貨店等の大型複合商業ビルが建ち並ぶ高度商業地域に位置しており、3階部分で南側に隣接する太陽百貨店の遊歩道と、地下2階部分で地下街(駅等の連絡通路)とそれぞれ連結しているとともに、地下3階部分においても、唯一の搬入路として太陽百貨店側の車両搬入路と連結しており、その使用料を一審原告が支払っている。また、一棟建物(全体ビル)である二棟間では、2階、地下1階、地下2階で連結している。
 本件建物は、本件ビルの最上階である9階に位置し、天井高が約5mとほかの階(約3.6m)に比べて相当高くなっている。
  (2) 一審原告が昭和62年に本件ビルの賃借希望者向けに作成したパンフレット(甲15)には、出店の条件として〈1〉店舗内装工事は入店者の負担とする、〈2〉経常販促費として売上高の1%を負担する、〈3〉9階の保証金を1坪当たり170万円、固定家賃を1坪当たり2万円とする、〈4〉共同管理費として、共同部分・施設に要する費用で空調冷暖房・水道・光熱・給排水・衛生処理・保安設備・清掃・昇降機・植栽管理・屋外照明等々の費用の実費を契約面積につき負担するなどと記載されている。
  (3) 一審被告は、平成12年7月ころ、仲介業者であるアルファ社を介して、一審原告に対して、一審被告の会社概要、印鑑証明書及び登記簿謄本をファクシミリで送信するなどして本件建物への入店を希望した。
 一審被告は、本件ビルの近辺にある「サターンビル」という名称の大型複合商業ビル内に店舗を構えており、そこから本件建物に移転することを企図していたが、「サターンビル」での店舗の賃料が共益費込みで月額1坪当たり1万3000円であったため、アルファ社を介して、一審原告に対して、本件建物の賃料の希望額として共益費込みで月額1坪当たり1万3000円を提示した。
 一審原告としては、当時、本件ビルの他のテナントから共同管理費として月額1坪当たり7000円を徴収しており、一審被告に対する共同管理費も同じ金額になるため、一審被告の希望額では賃料が月額1坪当たり6000円となり、当時の他のテナントの賃料(契約日、面積、保証金額等はそれぞれ異なるものの月額1坪当たり1万円ないし5万円程度)と比較しても相当低額になるため、一審被告の希望賃料額を拒否していたが、一審被告には、他のテナントの賃料や保証金額等の賃貸条件の情報を開示しなかった。
 その後も、一審被告は、アルファ社を介して入店を希望し、一審原告と賃料額等について交渉をしたが、最終的には、一審原告は、本件ビルの近辺の大型複合商業ビルから移転することで、本件建物での営業が軌道に乗るまでに費用や時間を要することなど一審被告の抱える諸事情を配慮し、3年後に賃料を他のテナントの賃料水準程度に増額してもらえばよいであろうという見込みのもとで、一審被告の賃料希望額に応じることにした。
 他方、一審被告としては、一審原告に提示していた賃料希望額が、本件ビルの近辺の大型複合商業ビルの共益費込みの1坪当たりの賃料と同額であったこと、アルファ社から、賃料と共同管理費はテナント会や経理上の都合で便宜的に区分したものであると報告を受けていたこと、本件ビルの他のテナントの賃料相場を知らなかったことから、他のテナントと比較して特に低額な賃料に応じてもらったという認識を持っていなかった。
  (4) 一審原告は、平成12年10月ころ、アルファ社を介して一審原告に契約書案を送付した。この契約書案の5条には「賃料等は、原則として3年毎に経済情勢等の変動に応じ、甲(一審原告)において変更することができる。」との規定が、9条には、「甲が経済情勢の変動その他に鑑み必要と認めて出店保証金の増額を請求した場合(中略)不足の場合は乙は1ケ月以内にこれを補充する。」との規定が、13条4項には、「乙はその責任において従業員を派遣し、(中略)甲の要求があったときは直ちに従業員を変更する」との規定があり、ほかに、6条として「乙は店舗における売上総額をすべてレジスターに登録し、登録後の売上現金を毎日甲に引き渡すものとする」との規定があった。一審被告は、これらの規定につき、アルファ社を介して、5条、9条、13条4項については、いずれも一審原告と一審被告の協議の上、変更できるものとする、一審被告が売上総額をすべてレジスターに登録し、売上金内訳票と売上レシートを毎日一審原告に提出し、登録後の売上現金は一審被告が保管し、翌月7日までに賃料及び共同管理費等を一審原告指定の銀行口座に振り込むなどという内容に変更するよう要請したところ、一審原告は、これらの変更に応じた。
 また、一審原告は、アルファ社を介して、一審被告に対して3年後に賃料を改定することを要請していたが、アルファ社は、一審原告に対し、同年11月24日付けの報告書(甲13)によって、一審被告の代表取締役及び専務取締役と面談して得た感触としては、一審被告としては、3年後について予測をすることは困難であり、移転に伴う問題や店舗の立ち上げ等数多くの乗り越えなければならない問題があり、3年後に賃料の改定の申出があった場合には、その時点での運営状況及び近隣の経済情勢を鑑み信頼関係を前提に一審原告と協議して紳士的に決定させていただきたいという意向である旨報告した。
 そして、一審原告と一審被告は、同年11月29日、特約事項として「本契約第5条(賃料等の変更)、本契約第9条(出店保証金額の変更)、本契約第13条(乙の義務)第〈4〉項「従業員の変更」は甲・乙協議の上変更できるものとする」と付加した本件契約書(乙1)を作成し、同年10月30日付けで上記の一審被告の変更案を入れた覚書(甲2)を作成したが、3年後に賃料を増額する旨を合意した文書は何ら作成されていない。
  (5) 一審原告は、平成15年11月20日ころ、一審被告に対し、本件契約書の5条に基づき、本件増額請求をした。
 本件賃貸借契約が締結された平成12年11月から平成16年2月までの間、地価は下落傾向であり、本件建物やその敷地の公租公課が増額したということはなく、本件ビルの他のテナントの賃料や周辺の賃料相場が特に上昇したということもない。また、一審被告の売上額は、平成12年12月から平成13年3月までは月平均の*万円程度であったが、毎年次第に減少し、平成15年4月から平成16年3月までは月平均*万円程度になっていた。
 2 争点(1)(賃料増額改訂の特約の有無)について
 一審原告は、一審被告の経営事情等を配慮して営業基盤が確立するまでの当初の3年間に限って破格の条件での賃料にしたので、一審被告との間で3年後に賃料を増額することを合意した旨主張する。
 確かに、上記1認定事実によれば、本件建物の賃料額は、当時の本件ビルの他のテナントの賃料に比べて相当低額であり、一審原告が、一審被告の経営事情等に配慮してその希望額に応じたという経緯ではあるものの、他方、一審被告としては、一審原告から本件ビルの他のテナントの賃料額について知らされていなかったため、それについての認識を持っておらず(なお、一審被告が出店条件を記載したパンフレット(甲15)を受け取ったことを認めるに足りる証拠はなく、仮に受け取ったとしてもこのパンフレットが昭和62年当時のものであって、それに記載された出店条件が平成12年当時に当てはまるとは考え難いことから、このパンフレットによって一審被告が、当時の本件ビルの他のテナントの賃料相場を認識していたと認めることはできない。)、本件ビルの周辺にある大型複合商業ビル内の店舗の共益費込みの賃料額が月額1坪当たり1万3000円であったことから、本件建物の賃料が他のテナントと比較して相当低額であるとは認識していなかったことが認められる。
 このように一審原告と一審被告との間には本件建物の適正賃料額についての認識がそもそも一致していなかったといわざるを得ず、このことは、契約書案の5条が「賃料等は、原則として3年毎に経済情勢等の変動に応じ、甲において変更することができる。」と貸主に賃料等の変更請求権があるという有利な条項となっていたところ、一審被告の要望により、特約事項として、当該条項を「一審原告と一審被告の協議の上変更できるものとする」と改められたことやその他の契約条項についても一審被告の希望に従って変更がされていることに表れているといえる。
 また、アルファ社の報告書(甲13)の文面も、一審被告が、3年後に一審原告から賃料改定の申出があった場合、その時点での運営状況及び近隣の経済情勢を考慮して協議の上決定していくという意向が記載されているにとどまり、3年後に増額することを約束したという文面にはなっていない。
 以上によれば、一審原告と一審被告との間で本件建物の賃料を3年後に増額する旨の合意があったことを認めることはできない。
 3 争点(2)(共同管理費の大部分が賃料に該当するか否か)について
 一審被告は、本件建物の共同管理費の大部分が賃料である旨主張する。
 確かに、上記1認定のとおり、一審被告は、本件建物の賃料額を決定するに当たり、共同管理費を含めた金額を実質的な賃料として交渉をしており、仲介業者であるアルファ社から、賃料と共同管理費に区分されるのは、テナント会や経理上の都合による便宜的なものであると説明されている。また、証拠(甲3、乙3、5)及び弁論の全趣旨によれば、本件建物の共同管理費は、丙川鑑定(乙5)が参考資料として大阪市内の店舗の賃貸事例として掲げている共益費と管理費の合計額と比較してかなり高額であり、本件賃貸借契約を締結してから月額1坪当たり7000円と定額で推移し、実費精算がされたことがなかったことが認められる。
 しかしながら、証拠(甲3、乙1、3、5、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、〈1〉本件契約書上は、賃料は月額58万3800円と明確に定められ、共同管理費と区別されていること、〈2〉共同管理費は、警備費用(人員警備及び機械警備)、設備管理費用(設備管理費用、エレベーター管理費用、電気設備保守料、消防設備点検料、空気環境測定料及び水質検査料)、清掃費用(全館共用部分の日常清掃、定期清掃、塵芥処理費用、貯水槽清掃費用、防虫防鼠作業料、共用雑排水通管清浄)、特別修繕費等に使用されており、その明細や領収証は明らかにされていないものの、毎年、一審原告から、一審被告を含むテナント会に対して、管理業務予算案が示されて決議され、その実績が報告されて承認を受けていること、〈3〉本件ビルは、4階に一審原告の事務室やイベントホールがある以外はすべて飲食店業者が入居し、出店しているすべての店舗がテナント会を構成して、共同管理費の予算の決議や決算の承認を行うことになっているのに対し、丙川鑑定が参考資料として掲げる大阪市内の店舗の賃貸事例がこのようなビル全体が商業施設である賃貸借であるのかどうか不明である上、甲野鑑定が参考資料として掲げる大規模複合商業ビルの共益費が月額1坪当たり6100円ないし1万円であって本件建物の共同管理費と差異がないことが認められ、これらの事実によれば、本件建物の共同管理費の大部分が実質的な賃料であると認めることはできない。
 4 争点(3)(借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求の当否)について
 借地借家法32条1項は、土地又は建物の賃貸借契約が長期間に及ぶことが多いため、事情の変更に応じて不相当になった賃料を調整し、当事者の衡平を図ることを目的としたものであるから、同項に基づく賃料増額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては、賃貸借契約の当事者が現実に合意した賃料のうち直近のものを基にして、それ以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、賃貸借契約の締結経緯、賃料額決定の要素とした事情等の諸般の事情を総合的に考慮すべきである。
 上記1認定事実によれば、本件賃貸借契約が締結された平成12年11月から本件増額請求において賃料改定時とされた平成16年2月までの約3年間で、同項所定の土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増加、土地若しくは建物の価格の上昇といった経済的事情の変動もなければ、本件ビルの他のテナントの賃料や周辺の賃料相場が特に上昇したという事情も認められない。
 しかしながら、上記1認定事実によれば、本件建物の現行賃料額は、本件ビルの他のテナントの賃料と比較して相当低額であり、このような低額になったのは、一審被告が本件ビルの近辺のビルの店舗から本件建物に移転することから、本件建物での営業が軌道に乗るまでに費用や時間等を要するという諸事情を一審原告が配慮したためであり、一審被告としても、本件ビルの他のテナントの賃料相場についての認識はなかったとはいえ、一審原告が当初は一審被告の希望する賃料額を拒否していたが、その後の交渉によって希望どおりの条件で賃料額が決定したことや一審原告が3年後の賃料改定を要請していたことなどから、本件建物の現行賃料額が本件ビルの他のテナントの賃料と比較して低額であり、一審原告が一審被告が当時抱えていた諸事情を配慮してその希望額に応じたことを認識できたと認められる。
 このような現行賃料額決定の経緯等を考慮すると、本件増額請求は、借地借家法32条1項の要件を充足すると認めるのが相当である。
 もっとも、相当賃料額を判断するに際しては、現行賃料が合意されてから賃料を増額する要因となる経済事情の変動がないことや一審原告と一審被告との間では、本件建物の適正賃料額についての認識が一致しておらず、そのため、3年後の賃料改定の際に、本件ビルの他のテナントの賃料水準にするという一致した認識もなかったとことを十分考慮する必要がある。
 5 争点(4)(相当賃料額)について
  (1) 乙山鑑定について
 一審原告は、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額を月額116万7600円(1坪当たり1万2000円)と主張する。
 そして、乙山鑑定(甲3)は、本件建物の平成16年2月1日以降の本件建物の適正賃料額について、差額配分法によると月額137万1000円、賃貸事例比較法によると月額145万9000円、中小企業庁編の経営指標の小売飲食店の売上高に占める支払家賃比率が7%であり、一審被告の平成16年4月から平成17年3月までの平均売上額にこの家賃比率を乗じた額が148万円になるとして、これらの配分比を差額配分法を9、賃貸事例比較法を0.5、売上に占める家賃比率による賃料を0.5として、月額138万1000円と評価している。
 しかしながら、乙山鑑定は、差額配分法における差額配分比を、居住用借家の継続賃料と異なり商業施設での継続賃料の場合は、貸主に帰属する割合を70%とする3分の1法が適用され、一審原告が平成15年度にテナントの売上向上のためにイベントを開催するなどして2600万円を支出していることから80%としているが、一審被告の負担する共同管理費が年間817万3200円に上り、借主である一審被告も本件ビル全体の維持管理費用として相当な負担をしていることを考慮すれば、差額配分比を3分の1法や80%とすることは、衡平を欠くといえる。
 また、証拠(甲3、5、6、9)によれば、乙山鑑定は、一審原告と一審被告との間で、本件建物においての一審被告の当初の売上予測がつかないことなどから、本件ビルの他のテナントの賃料と比較して特別に低廉な賃料にする代わりに、3年後の賃料改定時期には、本件ビルの他のテナントの賃料水準にする旨の合意をしたことを前提とするものであり、そのため、本件ビルの他のテナントで本件建物と同規模の広さで営業時間等も類似した賃貸事例を収集して賃貸事例比較法を採用していることが認められるが、上記2、4認定説示のとおり、一審原告と一審被告との間では、賃料増額の合意の事実が認められないばかりか、3年後の賃料改定の際に他のテナントの賃料水準にするという認識も一致しておらず、しかも、一審被告は、本件ビルの他のテナントの賃料相場を知らなかったのであるから、本件建物の継続相当賃料額を算定するに当たって賃貸事例比較法を直接的に採用すると、上記のような本件賃貸借契約の個別事情を反映せず、一審被告にとって不測の事態を招くことになって当事者間の衡平を欠く結果になる。そのため、賃貸事例比較法を直接的に採用することはできない。
 さらに、中小企業庁編の経営指標の小売飲食店の売上高に占める支払家賃比率を適用して一審被告の売上額から賃料を算定している点については、現行賃料額を決定するに当たって、このような算定方法を用いたのではないし、上記1認定事実によれば、一審被告としては、本件建物での営業をするに当たって、共同管理費も含めた金額によって採算を検討したものと推測できるから、一審被告の売上高に支払賃料比率を乗じて賃料額を算定するという手法を採用することはできない。
 以上のように、本件にあっては賃料増額事由の中核となるべき経済・社会的要因に基本的な変化が生じていないのに、乙山鑑定が、差額配分法、賃貸事例比較法を採用し、支払家賃比率を参考に両試算賃料の開差を調整する手法を採用し、一方、現行賃料の合意後の経済・社会的要因をもっとも如実に反映するスライド法を考慮しなかったのは、契約当事者間に、賃借人の意向を容れて現行賃料が他のテナントよりも著しく低く設定され、本件増額請求時には賃料を他のテナントの水準まで引き上げるという合意がなされたことを前提としており、当裁判所がその前提をそのまま採用できないことは記述のとおりであるから、現行賃料の合意時から本件増額請求時までの経済・社会的要因の推移を捨象し、現行賃料の倍額を超える賃料をもって適正賃料とする乙山鑑定を採用することはできない。
  (2) 丙川鑑定について
 丙川鑑定(乙5)は、本件建物の平成16年2月1日以降の適正賃料額について、差額配分法によると月額88万5000円、スライド法によると月額54万9000円になるとし、スライド法を重視して月額61万6000円と評価している。しかしながら、丙川鑑定がスライド法を重視したのは、差額配分法による経済賃料と現行賃料との差額には共同管理費のうちの実質賃料部分が反映されていないという認識に基づくものであると認められるところ、上記3認定説示のとおり、本件建物の共同管理費の大部分が賃料であるとは認められないから、この点を理由にスライド法による試算賃料に偏した調整をなした丙川鑑定を採用することはできない。
  (3) 甲野鑑定について
 ア 甲野鑑定は、本件建物の平成16年2月1日時点での適正賃料額について、差額配分法によると月額97万3479円、スライド法によると月額54万6437円、利回り法によると月額58万3047円になり、賃貸事例比較法については直接的に適用ができないとした上で、各評価方式による各試算額を8対1対1の割合として、月額89万2000円と評価している。
 イ 甲野鑑定が賃貸事例比較法を直接的に適用していない点については、上記(1)に認定説示した諸事情に照らして合理性があるといえる。
 甲野鑑定の差額配分法による賃料の試算過程は、特に不合理な点はなく、差額配分比につき折半法を採用している点も、上記のとおり、借主である一審被告も本件ビル全体の維持管理費用を相当負担していることを考慮すれば、衡平の原則に適うものといえる。
 また、甲野鑑定は、スライド指数について、大阪市の消費者物価総合指数と株式会社ベータ調査によるB・A地区の事務所の平均実質賃料推移統計を1対2の割合で加重平均して求めている。
 この点、一審原告は、これらの統計数値は、本件建物のような高度商業地に存在する百貨店に隣接した大店舗等に関する統計数値でないので、これらによって変動率を求めるのは不当であり、そもそも本件建物のような高度商業地にある商業施設の継続賃料についてスライド法を適用することは不合理である旨主張する。確かに、スライド法における変動率は、現行賃料を定めた時点から賃料改定時点までの間における経済情勢等の変化に即応する変動分を表すものであり、変動率を求める場合の各種指数は、対象不動産の地域性、用途等の特性を反映したものである必要はあるが、他方で、それを過度に要求すると用いるべき統計資料が存在しないことになる。スライド法は、現行賃料を合意した時点以降の経済状況を反映させて継続賃料を算定するものであり、上記4認定説示のとおり、本件増額請求による相当賃料額を判断するに当たっては、現行賃料が合意されてから賃料を増額する要因となる経済事情の変動がないことを十分考慮する必要があり、これからするとスライド法を適用する合理性は否定できないところ、甲野鑑定で用いた統計数値は、可能な限り本件建物の特性を反映したものといえ、ほかに、甲野鑑定のスライド法による賃料試算過程に不合理な点はない。
 ところで、甲野鑑定は、利回り法について、継続賃料利回りを本件賃貸借契約締結当時の本件建物の基礎価額に対する純賃料の割合として0.53%としているところ、一審原告は、商業施設の継続賃料利回りとして極めて低く、不合理である旨主張している。
 確かに、継続賃料利回りが0.53%というのは、商業施設の利回りとしては考え難く、これは、現行賃料額が本件建物の経済価値を反映しない低水準の賃料額であったことに起因するものであり、スライド法によって本件賃貸借契約の個別事情を反映することができることを考慮すると、継続賃料利回りを本件賃貸借契約締結当時の本件建物の基礎価額に対する純賃料の割合のみによって算定することには疑問がある。不動産鑑定評価基準においても、継続賃料利回りは、現行賃料を定めた時点における基礎価格に対する純賃料の割合を標準とし、契約締結時及びその後の各賃料改訂時の利回り、基礎価格の変動の程度、近隣地域若しくは同一需給圏内の類似地域等における対象不動産と類似の不動産の賃貸借等の事例又は同一需給圏内の代替競争不動産の賃貸借等の事例における利回りを総合的に比較考量して求めるものとされているから、本件ビルの他のテナントの賃貸事例や高度商業地の賃貸事例の利回りを考慮する必要性があり、その意味で甲野鑑定の継続賃料利回りは採用できない。そして、高度商業地域の賃貸事例の利回りが6%程度であること(甲9)に加えて本件賃貸借契約締結時点からの本件建物の基礎価格が25%程度減価していること(鑑定の結果)を総合考慮すると、継続賃料利回りを2%と認めるのが相当であり、これによって試算すると、月額79万2692円になる。
 ウ 甲野鑑定は、差額配分法、スライド法、利回り法の比率を8対1対1の割合で加重平均して本件建物の平成16年2月1日時点の賃料額を評価しているが、その理由として述べるところは、現行の賃料額が適正でないということに集約される。
 確かに、本件建物の現行賃料額は、当時の本件ビルの他のテナントと比較しても相当低い水準であり、現に差額配分法による本件建物の試算額や現行賃料を定めた時点における基礎価格に対する純賃料の割合が0.53%であることなどを考慮しても、現行賃料額が本件建物の経済価値を反映した賃料水準を下回るものであったことは否定できない。
 しかしながら、借地借家法32条1項に基づく賃料増額請求においての相当賃料額を判断するに当たっては、直近合意賃料を基にして、それ以降の同項所定の経済事情の変動等のほか、賃貸借契約の締結経緯、賃料額決定の要素とした事情等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであるところ、現行賃料を合意する際、一審被告には本件ビルの他のテナントの賃料相場の認識がなく、一審原告と一審被告との間に3年後に他のテナントの賃料水準に改訂するという認識が一致していたわけではなかったこと、現行賃料を合意した後に賃料の増額要因となるような経済事情の変動がないことを総合考慮すると、現行の賃料額が本件建物の経済価値を反映した賃料水準を下回るという理由で、差額配分法を重視するということは相当ではなく、本件建物の経済価値を反映した賃料水準にするのは、今後の経済情勢の変動を踏まえて、段階的に行われるべきものと解される。
 差額配分法、スライド法、利回り法は、継続賃料を算定するに当たってそれぞれ長所と短所を有するところ、本件増額請求による本件建物の相当賃料額をめぐる上記の諸事情を総合すると、各方式による試算額をほぼ均等に考慮するのが相当である。
 以上によれば、本件建物の平成16年2月1日以降の相当賃料額を、上記の各試算額のほぼ平均値である1坪当たり月額8000円(月額77万8400円)と認めるのが相当である。
 6 以上によれば、一審原告の請求は、本件建物の平成16年2月1日以降の賃料が月額77万8400円であることの確認を求め、これと現行賃料との差額の支払及び差額分に対する年1割の割合による利息の支払を求める限度(一審原告の当審における拡張部分を含めて)で理由があるが、その余は理由がなく、これと結論を一部異にする原判決は相当でないから、一審被告の控訴は一部理由があり、一審原告の控訴は理由がない。なお、仮執行宣言については、相当でないのでこれを付さない。
 よって主文のとおり判決する。
第6民事部  (裁判長裁判官 渡邉安一 裁判官 安達嗣雄 裁判官 明石万起子)