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 債務整理に関連のある判例|受任通知の効力・開示請求とは

 
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受任通知の効力(判例)

債務整理について受任通知を受けたにもかかわらずそれを無視して法的手段等をとった貸金業者に対して,それが違法であるとして債務者本人ないし代理人弁護士に対する損害賠償を認めた判例

要旨
1.貸金業者が、弁護士から債務者の代理人として受任通知を受け、債務内容についての調査協力の依頼、また、その結果に基づく解決案の提案の検討、そしてそれまでの権利行使の自制の依頼を受けていたのであるから、正当な理由がない限り、合理的な期間は強制執行等の行動に出ることを自制すべき注意義務があったとして、それまで債務者は数日の遅れはあったもののほぼ期限どおりに弁済をしていたのに、債務者が1回の支払を怠っただけで、その給料の差押えに及んだ行為が不法行為と認められた事例。

2.貸金業者が、弁護士から債務者の代理人として受任通知を受け、債務内容についての調査協力の依頼、また、その結果に基づく解決案の提案の検討、そしてそれまでの権利行使の自制の依頼を受けていたのに、債務者が1回の支払を怠っただけでその給料の差押えに及んだ行為を不法行為と認め、本件差押えがまもなく取り下げられたことを考慮してもこれに対する慰謝料は30万円を下らないとされた事例。

控訴棄却、変更

東京高等裁判所 平成8年(ネ)第443号/平成8年(ネ)第555号
平成09年06月10日
主文 一 第一審被告の控訴を棄却する。 二 第一審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。  1 第一審被告の第一審原告に対する東京法務局所属公証人A作成平成五年第九〇三号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。  2 第一審被告は、第一審原告に対し、金二九万七九二五円及びこれに対する平成六年八月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  3 第一審原告のその余の請求を棄却する。 三 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を第一審原告の、その余を第一審被告の負担とする。 四 この判決の主文第二項の2は、仮に執行することができる。
事実及び理由  一 当事者の求めた裁判  1 第一審原告  (一)原判決を次のとおり変更する。  (二)第一審被告の第一審原告に対する東京法務局所属公証人A作成平成五年第九〇三号債務弁済契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。  (三)第一審被告は、第一審原告に対し、金四〇万円及びこれに対する平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  (四)(三)につき仮執行宣言  (五)第一審被告の控訴を棄却する。  2 被控訴人  (一)原判決中、第一審被告敗訴部分を取り消す。  (二)第一審原告の請求を棄却する。  (三)第一審原告の控訴を棄却する。  二 事案の概要  1 本件は、第一審被告から一〇〇万円を借り受け、その弁済に関して公正証書が作成されている第一審原告が、右債務は弁済ずみである(予備的に相殺による債務消滅を主張)として、当該公正証書に基づく強制執行の不許を求め、かつ、既に第一審原告から債務整理に関し委任を受けた弁護士が受任通知をしているにもかかわらず、第一審被告が第一審原告の給料債権を差し押さえたことは、不法行為を構成するとして、その損害賠償を求めた事案である。  原判決は、第一審原告の弁済を一部認め、その限度で請求異議を肯定したものの、なお、債務が残存しているとして、その余の請求異議を棄却し、また、第一審原告主張の不法行為の成立を否定して損害賠償請求を棄却した。  第一審原告及び第一審被告の双方が、各敗訴部分につき控訴した。  2 前提事実(争いがある点は、各項末尾に掲記した証拠により認定した。)(一)第一審被告は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)三条による登録をした貸金業者(登録番号・関東財務局長(2)第〇〇八一四号)であるが、平成五年六月三〇日、第一審原告に対し、次の約定により金一〇〇万円を貸し付け(以下「本件貸付」という。)、その際作成された金銭消費貸借契約証書(乙一、以下「本件証書」という。)の写し(甲一、以下「本件証書写し」という。)を第一審原告に交付した(甲一、乙一、四の1ないし3)。  (1) 利息  年三九・七八五パーセント(年三六五日の日割計算)の割合で一か月毎の後払い  (2) 弁済方法  平成五年七月から平成九年一二月まで(五四回)、毎月二三日(支払日が、土曜日、日曜日、祝日に当たる場合には、翌営業日)限り、四万円宛の元利均等分割返済(ただし、最終回は九二八一円)。うち第一三回(平成六年七月)までの弁済期日は、別表(1)記載のとおりである。  (3) 遅延損害金  年三九・七八五パーセント(年三六五日の日割計算)  (4) 本件債務の一部でも遅滞又は不足したときは、当然期限の利益を失い、債務全額に約定の遅延損害金を付して直ちに完済する。  (二)本件貸付に関し、平成五年七月一五日、次の内容の主文掲記の債務弁済契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が作成された(甲二の1)。  (1) 原因契約 平成五年六月三〇日付金銭消費貸借契約  (2) 利息 年一五パーセント  (3) 弁済方法 平成五年七月から平成九年一二月まで毎月二三日(支払日が、土曜日、日曜日、祝日に当たる場合には、翌営業日)限り、二万五四九三円の元利均等分割返済(ただし、最終回は二万七六六三円)。  (4) 遅延損害金 年三〇パーセント  (5) 元利金の支払いを一回でも怠ったときには、当然期限の利益を失い、直ちに債務を完済する。  (6) 本件債務の債務不履行のときは、第一審原告は直ちに強制執行に服する。  (三)当事者双方が作成した執行認諾約款付の本件公正証書の作成嘱託に関する委任状(甲二の2、以下「本件委任状」という。)には、前記本件貸付(契約日、利息、損害金、弁済方法等前記(一)のとおり)の債務の弁済につき、第一審原告及び第一審被告が債務弁済契約公正証書の作成を嘱託する趣旨のほか、「当事者双方は、利息制限法に基づく限度内の利率に引き直して公正証書を作成することを承諾する。」旨の記載がある。  本件公正証書は、この本件委任状を用いて作成されたものである。  (四)第一審原告は、本件貸付につき、平成五年七月から平成六年六月まで、約定期限から数日の遅れはあっても(右各支払いの遅れによっては期限の利益を喪失させないものとする暗黙の合意が、支払いの都度成立している。)、別表(2)記載の「1」から「12」までのとおり毎月四万円を支払った(持参払い、銀行振込の別は、同表記載のとおりである。以下「本件支払い」といい、個別には「本件支払い「1」」のようにいう。)が、同年七月二五日期限の支払いをしなかった(乙二の一ないし15)。  (五)第一審原告の代理人である井堀周作弁護士(本件訴訟の第一審原告訴訟代理人、以下「第一審原告代理人」という。)は、第一審被告ほか一四社の借入先(いずれも金融業者)に対し、同年七月二八日付けで、第一審原告の債務負担状況の調査票の返送を依頼し、かつ、調査終了次第、第一審原告としての解決案を提示する予定であること、第一審原告本人に対して直接支払いの催告等することのないよう、照会は代理人に対してすること等を記載した書面を郵送した(甲三の1、2)。  (六)浦和地方裁判所は、第一審被告の申立てにより、同年八月五日、第一審被告の第一審原告に対する請求債権(本件貸付残金、利息損害金合計九一万〇一七六円)の弁済に充てるため、第一審原告の勤務する商事会社を第三債務者として、本件公正証書に基づき、第一審原告の同社に対する給料債権を差し押さえる旨の債権差押命令をし(浦和地裁平成六年(ル)第一一三一号。以下「本件差押え」という。)、右命令は、同月一五日までに第一審原告勤務会社に送達された。  (七)第一審原告代理人は、同年八月一六日、第一審被告に対し、本件差押えに抗議するとともに、六六万三八四〇円(本件貸付につき既弁済額をすべて利息制限法所定の制限利率により元本充当計算した残元金及び同日までの未払利息、遅延損害金)を銀行振込の方法で支払ったが、第一審被告への指定口座への入金が同月一七日になったため、同日、遅延損害金一日分五二九円を銀行振込の方法で支払った。  (八)第一審被告は、同月二二日、本件差押命令申立事件を取り下げた。  (九)第一審原告は、同月二五日、浦和地裁に本件訴訟を提起するとともに、本件差押えの執行停止を申し立てた(その後、第一審被告が本件差押えの申立てを取り下げていたことが判明したため、執行停止の申立ては取り下げられた)。  (一〇)第一審原告は、平成七年二月二七日の原審第三回口頭弁論期日において、第一審被告のした本件差押えが不法行為であることを前提に、本件支払い後において本件貸付残債務があるとしても、その損害賠償債権(四〇万円)をもって、これと対当額で相殺する旨の意思表示(以下「本件相殺」という。)をした。  3 本件の争点及びこれに関する当事者の主張  (一)本件貸付における利息及び損害金の利率は本件公正証書の作成により改定されたか。  (1) 第一審原告  本件債務に関し、利息・損害金について本件証書と異なる利率を定めた本件公正証書が作成された以上は、これが当事者を規律する効力を有するものと解されるから、本件債務の利息・損害金の利率は、利息制限法の制限内に改定する旨の合意が成立したものというべきである。  そして、第一審原告が第一審被告にした本件支払い分のうち利息制限法所定の制限利率を超過する部分を元本に充当すると、本件債務は、全て弁済により消滅している計算になる。  仮に、本件公正証書が、便宜上作成されたものであり、本件債務の利息及び損害金の定めが本件証書のままであるとすれば、本件公正証書は、真実の契約内容と異なる内容で作成されたことになるから、不実の公正証書として無効であり、執行力を生じる余地はない。  (2) 第一審被告  第一審原告の主張は、争う。  当事者間の金銭消費貸借契約において、利息制限法の制限を超える利息及び損害金が約定されても、公証人が右合意に沿った公正証書を作成することを拒否している現状において、当事者は、右利率を同法の制限利率内に「引き直して」公正証書を作成するとの合意に基づいて、その趣旨の公正証書の作成嘱託をしているのであって、これにより、強制執行の範囲が制約されるという効果は生じるものの、本来成立している利息及び損害金の合意内容が変更されることにはならない。  このように解すると、本件債務と本件公正証書の記載との間に齟齬はなく、本件公正証書は有効なものとして、執行力を有する。  (二)本件支払いと貸金業法四三条一項(三項)の適用  (1) 第一審被告  第一審原告からされた本件支払いのうち、制限利率超過分の支払いは、いずれも貸金業法四三条一項(三項)の要件を充たすものとして有効であり、したがって、本件債務は、未だ消滅しておらず、本件公正証書の執行力は、有効に残存している。  a 本件証書写しは、同法一七条一項の要件を充たしている。  第一審原告の後記主張は、いずれも理由がない。すなわち、  ア 印紙代及び公正証書作成費用は第一審被告において負担しており、第一審原告は負担していなから、第一審原告の主張は、その前提を欠く。  イ 納税証明書は、単なる参考資料であって、本件証書写しに記載する必要はない。  ウ 本件証書写しに銀行振込の方法のみを記載したのは、債務者の便宜を考慮してのものであって、持参払いを否定する趣旨ではない。  エ 期限前弁済の場合の解約手数料及び調査料等の支払いについて空欄のままになっているのは、そのような合意がないことを示すものである。  b 本件支払いのうち、持参払い分については、同法一八条一項の要件を充たす受取証書を第一審原告にその都度交付している。  契約番号は、契約締結の時点では確定せず、融資を実行し、領収証兼残高確認証(乙二の1)を発行する時点で始めて確定するため、本件証書には記載せず、口頭で説明している。  c 本件支払いのうち、銀行振込分については、第一審原告に対して受取証書を交付していないが、第一審原告か毎回払い込むべき利息元本の内訳を記した償還予定表(乙四の1ないし3)を予め交付して、これを知らせており、右予定表は受取証書の充当内容に代替する内容を含んでいるのであるから、このような場合に、わざわざ受取証書を別途送付する実益は存しない。第一審原告は、履行を遅滞したときは遅延損害金が発生することは、当初から認識しているのであるから、履行遅滞の後にした支払いの結果と予定表に基づく支払いとの間に誤差の生じることは知りうる立場にある。  d 本件支払い「13」は、第一審原告がその代理人である弁護士と相談の上、利息制限法の利率を計算して支払ったものであって、任意の支払いであることは明らかである。  (2) 第一審原告  第一審被告の主張は、争う。  第一審原告がした前記本件支払いについては、いずれも貸金業法四三条一項(三項)の要件を満たすものではなく、利息制限法の制限を超える部分は、その都度元本に充当されたものというべきであるから、本件債務は、既に消滅し、本件公正証書の執行力は失われた。  a 本件貸付に際し、第一審被告が第一審原告に交付した本件証書写し(甲一)は、貸金業法一七条一項所定の要件を充たすものではない。  すなわち、  ア 第一審原告は、本件貸付を受けるに際し、印紙代一〇〇〇円、公正証書作成費用七二〇〇円余りを負担させられたが、本件証書写し(一一条(2))には、「公正証書作成のために要した費用は、債務者及び連帯保証人が負担します。」との記載があるだけで、具体的な金額の記載がなく、同法施行規則(以下「規則」という。)一三条一項一号ニの要件を充足していない。  仮に、第一審被告が公正証書作成費用を負担しているとするならば、それは真実に反する記載をしたものとして、やはり、前記要件に反するものというべきである。  また、仮に、第一審被告が印紙代を負担しているとするならば、そのことについての明示を欠く本件証書は、やはり、前記要件に反する。  イ 第一審原告は、本件貸付時に、第一審被告に対し、源泉徴収票、健康保険証の各写し、納税証明書を交付したのに、本件証書写し(五条)には、その旨の記載がない。規則一三条一項一号ハにいう「貸付に関し貸金業者が受け取る書面」の意義を、貸付債務に関連する権利義務の発生変動に利用されるおそれのある受取書面に限定する根拠はなく、また、仮に、右の解釈を採ったとしても、前記各書類は、右受取書面に含まれるものというべきである。  ウ 本件証書写し(六条)には、支払方法及び支払場所として、第一審被告の指定口座への銀行振込のみが記載されている。しかし、本件債務の支払方法としては、銀行振込のほか第一審被告店舗への持参払いも許容されていたものであるから、本件証書写しには、その旨をも記載する必要があったものというべきである。したがって、規則一三条一項一号トの要件を充足していない。  エ 本件証書写し(四条)には、債務者は、期限前に弁済する場合及び期限の利益喪失後に弁済する場合には、いずれも解約手数料を支払うべきものと定めているが、その手数料の算出割合につき記載がなく、白紙のままとなっている。このような解約手数料の具体的金額が不明の条項は、貸金業法一七条一項七号及び規則一三条一項一号ニ及びリの要件を欠くものというべきである。  オ 本件証書写し(三条)には、債務者は、融資事務取扱手数料、調査料を支払うこととされているが、その数額の部分が白紙のままとなっている。このような不明確な条項は、規則一三条一項一号ニの要件を欠くものというべきである。  b 本件弁済のうち、持参入金分について、第一審被告から交付された各受取証書は、貸金業法一八条一項所定の要件を充たすものではない。  すなわち、各受取証書には貸付日、貸付額の特定がない。各受取証書に契約番号の記載はあるが、第一審原告が交付を受けた本件証書写しには契約番号の記載はないから、結局、右契約番号の記載をもって貸付日、貸付額の記載に代えることはできない。乙二号証の一記載の契約番号の契約が本件証書写しの契約と同一である保証はないし、本件証書写しに契約番号を記載することは容易なのであるから、右契約番号の記載をもって本件証書写しの記載の不備を補うことは許されない。  c 本件弁済のうち、銀行振込分については、受取証書の交付がない。  事前に交付された償還予定表をもって、これに代えることは許されない。  d 本件弁済「13」は、第一審被告が本件差押えによって第一審原告の給料債権を差し押えたためやむなくしたものであり、任意の弁済ではない。  (三)本件相殺による債務消滅  (1) 第一審原告  仮に、本件支払いによって、本件債務全部が消滅していなかったとしても、第一審原告が第一審被告に対してした本件相殺(自働債権たる不法行為債権の内容は、次に記載するとおり)によって、本件債務の残額は、全て消滅した。  (2) 第一審被告  右主張は、争う。  (四)本件差押えの不法行為該当性  (1) 第一審原告  a 第一審被告は、第一審原告代理人から債権調査の依頼書面を受け取るや、第一審原告代理人に何ら連絡をすることなく、本件公正証書に基づき第一審原告の給料債権を差し押さえた。  b 第一審被告のした本件差押えは、弁護士である第一審原告代理人からの受任通知を受けた直後にされたもので、貸金業法二一条に違反し、かつ、昭和五八年九月三〇日付蔵銀第二六〇二号大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」(以下「本件通達」という。)の第2の3(取立て行為の規制)の(1)(貸金業者等がしてはならない行為)のハの(ロ)「債務処理に関する権限を弁護士に依頼した旨の通知、又は、調停その他裁判手続をとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払い請求をすること」に該当し、同4(取引関係の正常化)の(1)(貸付条件の掲示等に関し執るべき措置)のロの(ハ)「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときは、協力しなければならない。」に違反する違法な行為である。  すなわち、第一審原告のようないわゆる多重債務者を救済し、再び自立させるために債務整理を行うためには、弁護士の援助とこれに対する貸金業者側の協力が不可欠であり、そのために、貸金業者は、前記の本件通達内容に従って、弁護士の受任通知を受けた後は、弁護士に協力して債権内容を開示し、弁護士からの弁済に関する提案がされるまでは、正当な理由のない限り取立行為を自制することが社会通念上のルールとして確立しているのである。  c また、本件差押えは、弁護士からの受任通知に対し全く折衝することなしにされたもので、正当な権利行使の方法を逸脱した権利の濫用行為として違法というべきである。  d 更に、本件支払いにより本件差押え当時、第一審原告に履行遅滞はなく、また、本件公正証書による強制執行は許されないから、履行遅滞の存在及び本件公正証書の有効性を前提とする本件差押えは、違法というべきである。  e 本件差押えにより、第一審原告は勤務会社における信用を失い、多大な精神的損害を被った。  この精神的損害に対する慰謝料は三〇万円を下らない。  また、本件差押えによる執行を阻止するため、第一審原告は、弁護士を選任して、本訴を提起すると同時に本件差押えの執行停止を申し立て(執行停止申立ては、第一審被告が本件差押えの申立てを取り下げたのに応じて、第一審原告も取り下げた。)、着手金として五万円を支払い、報酬として更に五万円を支払うことを約した。この弁護士費用一〇万円も第一審被告の不法行為による損害というべきである。  (2) 第一審被告  第一審原告の主張は争う。  本件差押えは、正当な権利行使であって、不法行為を構成することはない。
 三 当裁判所の判断  1 本件貸付における利息及び損害金の利率は、本件公正証書の作成により改定されたか。  (一)本件証書、本件委任状及び本件公正証書の各記載内容は、前記のとおりである。  これによると、本件証書における利息及び損害金の各利率は利息制限法の制限利率を超過する年三九・七八五パーセント(年三六五日当たり)とされているところ、本件委任状においては、右利率を維持するものとした上で、これらを利息制限法所定の制限利率内に「引き直して」公正証書を作成することを承諾するものとされ、これに基づき、利率を利息制限法所定の最高利率(利息につき一五パーセント、損害金につき三〇パーセント)とする内容の本件公正証書が作成されるに至つたことが明らかである。  (二)そして、利息制限法の制限利率を超える利率による利息・損害金の定めは、利息制限法一条一項により無効とされる一方、貸金業法四三条一項(三項)所定の要件を充たす場合においては、当該利息・損害金の支払いが有効なものとみなされる関係にあるところから、当事者間においては、利息制限法の制限利率を超過する利率を定めた合意を維持する実益があるとともに、公証人法二六条の規定により、利息制限法所定の制限を超える利率を定めた公正証書を作成することは許されないため、債務不履行の場合に備えての執行認諾約款付公正証書は、右制限利率内のものとして作成するほかないこととなる。以上のような法律関係を反映して、本件証書及び本件公正証書における利率の定めについて、右のような方法がとられたものであることは明らかというべきである。  そうであるとすれば、本件委任状の前記引直し条項を受けて本件公正証書が作成されていることをもって、約定利率を利息制限法所定の制限利率まで減縮する旨の合意があったものと認めることはできず、かえって、当事者間においては、本件証書で約定された利息・損害金の利率を維持しつつ、債務不履行の場合の強制執行の範囲を利息制限法所定の最高利率の範囲内に限定する意図であったものと認めるのが相当である。証拠(乙二の5ないし8、10ないし12)及び弁論の全趣旨によれば、第一審原告も、その任意に支払いをした利息等が当初約定のとおり年三九・七八五パーセントの割合で計算されていることにつき、なんら異議を述べなかったことが明らかであり、この事実は右認定に沿うものといわねばならない。  他に本件債務の利息等の利率が第一審原告主張のように改定されたことを認めるに足りる証拠はない。  なお、右のように解する以上、本件債務の契約内容と本件公正証書の記載との間に齟齬があるということはできないから、本件公正証書は有効に成立したものとして、執行力を有するものというべきである。  第一審原告の主張は、採用することはできない。  2 本件支払いと貸金業法四三条一項(三項)の適用の有無について  (一)本件貸付に際し、第一審被告が第一審原告に交付した本件証書写し(甲一)は、その記載に照らし、貸金業法一七条一項所定の要件を充たすものと認めることができる。  第一審原告は、前記のとおり右の要件の欠訣を主張するが、以下のとおりいずれも理由がない。  (1) 本件証書写しの記載をみると、同三条には、債務者は、融資事務手数料、調査料を支払うこととされているが、その数額の部分が白紙のままとなっていること、同四条には、債務者は、期限前に弁済する場合及び期限の利益喪失後に弁済する場合には、いずれも解約手数料を支払うべきものと定めているが、その手数料の算出割合につき記載がなく、白紙のままとなっていること、同一一条(2)には、公正証書作成費用は債務者が負担することとされていることが明らかである。第一審原告は、これらの記載は、貸金業法一七条一項七号及び同法施行規則一三条一項一号ニ及びリの要件を欠くと主張する。  ところで、当審証人B(第一審被告債権管理部長)の証言によると、第一審被告においては、不動産担保を徴する融資の場合と本件のように不動産担保を徴しない消費者向けの融資の場合とに共通なものとして本件証書写しのような書式を用いているところ、前記の各事項については、いずれも不動産担保事案において適用をみるため、その場合には白紙部分を記入し、公正証書作成費用を債務者に負担させているが、本件のような消費者信用の事案においては、その適用がないため、白紙部分は空欄のままにし、また、公正証書作成費用も徴収しない取扱いであることが認められる。  債務者に交付されるべき貸金業法一七条一項所定の契約書面及び同法一八条一項所定の受取証書が法の求める要件を充足しているか否かを判断するに当たっては、当該契約の内容又はこれに基づく支払いの充当関係が不明確であることなどによって債務者が不利益を被ることになってはならないという法の趣旨に合致するか否かという実質的な観点を踏まえて検討することを要するところ(最高裁第二小法廷平成二年一月二二日判決・民集四四巻一号三三二頁参照。)、前記の事実関係のもとにおいては、本件証書写しの前記のような記載は、債務者である第一審原告に不利益をもたらすものということはできないものというべきであるから、第一審原告主張の要件の不備があるとみるのは相当でない。  (2) 次に、当審証人Bの証言によると、第一審原告は、本件貸付を受けるに際し、本件証書に貼付すべき収入印紙代一〇〇〇円を負担したことが認められる(これに反する原審証人Cの証言は採用できない。)。  第一審原告は、本件証書写しには、収入印紙代について具体的な金額の記載がなく、規則一三条一項一号ニの要件を充足していないと主張するが、本件証書写し三条には、債務者はこの契約作成に関する必要費用を支払う旨の記載があるところ、右収入印紙代は、本来作成者である債務者が負担すべきものであることが明らかであり、その金額も、債務者が法令の規定により容易に計算することが可能で、しかも、貸金の額に比し少額なものであるから、本件証書写し上に具体的金額の記載まではなくとも、前記要件に欠けるというべきではない。  (3) 原審証人Cの証言及び弁論の全趣旨によると、第一審原告は、本件貸付時に、第一審被告に対し、源泉徴収票の写し、健康保険証の写し及び納税証明書を交付したことが認められるところ、本件証書写し五条には、第一審被告が第一審原告から公正証書作成用委任状一通ほかの書面を受取った旨の記載はあるものの、右各書面を受領した旨の記載はない。  第一審原告は、右各書面は、規則一三条一項一号ハにいう「貸付に関し貸金業者が受け取る書面」に含まれると主張する。  確かに、規則の右文言には何の限定もされていないことからみて、右各書面が規則にいう書面に該当しないと解することは困難である。しかしながら、これらの書面は、一次的には、第一審原告の身元、収入等の事実確認のための資料であって、直接、権利義務の発生変動に影響するものとはいえず、また、源泉徴収票や健康保険証は、原本ではなく、写しであり、納税証明書も必要があれば、更に交付を受けることが可能な書面であって、いずれも運転免許証や年金証書のように社会生活上必要な書面にも当たらないから、前記の実質的な観点を踏まえて検討すると、本件証書写しにこれらの受領に関する記載を欠くからといって、債務者である第一審原告に不利益をもたらすものということはできないものというべきであって、第一審原告主張のような要件の不備があるということはできない。  (4) 本件証書写し六条には、支払方法及び支払場所として、第一審被告の指定口座への銀行振込のみが記載されている。しかし、本件債務の支払方法としては、銀行振込のほか第一審被告店舗への持参払いも許容されていたことは明らかであるところ、持参払いの記載がないことによって、第一審原告が何らかの不利益を被った事実を窺うこともできないから、本件証書写しに持参払いをも許容する趣旨の記載が欠けていたからといって、規則一三条一項一号トの要件を欠くとすることはできない。  (二)本件支払いのうち、持参払い分(本件支払い「4」ないし「6」、 「8」、「9」)ついて、第一審被告から交付された各受取証書(乙二の5ないし8、10ないし12)は、その記載に照らし、貸金業法一八条一項所定の要件を充たすものと認めることができる。  第一審原告は、前記のとおり右の要件の欠缺を主張するが、以下のとおり理由がない。  すなわち、右各受取証書には、貸金業法一八条一項二、三号所定の貸付日及び貸付額の記載はないが、契約番号(20704072)の記載のあることが明らかである。そして、受取証書に契約番号の記載のあるときは、規則一五条二項により、前記各項目の記載に代えることができるものとされているから、右要件の不備はないものということができる。本件証書写しには契約番号の記載はないが、契約日当日、本件証書写しとともに第一審原告に交付されたことが認められる乙二号証の一(前記各受取証書と同一書式の書面、備考欄に新規貸付の記載があり、お客様署名欄には第一審原告の署名がある。)には、右契約番号の記載があり、当該書面の作成日付及び貸金の額の記載によれば、その書面が本件貸付について作成された書面であることを債務者てある第一審原告が容易に認識できるのであるから、第一審原告が本件貸付の契約番号を誤認する可能性は少なく、第一審原告が何らかの不利益を被ることも考えられないのである。  (三)本件支払いのうち、銀行振込分(本件支払い「1」ないし「3」、 「7」、「10」ないし「12」)については、受取証書の交付がなく、貸金業法一八条一項所定の要件を充たすものと認めることができない。  すなわち、右銀行振込分については、第一審被告が、第一審原告に対し、右条項所定の受取証書を交付していないことは当事者間に争いがない。  ところで、貸金業法一八条二項の規定は、口座振込の方法による弁済の場合、弁済者が同条一項の書面交付を請求しない限り、これを交付しなくとも刑罰を科されないというにとどまり、右書面を交付しなくとも、みなし弁済規定適用の利益を享受することができるとまで規定しているものではない。そして、同法四三条一項二号は、前記書面の交付を同法四三条一項適用のための積極要件として規定しており、これについて何らの除外事由を設けていない。また、弁済直後に受取証書が交付されてはじめて、債務者はこれを手掛りに法律上負うべき債務の内容を具体的に把握することができ、債権者に対する権利主張が可能となるものであるところ、そのような機会があったにもかかわらず債務者から任意に弁済がされるところに、みなし弁済を肯定する実質的根拠があるものと考えられる。以上の事柄を考慮すると、預金口座への入金があった場合において、貸金業者が利息制限法所定の利率を超過する支払いにつき、貸金業法四三条一項(三項)の規定の適用を受けるためには、預金口座への入金を通常知り得る時点で、その都度、直ちに所定の受取証書を債務者に交付ないし送付することを要するのであって、右交付等のない限り、右規定の適用を受けることはできないものと解すべきである。  そうすると、前記の事実関係のもとにおいては、前記の本件支払分については、右規定の適用はないものというべきである。  第一審被告は、第一審原告に対しては予め償還予定表(乙四の1ないし3)を交付しており、これは、第一審原告の債務不履行に伴う誤差はありうるものの、受取証書の交付に代替する機能を有しているから、改めて受取証書を交付しなくとも、右規定の適用があると主張するが、前記説示に照らし、採用することができない。(四)本件弁済「13」については、第一審原告の代理人において、本件債務を利息制限法所定の利率で計算し直した利息・損害金及び残元本についての支払いとしてしたものであることは前記のとおりであるから、貸金業法四三条一項(三項)の適用はないものというべきである。  (五)以上によると、本件支払いのうち、持参払い分(本件支払い「4」ないし「6」、「8」、「9」)については、右条項の適用があるものとして、利息制限法所定の利率を超過する部分についても約定どおりの利息・損害金として支払われたものとみなすべきであるが、銀行振込分(本件支払い「1」ないし「3」、「7」、「10」ないし「12」)及び本件支払い「13」については、右規定の適用はないから、利息制限法所定の制限利率の利息・損害金等の支払いがされたものとして充当計算すべきである。  これによると、本件債務は、本件支払い「13」により、平成六年八月一七日現在、一〇万二〇七五円を残元本として、なお存在していることになる。その計算の経過は、別表(3)記載のとおりである。  本件債務が本件支払いによって全て消滅したとの第一審原告の主張は、以上の説示に照らし採用することができない。  3 本件差押えの不法行為該当性について  (一)前記の事実関係によると、第一審被告は、平成六年七月二八日付で郵送された書面で、第一審原告の代理人である弁護士から受任通知を受け、第一審原告の負担している債務の内容についての調査協力及び代理人が債権者らの調査の結果に基づいて提案する予定の解決案に対する検討並びに直接の権利行使の自制の依頼を受けておりながら、同年八月五日付で本件差押えをし、右差押命令は、同月一五日までには第一審原告の勤務会社に送達されたというものである。右の受任通知を受けて、第一審被告が弁護士に対して何らかの回答等をしたか否かについて、第一審被告から一切主張・立証がないことからすると、第一審被告は、右の受任通知に対し、何らの対応をすることなく、本件差押えに及んだものと推認される。しかも、第一審原告は、別表(2)のとおり、平成六年六月までの割賦弁済金は、一日ないし三日の遅れが数回あったものの、ほぼ期限どおりに弁済をしていたにもかかわらず、第一審被告は、同年七月二五日分の支払いを一回怠ったことを理由として、本件差押えに及んだものである。  もとより、債務名義を有する債権者が強制執行の挙に出ることは、その権利の行使として一般的に是認されるところであるが、権利の行使といえども社会通念上相当な態様と方法で行われなければならないことはいうまでもない。そこで、本件差押えが権利の行使として正当なものか否かについて検討することとする。  (二)貸金業法等が昭和五八年一一月から施行されるに当たり、その運用の適正を期するために定められた本件通達は、貸金業者の業務等に関し、取立て行為の規制、取引関係の正常化等の観点から、貸金業者がしてはならない行為、債権債務の内容開示のため貸金業者が執らなければならない措置等について個別的に列挙し、その中に、第一審原告主張の内容が定められていることは、当裁判所に顕著である。そして、証拠(甲六ないし一一、当審証人Dの証言)及び弁論の全趣旨によると、本件通達発出以来、その定める内容は、貸金業者において概ね遵守され、債務者から依頼を受けた弁護士が、貸金業者に対し、受任の通知をするとともに、債務の内容についての回答及び資料の開示を求め、更に債権者に対する調査結果を踏まえてする弁済方法の提案についての協力依頼をしてきたときは、貸金業者は、右の申出が誠意のない単なる時間稼ぎであるとか、財産の隠匿を目的としているなど不当なものである場合は別として、原則として、これに協力し、弁護士の提案を誠実に検討することにしており、たとえ、既に公正証書等の債務名義を保持している場合であっても、弁護士の協力依頼になんら対応することなしに、いきなり強制執行の挙に出ることは控えているのが一般であると認められる。そして、現在、多くの消費者信用業者から多額の信用供与を受け、その返済が不能又は著しく困難となったいわゆる多重債務者の存在が大きな社会問題となっていることは、周知のところである。このような多重債務者の経済的更生を図ることは、社会的な要請でもある。前記のような取扱いは、右の社会的要請にも応え、合理的なものであるということができる。また、多額の債務を負担し、その弁済が困難となった債務者が、経済的更生を図るために弁護士に債務の整理を依頼し、その依頼を受けた弁護士が、債務の整理に着手した場合に、その弁護士と連絡をとることなく、財産の差押え等の強制執行を行うことは、特段の事情のない限り、法律に従った手続で経済的更生を図ろうとする債務者の利益を害するものということができる。  このような見地から考えると、貸金業者は、債務者との関係においても、当該債務者の依頼した弁護士からの前記のような受任通知及び協力依頼に対しては、正当な理由のない限り、これに誠実に対応し、合理的な期間は強制執行等の行動に出ることを自制すべき注意義務を負担しているものであり、故意又は過失によりこの注意義務に違反し、債務者に損害を被らせたときは、不法行為責任を負うものと解するのが相当である。  (三)前記の事実関係のもとにおいては、第一審被告は、第一審原告代理人である弁護士の受任通知及び協力依頼を受けたのに、これに対し、なんら誠実な対応をすることなく、逆に、わすか一週間の短期間内に、しかも、第一審原告が一回の分割弁済金の支払いを怠ったことを理由に、本件差押えに及んだものであるところ、第一審被告にこのような措置に出る正当な根拠が存在したことを窺わせる証拠はなく、むしろ、弁護士に依頼したことに対する対抗措置として本件差押えに及んだものと疑われてもやむを得ない状況にあるといわざるを得ない。したがって、第一審被告は、このような場合の貸金業者としての前記注意義務に違反したものであり、右違反行為をするについて、少なくとも過失があったものというべきである。(四)原審における第一審原告本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、本件差押命令が第一審原告の勤務会社に送達され、その内容が会社内に知られたことにより、社内での第一審原告の信用は段損され、第一審原告はこれにより相当の精神的損害を被ったものと認めることができるのであって、これに対する慰謝料は、本件差押えの申立てがまもなく取り下げられたことを考慮に入れても、三〇万円を下らないものと認められる。  また、弁論の全趣旨によると、第一審原告は、本件差押えによる執行を排除するため、弁護士である第一審原告代理人を選任して、本訴を提起すると同時に本件差押えの執行停止を申し立て(執行停止申立ては、第一審被告が本件差押えの申立てを取り下げたのに応じて、第一審原告も取り下げた。)、相当額の報酬を支払うことを約したこと、そして、これにより弁護士に支払うべき報酬額は、一〇万円を下ることはないものと認めることができる。したがって、この弁護士費用一〇万円も第一審被告のした本件差押えに起因する損害というべきである。  (五)以上によると、第一審被告は、第一審原告に対し、不法行為による損害賠償として四〇万円及びこれに対する不法行為の日(本件差押えが第一審原告の勤務会社に送達された日とするのが相当である。)から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負担したものというべきである。  4 本件相殺による債務消滅について  (一)平成七年二月二七日の原審第三回口頭弁論期日において、第一審原告が、右不法行為債権四〇万円をもって、本件支払い後に残存する本件債務とその対当額において相殺する旨の意思表示(本件相殺)をしたことは前記のとおりである。  (二)そうすると、本件相殺によって、平成七年八月一七日現在の本件債務残元本一〇万二〇七五円は全部消滅し、本件不法行為債権は、残りの二九万七九二五円及びこれに対する前記遅延損害金の限度で残存することになる。  5 第一審原告の請求について以上のとおりであって、本件公正証書は、これに記載された本件債務が本件支払い及び本件相殺によって全部消滅したものであるから、これに基づく強制執行は許されず、本件請求異議は全部理由があり、また、第一審原告の損害賠償請求は、前記残存額の支払いを求める限度で理由がある。  四 結論  よって、第一審原告の控訴は一部理由があるので、これと異なる原判決を右の説示に沿って変更し、第一審被告の控訴は、理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
第2民事部
 (裁判長裁判官 今井功 裁判官 淺生重機 裁判官 田中壯犬)
 

債務整理について受任通知を受けたにもかかわらずそれを無視して法的手段等をとった貸金業者に対して,それが違法であるとして債務者本人ないし代理人弁護士に対する損害賠償を認めた判例

要旨
1.依頼者の負債の任意整理の事務を受任した弁護士は、貸金業者から依頼者に対して直接取立てが行われないことにより職務を円滑に遂行できるという法的利益を有する。
2. 弁護士が負債の任意整理を受任した後、債権者の従業員が行った依頼者への暴力的な直接取立行為は、依頼者が直接取立てから解放される努力をすべき職務の遂行を妨害されないという弁護士の法的利益を故意に侵害する違法な行為であるから、債権者はその従業員の行為について使用者責任を負う。
3. 弁護士が負債の任意整理を受任した後、債権者の従業員が依頼者への暴力的な直接取立行為を行って、弁護士の職務遂行を妨害した事案につき、慰謝料として45万円が認められた事例。

認容

平成12年9月25日/福岡地方裁判所/第1民事部/判決/平成11年(ワ)2579号

主文  一 被告は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する平成一〇年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  二 訴訟費用は、被告の負担とする。  三 この判決は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 請求  主文同旨 第二 事案の概要  本件は、負債整理を受任した弁護士である原告が、被告(旧商号・株式会社西日本相互産業)の従業員によって弁護士業務を妨害されたと主張して、被告に対し、不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として、各不法行為につき四五万円ずつの慰謝料及び遅延損害金を請求している事案である。  一 争いのない事実等   1 弁護士である原告は、丸田○○(以下「丸田」という。)から負債整理を受任し、平成九年一一月五日、丸田の債権者の一人で貸金業者である被告に負債整理の受任通知書を送付し、丸田に対する個別請求や取立て等を差し控えるように要求した。(乙六の3)。   2 原告は、夫の債務を相続した森××(以下「森」という。)から負債整理を受任し、平成一〇年二月二三日、債権者の一人である被告に負債整理の受任通知書を送付した(甲二七)。   3 被告は、平成一二年二月二二日、貸金業者の登録を取り消された(甲二五)。  二 争点   1 弁護士業務(任意整理)の保護法益   2 不法行為(使用者責任)の成否  三 原告の主張   1 負債の任意整理を受任した弁護士(以下「受任弁護士」という。)は、依頼者が債権者による直接取立てから解放されるように努力すべき職責を有しており、債権者である貸金業者に対し、右職務の遂行を妨害されないという固有の法的利益を有している。   2 被告の従業員は、次のとおり、直接依頼者に対し取立行為を行ったばかりか、これを叱責する原告に脅迫まがいの言葉を弄して、原告を威嚇した。    (一) 被告の氏名不詳の従業員(以下「不詳従業員」という。)は、原告の受任通知書送付後も、丸田の自宅に押しかけて入り込み、相保証人の所在を詰問した上、その後、相保証人を同道して再度丸田の自宅を訪れ、同人の面前で相保証人を激しい剣幕で罵り、丸田をおびえさせた。丸田は助けを求めて原告に電話したので、原告が不詳従業員に対し早急に退去するよう電話で要求したところ、不詳従業員は、「ふざけるな。馬鹿野郎。」「金を払うまで出ていかん。」などとすごんで、暴力団特有の言葉遣いで原告を怒鳴りつけた。    (二) 被告の従業員である甲野太郎(以下「甲野」という。)は、原告の受任通知書送付後も、弁護士に依頼したことを理由に森を脅し、執拗に電話をかけ続け、直接交渉を迫った。また、甲野又は同じく被告の従業員である乙山次郎(以下「乙山」という。)は、借入返済明細書の交付を電話で要求した原告に対し、提出を拒絶し、暴力団員的口調で原告を脅かした。さらに、乙山は、森の義母の自宅まで押しかけ、原告の承諾を得たとの虚偽の事実を告げ、同女から貸金を回収しようと企てた。  四 被告の主張   1 丸田については、原告の受任通知から整理の方針が明らかにされるまで二〇か月の長期間を要し、被告の従業員が直接請求したのは、その間に一度のみである。被告の従業員が丸田の自宅に行ったのは、受任通知書が被告に到達する前であった。   2 森については、原告が債務整理の方針を示さないので、乙山は、繰り返し原告に電話した。しかし、方針が示されなかったので、乙山は、平成一〇年六月頃、電話で原告に対し、方針が示されないなら直接取立てをせざるを得ない旨確認した。原告が投げやりな口調で「行くなら行けばよい。」と告げたので、乙山は、森の自宅に行った。 第三 判断  一 証拠(甲三四、原告本人)及び弁論の全趣旨によると、受任弁護士が通常行う業務の態様などは、次のとおりであることが認められる。   1 受任弁護士は、通常十数名の債権者に通知を出し、受任の事実を知らせるとともに、貸付けと弁済の明細を最初の貸付けにさかのぼって報告してもらうこと、本人や家族への直接交渉をしないことを要求する。   2 大蔵省銀行局等の監督官庁の行政指導により、貸金業者が、債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判手続をとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払請求をすることは、規制されているので、大多数の貸金業者は、受任弁護士からの通知受領後の取立てを差し控える。しかし、一部の業者は、通知を無視して、直接債務者と交渉しようとする。   3 債務者は、貸金業者からの執拗な取立てのために不安な生活をしいられていたので、受任弁護士から、以後直接取立てがなくなると説明されると、生活の安全を取り戻すことができるのとの期待を抱き、受任弁護士を信頼する。   4 受任弁護士は、過去の貸付けと弁済を法的に検討することにより、正確な債務残高を確認した上で、貸金業者との交渉に臨もうとするが、一部の業者は、資料提供に消極的である。   5 受任弁護士に対しては、受任直後から、貸金業者による頻繁な照会や暴力的言動がなされるので、受任弁護士には、萎縮効果を克服する強い意思が要求される。  二 弁護士法一条一項は、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と定め、同条二項は、「弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力しなければならない。」と定めている。右によれば、弁護士は、依頼者の正当な利益を実現するように誠実に職務を行うべき義務を負うとともに、個別の受任職務の適正な遂行を通じて社会正義の実現に努めるべき義務を負うものと解される。  ところで、受任弁護士は、委任者である債務者との関係では、貸金業者の取立てを中止させ、債務者に平安な生活を取り戻させることにより、更生へ向けての意欲を涵養するための信頼関係を構築するのであるが、受任弁護士の活動は、それに止まらず、社会との関係では、社会問題となっている多重債務者問題を個別的に法的ルールに則って解決することにより、委任者以外の潜在的多重債務者についても悲惨な結果を防ぐという効果をもたらすものであるから、受任弁護士の活動は、公益的意義をも有するのである。したがって、貸金業者による直接取立ての中止は、受任弁護士にとって、単に委任者との信頼関係の維持に止まらず、弁護士としての重い社会的責務を果たすための不可欠の要件であって、換言すれば、受任弁護士は、直接取立てが行われないことにより職務を円滑に遂行することができるという法的利益を有しており、貸金業者は、右利益を侵害しないように配慮すべき義務を負っているというべきである。  三 証拠(甲一、二三、二六、三四、原告本人)によると、第二の三の2記載の事実を全部認めることができるところ、被告の従業員の行為は、それぞれ被告の事業の執行に付き原告に対しなされた故意の違法な行為であって、原告の受任弁護士としての法的利益を侵害したものであるから、被告は、使用者責任を負うものである。被告が原告に賠償すべき慰謝料としては、各不法行為につき四五万円とするのが相当である。  四 よって、主文のとおり判決する。 (裁判官・古賀寛)

債務整理について受任通知を受けたにもかかわらずそれを無視して法的手段等をとった貸金業者に対して,それが違法であるとして債務者本人ないし代理人弁護士に対する損害賠償を認めた判例

損害賠償請求事件

要旨
1.一 債権者が債務者に対して取立て等債権の行使を行うことは一般的に適法であるが、それが社会的相当性を逸脱した場合には債務者に対する不法行為を構成する。
二 債務整理の依頼を受けた弁護士からの受任通知を受けた後、貸金業者が債務者及び連帯保証人に対し直接弁済を求めたことは、社会的相当性を逸脱したものとして、不法行為を構成する。
2. 債務整理の依頼を受けた弁護士から取引経過の開示要求を受けた貸金業者がその開示を遅らせた行為は、特段の事情のない限り、債務者に対しても、右弁護士に対しても、不法行為を構成する。
3. 一 債権者が債務者に対して取立て等債権の行使を行うことは一般的に適法であるが、それが社会的相当性を逸脱した場合には債務者に対する不法行為を構成する。
二 債務整理の依頼を受けた弁護士からの受任通知を受けた後、貸金業者が債務者及び連帯保証人に対し直接弁済を求めたことは、社会的相当性を逸脱したものとして、不法行為を構成する。
三 債務整理の依頼を受けた弁護士からの受任通知を受けた後、貸金業者が債務者に対し直接弁済を求めることは、その弁護士の職責を事実上不可能にし、弁護士活動を妨害するものであることから、当該弁護士に対する関係でも不法行為を構成する。
4. 債務整理の依頼を受けた弁護士からの受任通知を受けた後、貸金業者が債務者及び連帯保証人に対し直接弁済を求めたことが、債務者、連帯保証人及び右弁護士に対して不法行為を構成し、また、右弁護士から取引経過の開示要求を受けた貸金業者がその開示を遅らせた行為は、債務者、右弁護士に対して不法行為を構成し、生じた損害として、債務者に30万円、連帯保証人に70万円、弁護士に80万円が認められた事例。
5. 取引経過の開示要求を受けた貸金業者がその開示を遅らせる行為は、債務者に対しても債務整理の委任を受けた弁護士に対しても、不法行為を構成する(貸金業者が1か月以上開示を遅らせたことが、債務者、保証人及び弁護士に対して不法行為となるとされた事例)。
6. 債務者が弁護士に債務の処理を委任し、弁護士が貸金業者に受任通知を出した後に、債務者に直接債務取立てなどの交渉を行った貸金業者の行為が、債務者、保証人及び弁護士に対する関係で不法行為を構成するとされた事例。

一部認容、一部棄却


平成13年6月11日/東京地方裁判所/民事第48部/判決/平成12年(ワ)26731号...等

主文  1 被告は、原告会社に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  2 被告は、原告乙川に対し、金七〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  3 被告は、原告宮本に対して、金八〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  4 原告宮本のその余の請求を棄却する。  5 訴訟費用は、原告会社及び原告乙川と被告との間に生じた分は全て被告の負担とし、原告宮本と被告との間に生じた分は、これを五分し、その一を原告宮本の負担とし、その余は被告の負担とする。  6 この判決は仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求  1 被告は、原告会社に対し、金三〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  2 被告は、原告乙川に対し、金七〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  3 被告は、原告宮本に対して、金一〇〇万円及びこれに対する平成一二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要  本件は、貸金業者に対する債務の債務整理を依頼した債務者及びその依頼を受けた弁護士が、同弁護士が当該貸金業者(被告)に受任通知を出した後、被告の担当者が同弁護士を通さずに債務者に直接弁済を求めるなどの交渉をしたこと及び要求があったにもかかわらず速やかに債務者との間の取引経過を開示しなかったことは違法であると主張して、貸金業者に対し不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求めた事案である。  1 前提事実  以下の事実は、当事者間に争いのない事実及び以下で掲記する証拠から容易に認定できる事実である。   (1) 原告会社は、コンピューターソフトウエアの開発等を業とする株式会社であり、原告乙川は、平成一二年一二月七日まで原告会社の代表取締役であった。被告は、貸金業を営む株式会社である。   (2) 原告会社は、被告から、平成一一年三月二四日、金三一〇万五四七〇円を借り受け、原告乙川は、この債務につき被告に対し連帯保証した(以下、これらを「本件債務」という。)。原告会社は、その後、被告に対し、数度にわたり本件債務の一部を弁済してきた。   (3) 原告会社及び原告乙川は、平成一二年一〇月一六日(以下「平成一二年」の記載は省略する。)、弁護士である原告宮本に対し、本件債務の処理を委任した。原告宮本は、同日午後一時四一分頃、被告に対し、ファクシミリで、本件債務の処理に関し原告会社及び原告乙川から委任を受けた旨を伝え(以下「本件受任通知」という。)、原告会社と被告との取引経過を開示するよう要請し、原告会社及び原告乙川に対して直接交渉を行わないよう通知した。(甲1)   (4) 被告従業員で原告会社との取引を担当していた丙田三郎(以下「丙田」という。)は、同月一七日午前中に、原告乙川に電話をかけた。   (5) 一〇月一九日午前一一時一四分頃、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、丙田が原告乙川と直接交渉したことを抗議するとともに、原告会社と被告との間の取引経過を開示するよう要請した。(甲4)   (6) 一一月六日、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、原告会社と被告との取引経過について開示するよう、再度要請した。丙田は、同日、原告宮本に電話をかけ、翌日取引経過を開示する旨約束した。しかし、丙田は、一一月八日、原告宮本に対し、「担当者が変わったので開示するには時間がかかる」旨伝えた。   (7) 一一月九日、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、原告会社と被告との取引経過について開示するよう、再度要請した。   (8) 丙田は、一一月二〇日、原告宮本の事務所を訪問した。その後、丙田は、同日中に、原告会社と被告との間の取引記録を原告宮本に開示した。  2 争点   (1) 丙田の原告会社、原告乙川、原告宮本(以下「原告ら」という。)に対する不法行為の成否  (原告らの主張)  丙田は、原告宮本から一〇月一六日にファクシミリで本件受任通知を受け、これを認識していたにも関わらず、同月一七日午前中、原告乙川の自宅に電話をかけ、「弁護士事務所からファックスが届いた。弁護士を入れずに直接やりとりがしたい。ジャンプ分の利息を一九日に入金しろ。」と話し、同月一九日にも再度原告乙川に電話をかけ、「いつ払うのか、こっちで預かっている保険を解約するぞ。自宅を訪問させろ。」等と申し向けた。また、原告宮本が、一〇月一六日に被告と原告会社との取引経過を開示するように要求したにもかかわらず、丙田は、翌月二〇日までこれを開示しなかった。  貸金業者は、債務者から依頼を受けた弁護士により債務の処理を行う旨の受任通知を受けた場合、債務者に対する直接の請求や交渉は行わず、従前の貸付けと返済の取引経過を当該弁護士に対し速やかに開示するなどの注意義務を、債務者に対して負っている。また、債務者から貸金業者に対する債務処理を依頼された弁護士は、債務者本人に直接の請求が行われず、また、速やかに取引経過の開示がされることにより職務が円滑に遂行できるという固有の法的利益を有しており、貸金業者は、この法的利益を侵害しないように配慮する注意義務を負担している。  丙田の上記行為は、これらの注意義務に違反し、原告らに対する不法行為を構成するので、被告は使用者責任を負担する。  (被告の主張)  丙田が本件受任通知が被告にファクシミリ送信された事実を認識したのは、一〇月一九日夕刻である。したがって、丙田は、原告乙川に対して、原告ら主張のような発言をしていない。また、その後は、丙田は、原告乙川に直接連絡を取っていない。なお、被告は、本件債務の担保として生命保険証書の交付を受けていた。この生命保険の解約返戻金で本件債務の弁済を受ける見込みがなったので、原告に対して強硬に弁済を迫る必要はなかった。  また、取引経過を原告らに開示するのが遅れたのは、丙田が前の担当者から十分な引継を受けていなかったためである。   (2) 原告らの損害に関する主張は以下のとおりであり、被告はこれを争っている。  ア 原告会社に関するもの  原告は、丙田の行為により、本件債務の処理についての交渉を膠着させられ、弁護士費用を余儀なくさせられた。その費用は三〇万円である。  イ 原告乙川に関するもの  原告乙川は、九月に脳梗塞の手術を受け、一〇月は自宅療養をしていた。原告乙川は、原告宮本に被告との間の本件債務の処理交渉を委任し、被告の従業員と面談する必要がないと安心していたにもかかわらず、丙田から二度にわたり直接交渉を受け、この安心感を奪われ病状が悪化した。このことによる精神的苦痛を慰謝するためには、少なくとも金六〇万円が必要であり、本件訴訟の弁護士費用として少なくとも一〇万円が必要である。  ウ 原告宮本に関するもの  原告宮本は、原告会社及び原告乙川の個別的な利益を確保するとともに、社会問題となっている多重債務者問題を個別的に法的ルールに則り解決することにより、委任者以外の潜在的多重債務者についてもこれらを救済するという公益的効果をもたらす活動を行っていたもので、丙田の行為により、弁護士が債務処理案件の依頼を通じて行われる社会正義の実現を故意に妨げたものである。加えて、丙田の行為は、原告宮本と依頼者である原告会社及び原告乙川との間の信頼関係を危うくさせたものである。このための精神的損害を慰謝するには、少なくとも金一〇〇万円が必要である。  3 証拠  書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。 第3 判断  1 前記争いのない事実及び後掲の証拠によれば、以下の事実が認定できる。   (1) 原告会社及び原告乙川は、一〇月一六日、弁護士である原告宮本に対し、本件債務の処理を委任した。原告宮本は、同日午後一時四一分頃、被告に対し、ファクシミリで、本件受任通知を行い、その中で、原告会社と被告との取引経過を開示すること及び、原告会社及び原告乙川に対して直接交渉を行わないことを要請した。(甲1、14、15、原告代表者本人)   (2) 丙田は、翌一七日午前中に、原告乙川に電話をかけた。その際、丙田は、乙川に対して「弁護士事務所からファックスが届いた。弁護士を入れずに直接やりとりがしたい。ジャンプ分の利息を一九日に入金しろ。」と伝えた。この当時、原告乙川は、同年九月に脳梗塞の手術を受け、自宅で療養していた。なお、丙田は、原告乙川が入院していたことは認識していた。(甲4、14、15、甲B1、2、証人丙田、原告代表者本人)   (3) 原告乙川は、丙田からの電話を受けた後、当時原告会社の取締役であった甲山太郎に電話で、丙田から電話連絡があった旨伝えた。甲山は、そのことを、電子メールで直ちに原告宮本に知らせた。原告宮本は、直ちに被告との直接交渉はしないようにとの返事を電子メールで行った。(甲9、10、14、15、甲B2、原告代表者本人)   (4) 丙田は、原告乙川に対し、一九日午前中に電話をかけ、「こっちで(生命)保険は処理していいんだな、ジャンプ分はどうするのか、自宅に訪問したいんだ。」などと申し向けた。その後、原告乙川は、甲山に電話をかけ、脅えた様子で上記内容を伝えるとともに、宮本弁護士はしっかり仕事をしているのかと聞いた。甲山は、原告宮本に電子メールでこの事実経過を伝えた。(甲11、14、15、甲B2、原告代表者本人)   (5) 同日午前一一時一四分頃、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、丙田が原告乙川と直接交渉したことを抗議するとともに、原告会社と被告との間の取引経過を開示するよう要請した。(甲4、15)   (6) 一一月六日、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、原告会社と被告との取引経過について開示するよう、再度要請した。丙田は、同日、原告宮本に電話をかけ、翌日取引経過を開示する旨約束した。しかし、丙田は、一一月八日、原告宮本に対し、「担当者が変わったので開示するには一年ぐらいかかる」旨伝えた。(甲5、6、15)   (7) 一一月九日、原告宮本は、被告に対し、ファクシミリで、原告会社と被告との取引経過について開示するよう、再度要請した。   (8) 丙田は、一一月二〇日、原告宮本の事務所を訪問した。丙田は、その際取引経過表(甲16)を原告宮本に提出したが、これには残元本と最終の支払利息の金額と支払日が手書きで記載されているものであった。そこで、原告宮本は、少なくとも貸付けの返済の経過が判明するものを提出するよう要請した。被告は、同日午後四時頃、原告宮本に対して、取引の一覧を記載した書面をファクシミリで送付した。(甲15、16、17)  2 以上の事実を前提に、被告の不法行為の成否を検討する。   (1) 上記判示のとおり、丙田は、遅くとも一〇月一七日午前中に原告乙川に電話をかけた頃の前までには、本件受任通知を認識したものと認められる。  これに対して、被告は、丙田が本件受任通知を認識したのは、一〇月一九日夕方であり、被告は、原告会社から本件債務の担保として生命保険証書を受領しているので、あえて原告会社や原告乙川から取り立てる必要はなかったと主張し、丙田はこれに添う供述をする。しかし、原告乙川から連絡を受けた甲山が原告宮本に出した電子メール(甲9)には、丙田が原告乙川に対して「弁護士からファックスが届いた」と発言したことが明記されており、原告乙川が丙田に対してことさら虚偽の報告をする必要はなく、電子メールの記録は通常では改竄できないこと(原告代表者本人)に照らし、丙田の供述は信用できない。  よって、丙田は、弁護士から債務整理の受任通知を受けたことを認識しておりながら、一〇月一七日と同月一九日の二度にわたり、委任者である債務者に直接債務の取り立てなどの交渉を行ったもの(以下「本件直接交渉」という。)と認定できる。   (2) 貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)二一条一項は、貸金業者は、貸付けの契約に基づく債権の取立てをするにあって、人を威迫し又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動により、そのものを困惑させてはならない旨を規定し、これを受けた金融監督庁の「金融監督等にあたっての留意事項について」においては、「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停、破産その他裁判手続きをとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払請求をすること」が、貸金業法二一条一項の監督上の留意事項として記載されている(甲2)。  債権者が、債務者に対して取立て等債権の行使を行うことは一般に適法であるが、それが社会的相当性を逸脱した場合には債務者に対する不法行為を構成すると解するべきである。そして、金融監督庁が定めた上記ガイドラインは、貸金業法の運用の適正を確保するために、貸金業者の取立行為の規制、取引関係の正常化などの観点から、貸金業者がしてはならない行為又はしなくてはならない行為等を個別的に規定したものであり、これを遵守しない場合には監督官庁の行政指導の対象となるものである。また、貸金業者としても、このガイドラインは遵守すべきものと一般に理解されているものである(弁論の全趣旨)。そうであるならば、貸金業者が、このガイドラインで禁止されている行為を行った場合は、その行為は原則として社会的相当性を逸脱したものとして、不法行為を構成するとみるべきである。よって、本件直接交渉は、原告会社及び原告乙川との関係で不法行為を構成する。   (3) 次に、本件直接交渉が、原告宮本に対する関係で不法行為を構成するかにつき検討する。  多くの金融業者から多額の借り入れをなし、それらが返済不能となったいわゆる多重債務者問題が、社会問題となっていることは周知の事実である。このような多重債務者はもとより、一般に債務者は、自己の債務の整理を弁護士に依頼することができ、これは債務者が経済的更生をはかるために必要な行為であって、債務者の法的権利である。一方、これを受任した弁護士は、債権者に対し受任通知を出し、以後の交渉を弁護士が行うことを連絡し、債務の内容についての回答及び資料の開示を求め、債務者の弁済計画を作成し、これを元に債権者と交渉するのが、一般的手法であり、これは債務整理を受任した弁護士の当然の職務であり、依頼者に対する法律上の義務でもある。また、弁護士の職責(弁護士法一条)に照らし、これらの活動が一般に多重債務者の経済的窮状を解決して法的な安定と法秩序の回復を図ろうとする弁護士としての基本的職務であることは当然である。  そうすると、本件直接交渉は、債務者から債務整理を受任した弁護士の上記のような職責を事実上不可能にするものであり、弁護士活動を妨害するものであることは明らかであるから、原告宮本に対しても不法行為を構成する。   (4) 取引経過の開示が遅れたことについて。  上記判示のとおり、原告宮本が被告に対し本件債務に関する取引経過の開示を要求したのは一〇月一六日であり、被告が最終的に開示したのは一一月二〇日である。  債権者債務者間の取引経過は、債務整理のための最も基本的資料である。そこで、貸金業法一九条は、貸金業者に、債務者ごとに契約内容、貸付金額、受領金額などを記載した帳簿の作成保管を義務づけている。これは、継続的に業務の内容を記録、保存して貸金業の業務の運営を適正化し、貸付けに関する紛争を将来にわたって防止しようとする趣旨である。また、前記ガイドラインは、「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち当該弁済にかかる債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」と規定している。もっとも、このような法律が存在することやガイドラインの存在をもって、貸金業者に開示要求後直ちに開示をする法的義務があると理解することはできない。しかし、前記貸金業法一九条の趣旨、債権者債務者間の取引の正常化等のためにガイドラインが規定されていること、及び、取引経過は債権者債務者間の法律関係における最も基本的な資料であり、これが弁護士の前記活動のための最も基本的な資料になることに鑑みれば、取引経過の開示要求を受けた貸金業者は、原則として、その開示のための事務処理に必要な時間経過後速やかに開示をすべき義務があるというべきである。そして、開示の遅延は、債務者にとり正当な法的解決を得られることの遅延につながり、債務者から委任を受けた弁護士にとっては正当な業務活動の遅延につながるものであることは明らかであるから、取引経過の開示要求を受けた貸金業者がその開示を遅らせた行為は、特段の事情のない限り、債務者に対しても同人から債務整理の委任を受けた弁護士に対しても不法行為を構成するものと解するのが相当である。  本件においては、開示が遅れた理由につき、丙田は、取引経過をコンピューター管理していないこと、及び担当者が交代した旨を供述する。しかし、開示された取引内容を見ると、被告の原告会社に対する貸付けは一回のみであり、原告会社及び被告間のその後の取引は一八回利息の支払いがあったのみである(甲17)。そして、債務者ごとに帳簿の作成が義務づけられていることに照らすと、たとえコンピューター管理がなされておらず、担当者が交代したばかりであるとしても、この開示のための事務処理に一か月以上必要であるとは考えがたい。また、被告が、約一か月以上もこの開示を遅らせたことについて、被告にこれを正当する特段の理由があったとは到底認めることはできない。なお、被告は、丙田が前任者からの引継が不十分であったと主張するが、これは被告の内部事情に過ぎず、このような事情が対外的な上記開示義務の遅延を正当化する理由として不適切なことは明らかである。  よって、丙田の取引経過の開示の遅延は、原告会社、原告乙川に対して不法行為を構成するのみならず、原告宮本に対しても不法行為となるものである。   (5) 以上判示したところによれば、丙田による本件直接交渉及び丙田が原告会社と被告との間の取引経過の開示を遅延したことは、いずれも原告らに対する不法行為を構成するものであるから、丙田の使用者である被告は、原告らに対して使用者責任を負うというべきである。  3 損害   (1) 以上の不法行為により原告会社に生じた損害は、上記の経過、本件債務額等一切の事情を総合すれば、金三〇万円と評価するのが相当である。   (2) 以上の不法行為により原告乙川に生じた損害は、上記の経過、ことに原告乙川が本件直接交渉当時術後で療養中であり、丙田がこれを認識していたこと、丙田は本件受任通知を認識しながらあえて本件直接交渉を行ったこと、これに対し、原告乙川が恐怖感を抱いたこと等の事情を総合すれば、金七〇万円と評価するのが相当である。   (3) 以上の不法行為により原告宮本に生じた損害は、上記の経過、ことに丙田による本件直接交渉及び取引経過の開示の遅滞により、依頼者との信頼関係が揺らぎ、弁護士としての職務遂行が妨害され、その基本的職務ひいてはその社会的使命の実現が阻害されたこと等の一切の事情を総合すれば、金八〇万円と評価するのが相当である。  4 よって、主文のとおり判決する。 (裁判官・鳥居俊一)

受任通知後の本人に対する直接の取立行為が違法として本人に対する慰謝料10万円を認めた判例

債務不存在確認請求事件

要旨
1.金融業者の債務者に対する債権取立等の行為は、全般的にみると債務者の正当に保護されるべき平穏で自由な生活を営む権利を不当に侵害し、債権取立の方法としては許さるべき範囲を逸脱し、かつ貸金業の規制等に関する法律二一条、同法に関する大蔵省通達に反する違法なものであるとされた事例。
2.金融業者の債務者に対する違法な債権取立等により債務者の被つた精神的苦痛として10万円が認められた事例。

一部認容

昭和61年10月28日/小倉簡易裁判所/判決/昭和59年(ハ)1600号

主   文   一、原告の被告に対する別紙債務目録記載の金銭消費貸借契約に基づく元本債務が存在しないことを確認する。   二、被告は原告に対し金二万九、七四一円及びこれに対する昭和五九年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。   三、原告その余の請求を棄却する。   四、訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。   五、この判決は第二項に限り仮に執行することができる。     事   実 第一、当事者の求めた裁判  一、請求の趣旨   1. 主文一項と同旨   2. 被告は原告に対し金二二万九、七四一円及びこれに対する昭和五九年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。   3. 訴訟費用は被告の負担とする。   4. 第2項につき仮執行宣言。  二、請求の趣旨に対する答弁   (一) 本案前の答弁   1. 本件訴を却下する。   (二) 本案の答弁   1. 原告の請求を棄却する。   2. 訴訟費用は原告の負担とする。 第二、当事者の主張  一、請求の原因   1. 原告は被告から別紙債務目録記載のとおり金銭を借り受けた。   2. 原告は被告に対し、昭和五九年三月二七日一万七、二〇〇円、同年四月二七日一万六、八二〇円、同年七月七日二万二、一五五円弁済した。これを法定利息に従つて元本充当すると同年七月七日現在で残元本は七万〇、二五九円となる。   3. 原告は被告に対するものも含めて多額の負債があつたのでその整理を原告代理人に委任した。原告代理人は昭和五九年六月八日被告に書面を送り「これまでの支払額を利息制限法の利率の範囲内で充当計算すると昭和五九年六月一五日現在の債務額は九万一、四四五円となるが、この金額に異存ある場合は貸付台帳等の関係資料のコピーを送付すること、利息制限法を基準としない解決法には応じかねる。この通知にかかわらず原告やその関係者に対して弁済要求等がなされることがあればしかるべき法的手続をとること」を通知した。   4. しかるに被告は右通知を無視し次のような不当且つ違法な弁済請求を執拗に続けた。    (一) 同五九年六月一二日原告代理人に「利息制限法に従うことは出来ない」と述べ、又原告に対し「利息制限法は関係ない。請求額と弁護士の提示額の差額分一万八、〇〇〇円を支払え」「保証人のところに行つても良い」「保証人の工藤さんが泣きよつたよ、たつた二万〇、〇〇〇円で保証人に迷惑をかけることはないよ」、「テープにとろうと何しようと俺には関係ない」「これくらいのことで電話を取られると勿体ないやろ」等と嫌がらせの電話をかけ、原告代理人を除外しての解決方をしきりに強要してきた。    (二) そこで原告代理人は同年六月一四日被告に対し、「このような違法行為を直ちに止めるように」と再び文書で求めた。それにも拘らず、被告は同月二六日昼頃原告宅に来て「至急連絡して欲しい、連絡のない時は保証人に払つて貰う」旨記載の名刺を置いて帰り、同日午後八時三〇分頃再び原告方に来て、「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」「私は夜中でも取立に来る」「破産宣告をしても絶対に取立てた」等強迫的言い回しで原告に残りの二万〇、〇〇〇円の支払方を強要した。さらにこのような状況下で畏怖状態にある原告に対し念書を書くことを強要した。原告は書きたくなかつたが、当時夫も不在で夜も遅かつたのでこのまゝ長居されても困ると思い、止むなく被告が出した名刺の裏に「念書弁護士のいう残金を担保としている電話で支払います」旨書いた。被告は「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話してくれ」と言い残しやつと帰つた。    (三) 同年七月四日、被告は、保証人となつている訴外古田千絵に対し「興梠が汚いやり方をしているので残金二万〇、〇〇〇円を支払つてくれ」と請求した。    (四) 同年七月一九日午前九時頃、被告は本件消費貸借契約の連帯保証人である訴外古田千絵、同工藤弘美を同行して原告宅に来て、原告に対し「念書を書いたことを弁護士に言うとは一体どういうことなのか、念書を書いたことですでに終つた筈でないか」とか、同年六月二一日付訴状を示しながら「裁判をするならしろ」「精神的苦痛とは何か、残金の代わりに電話をとるという説明をした丈でしようが、それが精神的苦痛か」「保証人にもたつた二万〇、〇〇〇円位で迷惑をかけてどうするつもりね、何を考えているか分らん」「裁判に負けても他に取る方法は幾らもある」「お宅は弁護士さんに利用されている丈だ」「お宅も裁判はしたくないんやろ、保証人二人、弁護士と沢山の人に迷惑をかけても良いのかね」「弁護士に話をして裁判を取り下げて貰い、金を支払うようにして下さい」「性格がひねくれている」「保証人が支払つた分はあなたが支払はねばならぬが、支払えないのなら私が代りに支払つてもよい、私には毎月いくらでも良いから支払つてくれゝば良い」「二万円の支払をうけたことは弁護士に言うな」等次々と述べた。そして同行した保証人にも原告を説得するよう強要した。  被告は以上のような言動を続けながら、異様な目でにらみつけたり、歯ぎしりしたり、大声を出したりした。その状態が約三時間にも及んだゝめ原告は恐怖感で口も利けない様な雰囲気で精神的に相当のショックを受けた。    (五) 同年七月二五日午前一二時頃、被告は原告に「弁護士にちやんと言つたやろね。すぐ弁護士に電話して下さい」と電話をかけてきた。   5. 以上のとおり原告代理人から被告に対し代理人選任を受けた旨、及び利息制限法による残元本につき直ちに支払う旨の通知がされているのであるから、被告の原告に対する支払の強要は強い制約を受けるべきである。特に原告の方から被告の支払請求をやめさせるために本訴を提起したのに、その訴状を持参して裁判の取下を迫つたり、訴状記載の字句を口実にその説明を強要するということは、原告の裁判を受ける権利を不当に侵害するものである。又被告が保証人二人を同行し保証人の方から原告に支払を催促させる行為は原告と保証人との人的関係を不当に利用した悪質且つ巧妙な取立行為である。更に原告代理人による通知、訴提起の事実を無視して直接原告方に赴き脅迫的言辞を弄したり、畏怖状態にある原告から念書を取りつけているのである。かような被告の行為は債権の回収方法として社会通念上許容される範囲を逸脱したもので、貸金業の規制等に関する法律二一条、同法に関する大蔵省通達第二・三・(1)・ロ・(ロ)、ハ・(ロ)に反する行為である。被告は原告が右違法行為により受けた損害を賠償する責任がある。  原告は被告の前記違法行為により著しい精神的苦痛を蒙つた。これに対する慰藉料の額は三〇万〇、〇〇〇円が相当である。   6. 原告は被告に対し、右損害賠償債権三〇万〇、〇〇〇円と被告の原告に対する前記2の本件貸金残元本債権七万〇、二五九円を対当額にて相殺する旨本件訴状送達により意思表示した。   7. よつて、原告は被告に対し、別紙債務目録記載の金銭消費貸借契約に基づく元本債務の不存在確認と、相殺後の慰藉料残額二二万九、七四一円と、これに対する本訴状が被告に送達された昭和五九年八月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。  二、被告の本案前の主張  原告が本訴提起した後の昭和五九年七月二〇日、原告は被告に対し「告訴は私の本意でなく弁護士のしたことなので取下げます」と訴取下の意思を明確に表示した。よつて原告被告間の訴取下契約が成立したので、本訴は、権利保護の利益を欠くものである。  三、被告の本案前の主張に対する原告の答弁  原告被告間で被告主張のとおりの合意書が作られたことは認める。しかし、それは前記一、4、(四)で述べた異状な状況下で原告は恐怖を感じそれから解放されたく被告の言はれるまゝに書いたもので原告の真意によるものではなかつた。しかもその時は原告はすでに弁護士である代理人を選任し解決方法を依頼しているのであるから、本件解決に関する意思表示はすべて代理人を通して表明し初めて完全なものとなるのであるから、原告代理人抜きでなされた訴取下契約は成立していないものと言はねばならない。又原告代理人を無視して原告に直接支払請求することは前記大蔵省第二・三・(1)・ハ・(ロ)の規定を形骸化するものでその意味からも本件取下げ契約は無効と言はざるを得ない。以上の観点からも取下げ契約は成立していない。又、仮りに成立しているとしても前記のとおり被告の強迫により作成されたものであり、原告は被告に対し昭和五九年一〇月二日付準備書面で取消の意思表示をしているので無効である。  四、請求原因に対する認否及び被告の主張   1. 請求原因1の事実は支払日を除いて認める。支払日は昭和五九年四月二七日である。   2. 同2の事実中、昭和五九年四月二七日一万六、八二〇円支払はれたこと、同年七月七日現在の残元本が七万〇二五九円であることは認める。その余は否認する。   3. 同3の事実中、原告が負債整理を原告代理人に委任したことは知らない。その余の部分は認める。   4. 同4(一)の事実中、同五九年六月一二日被告が原告代理人と原告に電話したことは認めるもその内容は否認する。原告代理人には一万八、〇〇〇円の支払を求めたもので、原告には、原告において支払はないときは保証人に請求する可能性があると述べた丈である。「嫌がらせの電話をかけ、原告代理人を除外しての解決方を強要した」という点は否認する。   5. 同4(二)の事実中、原告代理人から六月一四日文書が来たことは認めるも、その内容は否認する。又被告が六月二六日昼頃原告宅に行き原告主張のとおり内容を記載した名刺を置いて帰つたこと、同日午後八時三〇分頃再び原告宅に行き「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」と原告に述べたこと、名刺の裏に原告主張通りの文言を念書として書かせたこと、被告が「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話してくれ」と言い残して帰つたことは認めるもその余の事実は否認する。   6. 同4(三)の事実については古田千絵に電話による請求の事実はあるも、その内容は否認する。   7. 同4(四)の事実中原告主張どおりの日時に被告は古田千絵、工藤弘美を同行して原告宅に行つたこと、原告に「念書を書いたことですでに終つたはずでないか」とか「精神的苦痛とは何か」と尋ねたこと、「保証人が支払つた分はあなたが支払はねばならぬが、支払えないなら私が代りに支払つてもよい」「弁護士と話をして裁判を取り下げてもらい、金を支払うようにして下さい」と述べたことは認めるもその余の事実は否認する。雰囲気も原告主張の如くでなく強要、脅迫的言辞を使つたようなことは全くない。   8. 同4(五)の事実については、原告主張の日時に原告に電話をしたことは認めるが、その内容は否認する。   9. 同5の事実は否認する。被告の行為は法に反してないので不法行為とはならない。   10. 同6の事実は否認する。   11.(被告の反論)  被告の行為は何ら違法不当な点はない。    (一) 被告が原告方を訪問したのは六月二七日、七月二〇日の二回でその間二二日の間隔がある。もつとも六月二七日には二回行つているが、一回目は原告が不在であつたゝめ名刺を置いて帰つている。従つて、前記大蔵省通達第二・三・(1)・ロ・(ロ)に定める反覆又は継続した訪問には該らない。    (二) 被告の原告宅への訪問が弁護士である原告代理人の受任後になされたことは事実である。  しかし六月二七日は原告が債務を履行しないため、すでに担保として差し入れてもらつていた電話加入権を処分する旨の連絡をするために訪問したものである。それは単なる権利行使の通告であり、このことが不意打にならぬよう配慮した行為である。又、七月二〇日は念書の作成後突然訴状の送達があつたので原告の真意確認の目的で訪問したものである。そうして被告としてはこのような時期に訪問することは事後にいろいろと誤解を受ける心配があつたので中立的第三者の立会を必要と考え保証人二人を同行した。ところが原告は訴の提起がされていることを知らず、逆に驚いて善処する旨告げ保証人が仲に入り和解書が作成されたのである。従つて右行為はいずれも前記大蔵省通達の前同条項にいう正当な理由にもとづくものと解されるのである。 第三、証拠〈省略〉     理   由 第一、(本案前の主張について)  被告は本案前の申立として本件訴は原告被告間で訴取下契約が成立しているので却下さるべきである旨主張するので、まずこの点につき判断する。  原告、被告間で被告主張のとおりの内容の合意書が作成されたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、「被告は七月二〇日午前九時頃訴外工藤千秋、同古田千絵を同行して原告宅に来た。古田は原告と幼時からの友人で、工藤は古田の義姉に当り、両名とも本件消費貸借契約の原告の保証人となつている。被告は原告に訴状を示し『これはどういうことか』精神的苦痛という文言を捉えて、『これがどうして精神的苦痛か』とか『裁判に負けても取る方法はいくらでもある』『保証人にもたつた二万円位で迷惑をかけてどうするつもりか』等と、又古田、工藤は『たつた二万円位で自分達に迷惑をかけてどうするつもりか、何を考えているか分らん』等と激しい口調で交々約三時間近くにわたり責めた。そして原告は被告から訴取下の合意書を書くようにすゝめられたが、古田、工藤からも『早く書いて本件を終らせ迷惑をかけないようにしてくれ』とすゝめられた。当時原告宅には原告と子供二人丈しかいなかつたゝめ、原告は長時間にわたる異常な雰囲気の中で恐怖感を感じそれから逃れたい一心で被告の言うまゝに合意書を作成した」という事実が認められる。証人工藤千秋の証言、被告本人尋問結果中の右認定に反する部分は措信し難い。右認定事実から被告は強迫の故意を有して、原告の恐怖心を利用して原告に訴取下の合意書を作成させたと認めざるを得ない。そして原告は被告に対し昭和五九年一〇月二日付準備書面で右訴取下の合意について取消の意思表示をしたことは記録上明確である。よつて、訴取下の合意は民法九六条により取消により無効となつたと解されるので被告の本案前の主張は理由がない。 第二、本案の主張について  一、本件貸金について   1. 請求原因1の事実のうち、支払日を除いては争いがない。〈証拠〉によれば支払日は「昭和五九年四月二七日」であることが認められる。   2. 請求原因2の事実中、昭和五九年四月二七日原告が被告に一万六、八二〇円支払つたこと、同年七月七日現在の残元本が七万〇、二五九円であることは争いがない。〈証拠〉を総合すると同年三月二七日一万六、七二〇円を原告が、同年七月七日二万二、一五五円を古田がいずれも被告に支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。   3. 請求原因3の事実中、原告が負債整理を原告代理人に委任したことを除いては争いがない。  〈証拠〉を総合すると原告が負債整理を原告代理人に委任していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。  二、被告の取立行為について   4. 請求原因4(一)の事実中、昭和五九年六月一二日、被告が原告代理人や原告に電話したことは争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、同年同月同日被告が原告代理人に「一万八、〇〇〇円の支払を求める」内容の電話をしたこと、又原告に「弁護士に電話したが話がつかない、差額二万〇、〇〇〇円を支払つてくれ」「二万〇、〇〇〇円位のことで保証人二名に迷惑をかけてはいけない、保証人の工藤が泣きよつたよ」等の内容の電話をしたことが認められるがそれが原告主張の如く嫌がらせの電話であつたこと、原告代理人を除外しての解決方を強要したものであるか否かについては認定するに足りるべき証拠がない。   5. 請求原因4(二)の事実中、六月一四日原告代理人から被告に文書が送られたこと、被告が六月二六日昼頃原告宅に行き原告主張のとおり内容を書いた名刺を置いて帰り、同夜八時三〇分頃再び原告方を訪れ、原告に「弁護士に頼んでもあなたに貸しているんだからあなたに請求する権利がある」と述べたこと、原告が被告の出した名刺の裏に原告主張どおりの文言を書いたこと、被告が帰る時「主人が帰つて残り二万〇、〇〇〇円支払うなら電話をしてくれ」と言い残して帰つたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、「原告代理人は六月一四日付の書面で被告に対し、被告の原告に対する取立行為が貸金業規制法に反しているので、そのような違法行為は直に止めるように警告した。ところが被告は同月二六日昼頃原告宅に来て原告主張どおりの文言を書いた名刺を置いて帰り、同夜八時半頃再び原告宅に来て、「夜中でも取立に行く」「破産宣告を受けた人からも取つて来た」等述べ、原告が弁護士に依頼していると述べると「金を貸しているのはあなただからそれは関係ない」等述べた。原告は二四才の女性で当夜は夫が留守で子供と二人しか居なかつたゝめ被告の態度に畏怖を覚え、止むなく被告の言うなりに被告の出した名刺の裏に念書を書いた。被告は「主人が帰つて残りの二万〇、〇〇〇円を支払うなら電話してくれ」と言い残して帰つた。」等の事実が認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は措信し難い。   6. 請求原因4(三)の事実中、同年七月四日被告が古田千絵に電話したことは当事者間に争いない。そして〈証拠〉を総合するとその電話の内容は原告主張のとおりであつたことが認められる。   7. 請求原因4(四)の事実中原告主張の日時に被告が古田千絵、工藤千秋を同行して原告宅に来て、原告に「念書を書いたことですでに終つた筈ではないか、精神的苦痛とは何か」「保証人が支払つた分はあなたが支払はなければならぬが、支払えないのなら私が代りに支払つてもよい」「弁護士と話をして裁判を取下げてもらい、金を支払うようにして下さい」と述べたことは当事者間に争いがない。  右争いのない事実と〈証拠〉を総合すると、被告が原告に対し原告主張のとおりのことを述べ約三時間にわたり被告に返済、訴取下を迫つたこと、又同行した古田、工藤も被告に同調して原告に「たつた二万〇、〇〇〇円位で自分達に迷惑をかけるつもりか、何を考えているか分らん」等と交々被告を責めたこと、そして被告、古田、工藤らがいらだち口調が強くなつたゝめ原告は畏怖を覚え、その状態から速かに逃れたい一心で被告の言うがまゝに訴取下の合意書を作成したことが認められる。〈証拠〉中右認定に反する部分は措信し難い。   8. 請求原因4(五)の事実中原告主張の日時に被告が原告に電話したことは当事者間に争いがない。〈証拠〉を総合するとその内容は原告主張のとおりであつたことが認められる。  三、取立行為の違法性について   9. 請求原因5の事実について  前記の認定事実によれば、被告は原告代理人から代理人選任を受けた旨及び利息制限法による残元本については直ちに支払う旨の通知がなされているのであるから、原告に対する支払の強要は強い制約を受けるべきであるのに原告代理人を除外して直接原告に対し解決を求めており、又原告が訴提起後その取下を迫つたり訴状の字句の説明を強要する等し、夜間原告宅を訪れ原告と子供の二人丈しか在宅していない中で原告から念書をとりつけたり、又保証人二人を同行して人的関係を利用して三時間あまり原告に支払を強要し、畏怖状態にある原告から支払いと訴取下の合意書を作成させる等しており、それが原告に著しい不安と恐怖感を与えたことは原告本人の供述によつても明らかである。従つて、被告の行為は全般的に見ると原告の正当に保護さるべき平穏で自由な生活を営む権利を不当に侵害するもので、債権行使の方法としては許されるべき範囲を逸脱したものと解せざるを得ず、且つそれは貸金業の規制等に関する法律二一条、同法に関する大蔵省通達第二・3ママ・(1)・ハ・(ロ)に反する違法なものと言はねばならぬ。被告は右被告の行為は正当なものと反論するが、前記認定とおりその取立行為の態様からみてその主張は失当である。従つて、被告は原告に対し民法七〇九条、七一〇条により損害賠償責任があると解されるが、右認定諸事実、特に右取立行為の態様、そのために原告の蒙つた精神的苦痛の程度等諸般の事情を考え合はせると、原告の受けた精神的苦痛を償うべき慰謝料の額は一〇万〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。  四、相殺について   10. 請求原因6の事実について  原告が被告に対して一〇万〇、〇〇〇円の損害賠償債権を取得したことは前記認定のとおりであるが、原告が昭和五九年八月一八日被告に到達した本訴状により右損害賠償債権をもつて被告の原告に対する本件貸金残元本債権七万〇、二一九円とを対当額で相殺する意思表示をしたことは記録上明らかである。  そして前記認定の事実関係によると、本件貸金の最終弁済期日は昭和五九年七月七日、右損害賠償債権の発生日は被告の最終取立行為日である同年同月一九日と認められるから右相殺適状は七月一九日に生じ、右相殺により貸金残元本七万〇二五九円は同日消滅し、この金額を控除した二万九、七四一円が被告の支払うべき損害賠償額となる。  五、結論  以上によれば原告の本訴請求は、被告の原告に対する貸金残元本額の不存在の確認と二万九、七四一円とこれに対する昭和五九年八月一八日(相殺適状期後の本訴状送達の日)から支払ずみまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。         (裁判官宇都宮 靖)  別紙 債務目録   貸付日 昭和五九年二月二八日   金 額 金一二万〇、〇〇〇円   支払日 期限の定めなし   利 息 日歩二〇

通知後に公正証書により本人の給与を差し押さえたことは,大蔵省通達に該当する違法な行為であるとして本人へ慰謝料10万円の支払いを認めた判例

不当利得返還等請求事件

要旨
1.貸付限度額その他貸付けの具体的条件を定めて反復継続して貸付けを行う旨の融資契約(包括契約)を締結した上で金員を貸し付ける場合には、まず包括契約締結の際に貸金業の規制等に関する法律17条1項所定の事項中右包括契約で特定し得る事項をすべて記載した書面を交付し、ついで個々の貸付けを行う際には貸付けの金額、年月日及び包括契約の契約番号を記載した書面を交付しなければ、貸金業の規制等に関する法律43条の適用はない。
2.貸金業者が借主を団体生命保険契約に加入させたが、保険に加入しなければ貸付を行わないわけではなく、保険金請求権について質権を設定していないことなどから右生命保険への加入が公序良俗違反とはいえないとされた事例。
3.貸付限度額その他貸付の具体的条件を定めて反復継続して貸付を行う旨の包括契約を締結し、この契約に定めた条件により個々の貸付を行う契約形態においては、包括契約を締結する際に貸金業の規制等に関する法律17条1項所定の事項中当該包括契約で特定しうる事項をすべて記載した書面を交付し、個々の貸付を行う際には貸付の金額、貸付の年月日および包括契約の契約番号を記載した書面を交付するとともに、その両書面を併せて同条の要件を充足する必要がある。

一部認容、一部棄却


平成4年10月15日/富山地方裁判所/民事部/判決/平成3年(ワ)56号


主  文  一 被告は原告に対し、金四六万一二六一円及びこれに対する平成三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。  二 原告のその余の請求を棄却する。  三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。  四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。    理  由  一 請求原因1(一)及び(二)の事実中、原告主張の金額の貸付け及び支払がなされたことは当事者間に争いがない。  そこで、原告は、利息制限法の利率による弁済を主張し、不当利得返還請求権を行使するので、被告の抗弁を検討する。  二1 抗弁1の事実は、本件基本契約締結時に被告は「登録番号 関東財務局(1)第〇〇二六五号アイク株式会社」として登録されており、これが、各貸付けの時にも更新されていたことが認められる。  2 抗弁2の事実は、保険の加入及び受取額の点を除き、当事者間に争いがない。  保険の加入の点については、《証拠略》によると、原告が団体生命保険に加入するかどうかは、原告の任意に任されているのであつて、被告において借主が右保険に加入しなければ貸付けを行わないということはないこと、保険加入の目的は借主が死亡した場合に遺族にその支払を引き継がせないこと及び死亡時における被告の債権回収を確保する点にあること、右団体生命保険金について被告は質権等の担保権を何ら設定していないことが認められ、これによると団体生命保険への加入が公序良俗に反するとは認められず、本件団体生命保険契約は有効であると認められる。  《証拠略》によると、原告は本件基本契約時に、公正証書作成費用及び収入印紙費用を自己が負担するとして契約していることが認められ(本件基本契約一一条)、また、本件貸付け(2)における損害保険金については被告が代理店をしている損害保険契約について原告が任意に加入し、支払つたものと認められるので、原告の各貸付け時における受取額は、本件貸付け(1)では三〇万円であり、本件貸付け(2)では一一万八〇五五円(手渡し額一〇万〇八五五円と預かり額一万七二〇〇円)、本件貸付け(3)では四九万七五五九円(手渡し額四九万〇五五九円と預かり額七〇〇〇円)、本件貸付け(4)では五万四三八一円(手渡し額四万七三八一円と預かり額七〇〇〇円)、本件貸付け(5)では三万四六九一円(手渡し額二万七六九一円と預かり額七〇〇〇円)であることが認められる。  3 抗弁3の事実のうち、被告主張の書面の交付が認められるところ、これらが、法四三条の要件を満たしているかどうかを判断する前提として、まず、法一七条、一八条、四三条の趣旨について検討する。  (一) 法は、貸金業者に対し、貸付けにあたり、債務者が貸付けに係る契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることなどによつて不利益を被ることのないよう、法一七条、規則一三条で契約書面、法一八条、規則一五条で受取証書の交付を義務づける等、貸金業者に対する規制を強化する一方で、それらの義務が遵守された場合には、その代償として、従前の判例法理により元本充当ないしは返還請求できることになつていた利息制限法所定の制限額を超えて債務者が利息又は賠償金として支払つた金銭につき、法四三条一項、三項で、それが任意に支払われた場合には、これを有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなすこととしている。  右のような立法趣旨にかんがみれば、債務者が貸金業者に対してなした金銭の支払が四三条一項、三項によつて有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなされるには、契約書面及び受取証書の記載がそれを定めた法の趣旨に合致するものでなければならないことは当然である。  また、本件のように貸付限度額その他貸付けの具体的条件を定めて反復継続して貸付けを行う旨の融資契約(包括契約)を締結し、この契約に定めた条件により個々の貸付けを行う契約形態においては、右包括契約を締結する際に、又は、個々の貸付けを行う際に、それぞれいかなる内容の書面を交付すべきかを法は明文では定めていないが、前記立法趣旨に照らせば、少なくとも、包括契約を締結する際に、法一七条一項所定の事項中当該包括契約で特定しうる事項をすべて記載した書面を交付し、個々の貸付けを行う際には貸付けの金額、貸付けの年月日及び包括契約の契約番号を記載した書面を交付するとともに、その両書面を併せて法一七条の要件を充足する必要があるというべきである。  (二) そこで、昭和六二年五月二〇日に行われた本件基本契約時における本件貸付け(1)について検討する。  右貸付けの時に、被告は、原告に対し、本件基本契約書(乙一)、本件受領書(乙二の一)及び本件領収書(乙三の1)を交付している。右乙三の1には、「15,000×32回」「次回期日87-07-02」の記載があり、乙一の「毎月の返済日、毎月二日(返済日が日祭日となる場合には翌営業日とします。)」「毎月の返済額 融資金額が三〇万円以下の場合には、毎月一・五万円以上」との記載と併せると、返済期間が計算できることになる。しかし、法一七条一項六号に定める「返済期間」とは、前記法の趣旨から考えると、抽象的な記載ではなく具体的な期間を表示することを要求しているものと解すべきである。なぜならば、法は、消費者保護の立場から、契約書面、受取書面として記載すべき事項を法定しているのであり、右法定されている記載事項を記載しなかつた貸主には法四九条三項で三〇万円以下の罰金を科することとし、さらに法一七条一項八号によれば大蔵省令に定める事項はすべて記載しなければならない旨規定しており、そこには何ら除外事由を設けていないことから、法は厳格に記載することを要求しているものと解されるし、実際にも返済期間は、債務者の返済計画に関連する事項であり、弁済の充当計算にもかかわるものであるから、これを一義的に定める必要があるからである。特に、本件では、本件基本契約書(乙一)では、初回の返済日は「借入日の翌月の二日(但し、返済日が借入日から四五日を越える場合は借入月とする)」と記載されており、本件貸付けの借入日は昭和六二年五月二〇日であるので、初回の返済日は昭和六二年六月二日となるところ、本件領収書(乙三の1)によると、昭和六二年七月二日と定められており、基本契約書の記載と領収書の記載から返済期間が明確であるとは言えない。  そうであるならば、本件貸付け(1)について法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。  (三) 次に、昭和六三年一一月八日に行われた本件貸付け(2)について検討する。  《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ右三〇万円から、従前の貸付金残金一七万九九二八円及びこれに対する約定利率年三六パーセントの利息金一九五二円及び保険料六五円を差し引き、差し引き後の残額である一一万八〇五五円を交付したことが認められる。  右認定のとおり、昭和六二年五月二〇日の貸付金及び利息が弁済された結果になつたのは、被告において差引処理をしたからにすぎないのであつて、原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できない。  そうすると、右一九五二円のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分については、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(従前の元本債務一〇万四五七一円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務五六七円と保険料三七円の合計一〇万五一七五円)と、新たに交付した一一万八〇五五円との合計二二万三二三〇円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(1)」という。)であると解するのが相当である。  (四) 次に、前記二3(一)に判示した法の趣旨にかんがみると、右のように従前の貸付けに基づく債務の残高を貸付けの金額ないしその一部とする貸付けを行つたときに交付する書面には、法一七条一項三号所定の「貸付けの金額」についての契約の内容を明らかにするものとして、従前の債務の残高の内訳(元本、利息、賠償金の別)及び従前の貸付けを特定するに足る事項を明記しなければならないと解するのが相当である。  そこで、右の点の記載の有無について検討するに、本件借換え(1)の際に原告は被告から本件受領書(乙二の2)及び本件領収書二通(乙三の19、20)の交付を受けたが、本件領収書のうち乙三の19には、従前の元本三〇万円の右時点での残金一七万九九二八円、約定利息が一九五二円、保険料六五円で、それが右の際支払われた旨の記載があり、乙三の20には、今回の借換えで原告は新規に三〇万円の貸付けを受けたこととされ、債務残高が合計三〇万円となつた旨の記載及びその際原告は手渡し額として一〇万〇八五五円、預かり額として一万七二〇〇円(合計一一万八〇五五円)の交付を受けたと解される趣旨の記載があることが認められるけれども、それ以上に、本件借換え(1)の元本の内容が前記二3(三)のような従前の債務の残高と新たな交付金員との合計額であることを明らかにした記載はなく、また、本件受領書(乙二の2)にもそのような記載はない。そこで、本件受領書及び領収書二通では、原告が本件借換え(1)の内容を認識することは困難と言わざるを得ないから、結局、本件借換え(1)に際しては法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。  (五) 次いで、平成元年七月二八日に行われた本件貸付け(3)について見てみる。  《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ右七五万円から、従前の貸付元本二四万四九五三円に対する同年六月二八日から七月二八日までの未払約定利息七二四七円及び保険料二四一円を差し引き、差引後の残額である四九万七五五九円を原告に交付したことが認められる。  そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息七二四七円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。  したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(1)に基づく元本債務一二万五〇七九円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一八五〇円と保険料一二三円の合計一二万七〇五二円)と新たに交付した四九万七五五九円との合計六二万四六一一円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(2)」という。)であると解される。  (六) また、《証拠略》によれば、本件借換え(2)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(2)に際しても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。  (七) 次いで、平成二年四月五日に行われた本件貸付け(4)について見てみる。  《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ七五万円から、従前の貸付元本六八万九九九四円及びこれに対する同年三月二八日から四月五日までの未払約定利息五四四四円及び保険料一八一円を差し引き、差引後の残額である五万四三八一円を原告に交付したことが認められる。  そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息五四四四円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。  したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(2)に基づく元本債務四五万五四四九円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一七九六円と保険料一一九円の合計四五万七三六四円)と新たに交付した五万四三八一円との合計五一万一七四五円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(3)」という。)であると解される。  (八) また、《証拠略》によれば、本件借換え(3)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(3)に際しても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。  (九) 次いで、平成二年九月七日に行われた本件貸付け(5)について見てみる。  《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ七五万円から、従前の貸付元本七〇万八八〇九円及びこれに対する同年八月二九日から九月七日までの未払約定利息六二九一円及び保険料二〇九円を差し引き、差引後の残額である三万四六九一円を原告に交付したことが認められる。  そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息六二九一円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底ずきず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。  したがつて、右借替えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(3)に基づく元本債務三九万七三七六円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一七六三円と保険料一一七円の合計三九万九二五六円)と新たに交付した三万四六九一円との合計四三万三九四七円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(4)」という。)であると解される。  (一〇) また、《証拠略》によれば、本件借換え(4)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(4)においても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。  4 したがつて、原告が本件消費貸借についてなした各支払は、法四三条一項一号所定の「法一七条一項の規定により契約書面を交付している場合におけるその交付をしている者に対する貸付けの契約に基づく支払」とはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、右各支払のうち、利息制限法一条一項、四条一項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超える部分は、法四三条により有効な債務の弁済とみなすことはできない。  三 次に、不法行為の点について検討する。  《証拠略》によれば、原告は、原告訴訟代理人弁護士を通じて、多重債務の清算を企図し、同弁護士は、被告に対し、平成二年一二月二六日付けの書面をもつて、原告が破産状態にあること、貸付金明細を明らかにするよう求めたこと、本人への直接の連絡を遠慮して欲しい旨の通知をし、被告からの明細書を検討したうえで、同三年一月二一日付けの書面で、同月一五日現在での原告の被告に対する残元本債務が利息制限法の利率で計算すると三六万九二四三円であるとして、この金額を前提とした和解による解決を求める旨の通知をしたこと、被告は、これについて本社と検討して、回答すると返答しながら、公正証書により同年三月二五日に原告の給料を差押えたこと、原告は、同月二九日に退職に追い込まれることを恐れ、被告の主張する七五万九八〇四円を送金したことが認められる。  右訴訟代理人弁護士の和解案が著しく不合理であることの事情も認められない本件において、右被告の公正証書による給料の差押は、大蔵省銀行局長通達(蔵銀二六〇二号)の「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判をとつたことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払い請求をした。」に該当し、違法な行為であると認められる。そして、右被告の差押えは、原告の会社における信用を損なうものであるから、右差押えが法二一条一項に該当するかどうかにかかわらず、不法行為になるものといわなければならない。これによつて、原告が精神的損害を被つたことは明らかであり、右原告の精神的苦痛を慰藉するには、金一〇万円が相当である。  四 以上判示してきたところを前提として、弁済の充当関係を計算すれば、最終回の支払については、執行費用についても弁済金として充当するのが相当であり、これによると別紙計算書4のとおりとなり、原告の被告に対する本件消費貸借上の債務は既に完済となつており、三六万一二六一円について不当利得による返還請求権が成立する。  五 よつて、本訴請求は、不当利得返還請求権のうち金三六万一二六一円及び不法行為に基づく損害賠償請求権のうち金一〇万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の原告の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。  (裁判官 中山直子)

 通知を無視した貸金訴訟提起を違法として請求棄却とした判例

貸金請求事件

棄却

平成12年4月27日/札幌簡易裁判所/判決/平成11年(ハ)5163号

主文 一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由 一 原告の請求は「被告は、原告に対し、金二三万二五〇七円及びこれに対する平成一一年五月二八日から支払ずみまで年三割六分の割合による金員を支払え。」というものである。 二 事案の概要 1 請求原因の要旨は、「原告は、被告に対し、別紙元利金計算書記載のとおり平成一〇年三月一〇日から同年一二月一六日までの間合計金三二万三〇〇〇円を貸し渡したので、その残元金及び利息制限法所定の利率による遅延損害金を請求する。」というものである。 2 争点 (一) 被告の弁護士からする債務整理受任通知送付後の請求と違法性 (二) 原告の被告に対する本件債務の期限を猶予した事実の有無 (三) 本件貸付の過剰融資性

三 当裁判所の判断 1 争点(一)について  成立に争いのない乙第一号証、同第二号証(各通知書)に、証人Bの証言により真正に成立したものと認められる同第四号証(報告書)、及び同証人の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は平成一一年六月二三日ころ本件原告に対する債務を含めて七社の債権者から約一七四万円の負債を有し、自力による返済が不可能となったことから弁護士尾崎定幸に債務整理を委任し、同弁護士は本件原告に対しても同年六月二四日付をもって債務整理受任通知書を送付し、また、同年七月一六日付をもつて分割弁済計画書(支払総額金二四万五三〇九円)を掲示し、その結果原告に対する利息制限法により修正した後の、被告の原告に対する本件債務額は、金二三万二五〇七円(本訴による主たる債務の請求額)となったものであると認められる。  一方、原告から本件訴状が当裁判所に提出されたのは平成一一年八月二七日であることは一件記録上明白である。  ところで、貸金業の規制等に関する法律二一条一項によれば、貸金業者等が債権の取立てをするに当たり人を威迫したり又はその私生活若しくは業務の平穏を害するような言動をもって困惑させてはならない趣旨の規制をしており、更に昭和五八年九月三〇日付記録第二六〇二号大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」の第二の三(取立行為の規制)、(1)による「貸金業者等がしてはならない行為」のハの(ロ)によれば「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判手続をとったことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払請求をすること。」が含まれており、右「支払請求をすること。」とは、具体的な強制執行(この点はむしろ「取立行為」に属するものと解される。)はもちろん、そのために債務名義を取得する訴訟手続ないしは任意に支払を求めるための行為、更には、現に集金に及ぶ取立行為が含まれ、したがって貸金業者としては債務者(本件の場合の被告)に対する貸金残債務があったとしても、直ちにその権利を行使することを自制すべきものと解するのが相当である(もっとも、右の場合に貸金業者の権利が永久に行使できないとすべきではなく、少なくとも受任を受けた弁護士の処理が終了した時点では右のような制約も解消されたものと解すべきであり、従ってその後は、訴えの提起その他の訴訟行為等の許容性は認められ、この場合は、既判力の時間的限界の効果により、前の裁判による既判力は後に提起する訴えを約束しないとすべきであろう。)右のように解する理由は、前記法条は「取立行為」自体に対する規制と解されるが、これを受けた右銀行局長通達は私的金融業界に関する取引の正常化或いは発生するいわゆる多重債務者の経済的更生に資する位置づけで理解すべきであり、それらは一体として法規範を形成しているからである。したがって、右銀行局長通達を単に訓示規定的性質のものであって、これに違反しても強制力は及ばないと解するのは右の見地から相当でなく、貸金業者の権利行使も法規範全体の立場(ないし社会通念上相当と認められる立場)から行うべきであるところ、前掲各証拠に弁論の全趣旨によれば、原告の本件訴訟の提起は被害の債権整理関係を受任した弁護士から再三にわたる弁済方法に関しての連絡等があったのにこれを無視し(その理由は債権残額の一括弁済を求めるか、分割払いならば利息制限法による将来利息及び損害金の支払を求め、これが満足すべき回答がなかったとする点にあると認められる。)、他在に先んじて債務名義を取得せんとする原告会社の経営方針にあり、この点に鑑みるとき原告の本訴請求に正当な理由があるとは認められず、他に右正当性を認めるに足りる主張及び証拠はない。そうすると原告の本訴請求に及んだ態度は、まさに法規範全体の立場から到底許容されるべきものではないと解される。 2 結論  右によれば、その余の判断をするまでもなく本件原告の請求は、すくなくとも被告から委任を受けた弁護士による債務整理事務が終了するまでは自制すべきであるという意味で失当であり、よって主文のとおり判決する。
 (裁判官 石田賢一)
 

 通知後に債権者が代理人弁護士に対し執拗な電話をかけたことが違法であるとし,同弁護士に対する慰謝料等として30万円の損害賠償が認められた判例。

一部認容、一部棄却

損害賠償請求事件

一部認容、一部棄却

平成12年11月27日/和歌山地方裁判所/民事部/判決/平成11年(ワ)141号

主文 一 被告らは各自原告に対して三〇万円及び内金二〇万円に対する平成一一年三月二日以降、内金一〇万円に対する同年一一月二日以降それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 三 訴訟費用は二分してその一を原告の、その余を被告らの負担とする。 四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由 第一 当事者の求める裁判 一 原告 1 被告らは各自原告に対して二六三万円及び内金二〇〇万円に対する平成一一年三月二日以降、内金六三万円に対する同年一一月二日以降それぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。 2 仮執行宣言 二 被告ら  請求棄却 第二 事案の概要  本件は、弁護士である原告が商工ローン業者である被告株式会社日栄(以下「被告日栄」という)と和解交渉中に、被告日栄の従業員である被告田中清秀(以下「被告田中」という)が、執拗に原告の事務所に電話をかけて原告の業務を妨害したとして、被告田中及びその使用者として被告日栄に対して、不法行為による損害賠償請求をした事件である。 一 前提事実(特に証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない) 1 原告は和歌山弁護士会所属の弁護士であるが、平成一〇年九月一日に甲野太郎(以下「・甲」という)、乙野二郎(以下「・乙」という)、丙野三郎(以下「・丙」という、以下この三名を「・甲ら」ということがある)から、同人らが有限会社ロイヤルサービス(以下「ロイヤルサービス」という)の連帯保証人として被告日栄に対し負担する債務の返済についての示談交渉を委任され、以後被告会社と交渉してきた。 2 原告は、同年九月一日に被告日栄和歌山支店に対し、前記・甲らから委任を受けたことを通知し、債務内部及び・甲らの保証の内容を問い合わせたところ、同月二日に被告日栄和歌山支店(以下単に「和歌山支店」という場合には被告日栄和歌山支店を指す)管理部の中井健二から、ロイヤルサービスの負債額が一二八〇万円で、・甲の補償額は五〇〇万円、・乙が七〇〇万円、・丙が五〇〇万円との回答があった。  (甲1、4ないし6、47) 3 原告は、・甲らから事情を聴取した結果、返済可能な限度での分割返済案を提示して被告日栄と交渉することとし、同年九月二一日に、前記中井に対して、・甲が総額二四〇万円を毎月五万円ずつ四年間、・乙が総額三〇〇万円を毎月五万円ずつ五年間、・丙が総額一二〇万円を毎月二万円ずつ五年間のそれぞれ分割弁済を提案した。 (甲2、48、弁論の全趣旨) 4 ・甲らは、その後、被告日栄に対して、次のように銀行振込の方法により分割返済した。 (一) 同年九月二八日、・甲及び・乙が各五万円、・丙が二万円 (二) 同年一〇月二八日、・甲が五万円 (三) 同月二九日、・乙が五万円、・丙が三万円 (四) 同年一一月三〇日、・甲及び・乙が各五万円、・丙が三万円 (五) 平成一一年一月四日、・甲及び・乙が各五万円、・丙が三万円 (甲50の1ないし8) 5 平成一一年一月から、被告田中が・甲らからの債権回収に関し、原告と交渉するようになった。 6 日本信用保証株式会社(以下「日本信用」という)は平成一一年二月八日京都地方裁判所から・丙所有の不動産についての仮差押命令を得た。 (甲38) 7 平成一一年三月二日、原告事務所に対して被告田中がファックスでの分割返済についての案(甲7)を提示し、同日、この関係で電話により、・甲らの分割返済について交渉が行われた。その中で、・甲が新婚旅行に行っていることを知った被告田中が新婚旅行に行くくらいならもっと支払える筈だとして支払額の増額を要求した。その後、被告田中は原告事務所に対して複数回電話を掛けた(この経緯が、業務妨害行為か否か本件で問題になっている)。 二 争点 1 被告田中の電話による妨害行為の有無  (1) 事実経過  〈1〉前記のとおり、平成一一年一月に被告田中が示談交渉に関与するようになったが、その態度は従前の担当者と全く異なり、被告日栄側の要求を一方的に突きつけるだけであったため、原告は一旦交渉を打ち切った。  〈2〉その後、・丙の妻からの依頼により、原告は再度被告田中と連絡を取ったが、このときも到底支払えないような内容を回答した。  〈3〉ところが、平成一一年三月二日になって、被告田中は従前とは異なり、元金自体を減額するとの案を提示したことから、原告はファックスで具体的な案を送付することを求め、前提事実7記載のとおり、分割支払案が送られてきた。更に、同日午前一〇時四〇分に被告田中から電話がかかってきて、示談案の内容としては、・乙と・甲がそれぞれ被告日栄から二一五万円ずつを借りて、日本信用に一括返済し、・乙と・甲は借入金を毎月五万円ずつ六〇回払いで被告日栄に分割返済するとの内容であるとの説明があり、被告田中は、その週のうちに保証人と共に和歌山支店に来て借入れ申込みをするよう求めた。  〈4〉そこで原告は、・乙と・甲に連絡を取り、前記の案の内容の説明をしたところ、両名とも了承したが、・甲は箱根・伊豆方面への新婚旅行に行っているため、その週内に和歌山支店に行くことはできないとのことであった。原告は、同日一一時五八分頃、和歌山支店に電話したが、被告田中は電話中であったため、応対に出た社員に、申入れは了解したが、・甲は新婚旅行に行っているので来週になるとの伝言を依頼した。  〈5〉その後間もなく(一一時五八分二九秒と思われる)、原告事務所に被告田中から電話が入った。この時点で、原告事務所の事務職員二名は昼食のため外出中で、事務所にいたのは原告のみであった。  〈6〉被告田中は、いきなり「・甲が新婚旅行に行っているとのことだが、新婚旅行に行けるくらいならもっと払えるだろう。・甲についての示談の案は撤回する」と言ってきた。原告は、これに対して、・甲の返済能力が乏しいことを説明したが、被告田中は全く聞き入れず、同じ主張を繰り返すのみであったので、原告は「それでは仕方がない、これ以上話しても無駄のようだから切ります」と言って電話を切った。  〈7〉原告が受話器を置くやすぐに(一二時一分三四秒と思われる)被告田中から電話がかかり、話は終わっていないとして、もっと払えるだろうとの話を繰り返し、原告が、新婚旅行といっても国内旅行であるし、弁護士手数料も未だ貰っていない状態で、月々の返済は五万円が限度であると言っても聞き入れようとしなかったため、原告は「今、忙しいんだ。これ以上話をすることはない」と告げて電話を切った。  〈8〉その直後、また電話が鳴ったが、原告は受話器を取らずにおけば諦めるのではないかと考えて暫く放置したが、いつまでも鳴り続けるためやむなく原告は電話を取った(一二時二分頃)。原告がいい加減にやめるよう注意したが、被告田中は、代理人なら払わせるようにするのが仕事だろうと言うので、原告は被告日栄のための債権回収の仕事をしているのではないから、納得できないのなら法的手続きをとって結構だと言って電話を切った。  〈9〉その直後(一二時三分三〇秒頃)にも電話がかかったので、原告は「これ以上きみと話することはない」と述べて電話を切った。  〈10〉ところが、その後も電話を鳴り続けるため、原告は和歌山支店の支店長から注意をして貰って業務妨害をやめさせようと考え、別の電話機から和歌山支店に電話をかけ、電話に出た女性職員に、「弁護士の豊田ですが、支店長をお願いします」と告げた。ところが、電話に出たのが被告田中であったため、原告は話をせずに電話を切った。  〈11〉その後も電話が鳴り続け、仕事ができない状況であったため、原告は一回電話を取った(一二時一三分五一秒頃と思われる)。原告が「いい加減にしろ」と一括すると、被告田中は、「おい豊田。お前は代理人だろ。本人に払わせるのがお前の仕事だろ」とヤクザ顔負けの話しぶりであったので、原告は、このような行為は業務妨害であるから、これ以上続けるなら訴える旨警告したが、被告田中は「やれるならやってみろ」と聞き入れないため電話を切った。  〈12〉その後も電話が鳴るので、原告は受話器を取ってはすぐに下ろすことを四、五回繰り返したが、電話は続いた。  〈13〉そこで原告は、一二時一四分に被告日栄の本社の電話番号を調べて、管理部の責任者を呼び、電話に出た管理部の責任者に対して、事情を説明し、被告田中の業務妨害を直ちにやめさせようるよう申し入れた。被告田中からと思われる電話のベルはその後も鳴り続いていたが、暫くしてやんだ。  (2) 違法性  〈1〉被告田中は、通常の交渉をねばり強くしただけで違法視されるようなことはない旨主張するが、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という)二一条一項は、債権の取り立てをするに当たって業務の平穏を害するような行動により人を困惑させてはならないと規定し、大蔵省銀行局長昭和五八年九月三〇日付通達は貸金業者らがしてはならない行為の例示として、「反復又は継続して、電話で連絡すること」を挙げている。  〈2〉被告田中の行為は、原告が、これ以上の交渉を拒否し、法的措置を採るよう告げているのに、なおも電話をかけ交渉を強要するもので、貸金業法二一条一項に違反するもので、違法であることは明らかである。 (五) 被告らの主張  (1) 交渉の経過  〈1〉被告田中は、平成一一年一月に関西地区での債権回収業務の成果を高めるため和歌山に出張してきて、・甲らからの債権回収業務も引き継いだ。  〈2〉同年一月二六日頃には、・乙及び・甲については、月五万円程度、・丙については月二万円程度での分割弁済の話になっていたが、保証人を付けられるかどうかでなお交渉が続いていた。  〈3〉被告田中は、同年三月二日午前中に、原告に月五万円、六〇か月払いの分割弁済予定表をファックスで送り、分割弁済の申し込みのため、本人及び保証人に来店して貰うための日程の打ち合わせを求めた。  〈4〉これに対して、原告は暫くして、・乙については連絡が取れたが、・甲は新婚旅行に行っていて連絡が取れないと回答した。そこで、被告田中は、「新婚旅行に行くだけの時間と余裕があればもっと払えるんでしょう」と質問した。この質問は、従前一括払いは勿論、月々の支払いも五万円が程度であるとの説明を受け、やむを得ないということで元金も減額した分割払い契約の話を進めていた被告田中としては当然の疑問である。  〈5〉原告は、これに対して、弁護士費用も貰っていない状態で払えないと答えたが、予算が幾らくらいでその費用はどこから出ているなどの説明をしたわけではなく、一方的に話を打ち切った。  〈6〉そこで被告田中は、・甲の資力について確認すべくすぐに電話をかけ直し、「あなたも債権者の代理人ですからもう少し話を進めて下さい」と求めた。これも、貸金業法の代理人が付いている事件では直接債務者に資力等の確認ができない貸金業者としては当然の発言であって、何ら違法性はない。ところが、これに対しても、原告は「できないものはできない」と言って電話を切った。  〈7〉被告田中は納得できる事情説明が得られていなかったので再度確認をしようとして、若干時間を置いて(証拠によれば一二時一一分頃と考えられる)電話したが、女性事務員が出て原告が不在であるとのことであったので電話を切った。  (2) 原告の主張及び供述の問題点  以上のように被告田中の行為には何ら違法性はない。原告は、右の経過とは異なる経過であったと主張し、原告本人もこれに沿う供述をするが、原告の主張は、訴状の記載とその後の主張が変遷し、また、最終的に他の証拠と照らし合わせた原告の供述も客観的な証拠と一致しない。すなわち、証拠上明らかな和歌山支店からの原告事務所と同じ局番三三宛の電話の内、問題となる一二時前後から、原告が京都の被告日栄本社に電話した一二時一三分四〇秒までの電話を拾い出すと、午前一一時五八分二九秒の通話時間二分五一秒の電話から、一二時一一分四七秒まで八本であり、その通話時間等を考慮すると、原告供述のような経過にはなり得ない。なお、和歌山支店の通話記録には一本の回線について、通話記録が抜けているが、外部への電話については、特定の回線を使用するのではなく、空いている回線がランダムに選択されるのであるから、通話記録の抜けている特定の一回線から集中して電話がなされたと考えるのは現実的ではない。 2 被告日栄の責任 (一) 原告の主張  (1) 民法七一五条の使用者責任  〈1〉被告田中は被告日栄の従業員であり、本件不法行為は、被告田中が被告日栄の業務を遂行する過程で行ったものであるから、被告日栄は民法七一五条により被告田中と連帯して損害賠償責任を負う。  〈2〉被告らは、被告田中が当時日本信用の従業員であって、被告日栄の従業員ではない旨主張するが、被告田中が被告日栄を退職したのは平成一一年三月三一日であり、日本信用に出向したといいながら、出向中も給料は被告日栄から支払われ、被告日栄の不良債権回収の業務も併せて行っていたのである。このことは、被告田中が原告に対して、ファックスした際も、「株式会社日栄管理部田中清秀」という表示を付しており、被告田中の記載していた交渉記録も被告日栄の管理部管理責任者であった米田から引き継いだものであることからも窺えるところである。  (2) 直接の不法行為責任  〈1〉被告日栄は債権回収マニュアルと従業員に対する厳しいノルマで、組織ぐるみで恐喝紛いの違法取立を行っていた。  〈2〉この被告日栄の強引な取立は社会問題化し、日栄・商工ファンド対策全国弁護団まで結成されるに至っているが、同弁護団が全国の弁護士に対して、被告日栄の弁護士業務妨害事例等についてアンケート調査を行ったところ、本件と類似の業務妨害の報告が多数なされている。  〈3〉被告日栄は弁護士との交渉について取り立てマニュアルに「債務者はもちろん弁護士も多少は厳しい所、しつこい所を解決させたいもの」と記載しており、前記アンケート結果も考慮すると、被告日栄は本件のような業務妨害を組織的に行っていたものと認められ、民法七〇九条によっても責任を負う。 (二) 被告日栄の主張  (1) 被告田中は、原告の主張する不法行為の時期(平成一一年三月二日)に日本信用の従業員であったが、日本信用に一括弁済するのに必要な資金を被告日栄が貸し付け、分割で返済を求める手続(これを被告日栄においては「証券貸付」と呼んでいる)は、被告日栄の業務の側面も有しており、被告田中が被告日栄の業務を代行していたことは否定しない。  (2) 被告日栄の直接の不法行為との主張については、法人が従業員若しくは代表者等の自然人の行為を離れて具体的な行為ができるわけではないから、あくまで被告田中の違法行為があって初めて責任が問題になるのであって、民法七一五条と別個に責任を問題にする必要はない。 3 原告の損害 (一) 原告の主張  市民の人権を踏みにじろうとする者にとって、弁護士の人権擁護活動は脅威であり障害である。人権救済の砦もというべき弁護士への業務妨害は法治国家への挑戦であり、極めて悪質な人権侵害行為というべきであり、原告に与えた損害は甚大である。 (二) 被告田中の主張  被告田中の行動は、債権回収交渉を業務とする者としての許容限度内であるが、仮にそうでないとしても、電話をかけた時間はごく短時間であり、債務整理や示談交渉事件を受認し債権者と交渉することを業務とする弁護士としては、債権者の要求を聞き、電話の応対をすることは通常の業務範囲内であり、また昼の時間帯は原告の事務所は無人になることも多いということであったから、この時間内に被告田中の電話の対応に多少時間を取られたとしても、それによって原告の業務が妨害されたとは考えがたい。

第三 当裁判所の判断 一 争点1(被告田中の業務妨害行為の有無)について 1 本件においては、交渉の当事者であった原告と被告田中の供述は全く食い違い、一部の電話の記録などはあるが、業務妨害の有無を直接明らかにする他の証拠は存在しない。そこで、両供述のどちらが、より信用できるかが問題となる。 2 被告らは、乙第一号証の一ないし一三のダイヤル通話料金明細書を根拠に原告の供述は事実と合致しない旨主張するが、乙第二号証の報告書記載のとおり、乙第一号各証は和歌山支店の全部の電話について通話先を網羅したものではない。乙第二号証には着信専用電話、ファックス専用、本社との直通電話、パソコン回線だとされている電話についても、それが右報告書のとおり一般通話ができないものであるとの裏付けは特に存在しない上、仮にその点は右報告書記載のとおりであるとしても、一般通話可能な回線が一本漏れているほか、被告田中の使用していた携帯電話の使用状況が不明であり、乙第一号証をもとに原告の供述が事実と異なると判断することは到底できない。 3 更に双方の供述についての疑問となる点を検討する。 (一) 被告田中は、代理人を選任する前に自ら作成した答弁書を提出しているが、右答弁書は体裁・内容から見て通常の答弁書としての要件を十分満たしているものであって、被告田中が訴訟についても一応の知識を有していることが窺えるところ、訴状記載の原告主張に対する認否の中で、請求の原因二の9及び10について、呼び捨てにしたことや命令口調で言ったことはないとか「やれるならやってみろ」と言ったことを否認しながら、9の受話器を置くや否やまた電話がかかったこと及び10の電話を鳴らし続けたことについては否認せず、むしろ10については、「話の途中であるにも関わらず原告が一方的に電話を切ったため、再度電話を掛け直しただけである」として、電話を掛け直したことを認めているのであって、答弁書の中に、「原告は、・甲の代理人として誠意を持って日本信用保証の担当者である被告田中と交渉しなければならない立場にあった。(中略)原告は三〇分間の電話を業務妨害だ等と主張しているが、この電話はあくまでも日本信用保証の担当者である被告田中との債務弁済交渉に関するものであり、このような電話が弁護士である原告の業務妨害になどなるはずがない。むしろ、原告の本来の業務に属することである。と述べていることを考慮すると、被告田中としては、自分の用件が満たされていない以上、債務者の代理人である弁護士に対して、電話を再三掛けて交渉を強要できるとの誤った考えに基づき、長時間電話を掛けた可能性があると疑わざるを得ない。 (二) また、被告田中の供述によっても、日本信用の代表取締役である伊久留から電話がかかってきたため、それ以上の電話連絡はしなかったことが明らかであるが、被告田中の供述するように、原告と話したのが僅か二回程度で簡単に切ったのであれば、原告がわざわざ被告日栄の本社にまで抗議をすることは通常考えがたいし、しかも、もしそうであれば、被告田中としては、どうして苦情申立がなされたのか不審に思い、どのような苦情があったのか伊久留に確認してもいい筈なのに、被告田中の供述によれば、何ら確認していないのである。尤も、原告の供述によっても、原告の電話に出た管理部の責任者とおぼしき人物は、原告から苦情の内容について余り詳しい事情を聴取しておらず、今電話が鳴り響いているという程度の話ですぐ了解しているようであるが、このことは、このように電話をかけ続けるといったトラブルで本社に苦情が来ることがしばしばあって珍しくないからではないかと疑わせる事情でこそあれ、被告田中の供述の問題点の回答となるものではない。 (三) 被告田中提出に係る丙二号証の交渉結果報告書も本件で問題になっている平成一一年三月の記載は事件後に記載された可能性もあるから、客観的な証拠とはいい難い。同書面には、同年一月二六日の記載として、日野らについての保証人探しの話の記載があり、これを根拠に、被告田中は同年三月二日以前に既に元金を減額した分割払いの話をしていたように供述するが、他方、同日以前には分割払いの具体的提案はしていないとも述べているし、被告田中の送ったファックス文書(甲7)は、この時点で初めて、被告日栄が証書貸付と呼ぶ、被告日栄から金を借りて一旦精算し、被告日栄に支払っていく方式を提案したことを窺わせるものである。そうすると、この点でも、当日、突然分割払いの提案があったという原告の供述の方が信憑性が高いというべきである。 (四) 被告らは、被告田中との電話交渉のあった時刻に関する原告の主張が、事件に近い時点で作成された訴状と最終的な供述とでかなり食い違っているとして、信憑性が乏しい旨主張するが、違っているのは時刻の点にとどまり、起きた出来事の内容に関する主張はほぼ一貫しているのであって、右のような事件の起きた時刻は、予め事件を予測して、一々記録しているのでない限り、正確でないことは公知の事実であって、それが他の客観的な証拠と照らし合わせて訂正されたとしても、それによって供述自体の信憑性が損なわれるものではないというべきである。 (五) 原告が平成一一年三月二日に被告日栄に対して抗議書(甲3、表題は「通知書」)を送っていること、同月一一日には大蔵省近畿財務局金融監督第一課金融会社室に監督措置を講じるよう求める書面(甲8)を採っていることも、通常ではない出来事が生じたことを推認させることであって、原告の供述の裏付けになる事情ということができる。 4 以上の各点を総合すれば、原告供述の方が信憑性が高く、事実経過は原告主張のとおりと認められる。そうすると、被告田中は、債務者の代理人である原告に対して、・甲がもっと支払えるのではないかと要求して、原告がそれ以上話すことはないとして電話を切ったのに、再三電話を掛けて、交渉を要求したもので、書面等によらず、ベルで交渉の席に着くことを強要する電話を執拗にかけたことは、正当な示談交渉の枠を逸脱したもので、嫌がらせの意図があったとまでは断定しがたいが、違法であることは明らかである。 二 争点2(被告日栄の責任)について  被告日栄も、被告田中の債務回収交渉が、同時に証書貸付として被告日栄からの金員貸付の交渉にも該当することを認めるところであって、被告田中が自分が日本信用の職員であって、日本信用の債権の回収交渉をしているということを明らかにせず、被告日栄の管理部職員という肩書で交渉に当たっていたこと、実際にも当時は、被告日栄の管理部職員と日本信用の職員とは共同して、あるいは単独で日本信用の債権の回収に当たっていたことを考慮すれば、被告日栄は使用者責任を免れないというべきである。 三 争点3(損害額)について 1 原告の供述によれば、原告は被告田中の一連の電話で約一五分程度の時間、応対したり、電話を切ったり、騒音を我慢するなどの苦痛を味わわされたほか、事後的にも抗議文の作成・送付等の手間をかけさせられたことが認められ、これらを総合すれば、慰謝料として二〇万円をもって相当と認める。 2 次に弁護士費用としては、右損害額及び原告自身が弁護士であって通常の手続は原告自身で十分可能であること、本件の争点の審理自体には、被告日栄の取立行為の違法性の証明は不可欠はないこと等本件に現れた諸事情を考慮すれば、一〇万円をもって相当と認める、 四 よって、原告の請求は、被告ら各自に対し連帯して(不真正連帯)三〇万円及び内金二〇万円に対する本件業務妨害行為のあった日である平成一一年三月二日以降、弁護士費用部分の一〇万円に対する訴変更申立書陳述の翌日である同年一一月二日以降、それぞれ完済まで民法所定の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
民事部
 (裁判官 富川照雄)
 

 通知後の貸金訴訟提起を違法として弁護士費用5万円,慰謝料5万円を認め,貸金と相殺した判例

貸金請求事件

棄却

平成14年9月4日/大阪簡易裁判所/判決/平成14年(ハ)2830号

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴諸費用は原告の負担とする。

事実及び理由 第1 請求(略) 第2 事案の概要 1 請求原因  (1) 原告は、被告に対し、平成一一年九月一日、一〇万円を次の約定で貸し渡した。  弁済期 毎月二日までに四〇〇〇円以上を返済する。  利息 年三六・五パーセント  損害金 年四〇・〇〇四パーセント  特約 支払うべき分割金の支払いを一回でも怠った場合は、被告は期限の利益を失う。  (2) 被告は、平成一二年一月五日の支払いを怠り、期限の利益を失った。  (3) 被告の弁済状況は別紙1計算書の入金額欄及び同取引日欄記載のとおりである。  (4) よって、原告は、被告に対し、上記消費貸借契約に基づき、元金六万五六九六円及びこれに対する利息制限法所定の年三六パーセントの割合により遅延損害金の支払を求める。 2 被告の主張  (1) (略)  (2) 被告が平成一二年一月七日に金四〇〇〇円を支払った後も、原告は、被告が期限の利益を失ったとして一括返済を求めたことはなく、同月二月三日の四〇〇〇円の返済を含めてその後の被告の返済を従前どおり何らの留保もなく受け取っている。  したがって、被告は同年一月五日には期限の利益を失っていない。  (3) 原告の本件不当提訴に基づく損害賠償請求権による相殺 ア 被告は、平成一三年七月三一日に債務整理を被告代理人に依頼し、被告代理人はこれを受けて、原告に対し取引履歴の開示を求めた。  被告代理人は、原告に対し、平成一三年一二月二一日、書面により、別紙2と同様の計算書を添付した上、利息制限法による引き直し計算を行うと別紙2記載のとおり元金残額が四万五四三八円であること、同額を同月二八日限り支払う旨の返済案を提示した。しかし、原告は、同案に同意しなかった。  本件訴えは、上記(2)のとおり、被告は期限の利益を失ったことはないのに、原告は期限の利益喪失に関する独自の立場に固執して、期限の利益を失ったとして金額を不当に増額して請求しており、また被告が誠実な弁済案を提示しているのにこれを無視し、平成一四年三月一一日、突然本件訴えを提起した。金融庁の事務ガイドラインは、債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知を受けた後に正当な理由なく支払請求をすることや、その他正当と認められない方法によって請求をしたり取立てをすることを禁止しているところ、原告の上記行為は、これらの禁止に違反した行為であるから本件訴えは不法行為を構成するというべきである。 イ 被告は本件訴えにより、被告は応訴のため弁護士たる被告代理人に委任せざるを得なくなり、弁護士費用として、裁判所への少なくとも二回の出頭や書面作成等により五万円を下らない出費を余儀なくされた。また被告は本件訴え提起により精神的苦痛を被り、その慰謝料額は五万円を下らない。 ウ 被告は、原告に対し、平成一四年六月一九日の本件口頭弁論期日において、上記損害賠償債権をもって、原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。 3 原告の反論(略) 第3 理由 1 甲第1号証(借入限度基本契約書)によれば、請求原因(1)の特約締結の事実を認めることができ、同(1)のその余の事実は当事者間に争いがない。 2 被告の期限の利益喪失の有無について  (1) 被告が平成一二年一月七日に金四〇〇〇円を支払った後も、原告は、被告が期限の利益を失ったとして一括返済を求めたことはないこと、同年二月三日の四〇〇〇円の返済を含めてその後の被告の返済を従前どおり何らの留保もなく受け取っていることは被告も認めており、当事者間に争いがない。  (2) 上記(1)の事実関係及び被告の弁済経過(当事者間に争いがない)によれば、被告は平成一二年一月五日の約定弁済期日を徒過したものの、原告は、被告に対し期限の利益を失わせることなく、原・被告間で、従前通りの約定で支払う旨の黙示の合意が成立したものと認めるのが相当である。  (3) そうすると、被告は、平成一二年一月五日以後期限の利益を失わずに弁済をしたことになるから、被告の本件貸金契約に基づく残元金は別紙2記載のとおり四万五四三八円となる。 3 損害賠償債権による相殺について  (1) 証拠(甲3、乙1・2、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。  被告は多重債務の整理を企図し、債務整理を被告代理人に依頼した。被告代理人はこれを受けて、原告に対し、平成一三年七月三一日付け書面により取引履歴の開示を求めた。これに対し原告は、本件貸金の残元金は八万二九七六円であると回答した。その後、原告は、同年一〇月五日、同年一一月九日、同年一二月一七日にそれぞれ被告代理人に対し本件貸金についての和解案を請求したが、和解案の提示はなかった。被告代理人は、原告に対し、同年一二月二一日付け書面により、別紙2の計算書と同様の計算書を添付した上、利息制限法による引き直し計算を行うと被告の本件借入債務の残元金は四万五四三八円であること、同額を同月二八日限り支払う旨の返済案を提示した。しかし、原告は、同案に同意せず、すぐに総額七万二〇〇〇円の支払いを希望する旨の返答をした。これに対し被告代理人からは返答がなく、原告は平成一四年三月八日に被告代理人へ和解の話をするも全く話に応じてもらえなかった。そこで原告は、同月一一日、本件訴えを提起した。以下の事実が認められる。  (2) 金融庁の事務ガイドラインに違反する行為が直ちに不法行為に構成するとはいえないが、多重債務の整理を依頼された弁護士が、受任の通知をするとともに債務内容の開示を求め、開示内容をもとに弁済方法につき和解案を提示しその協力依頼をしてきた場合には、貸金業者は、その和解案が誠意のない内容であるなど著しく不合理である場合等正当な理由のない限り、弁護士の提案に誠実に対応し、訴え提起等の取立行為に出ること自制すべき注意義務があるというべきであり、故意または過失によりこの注意義務に違反して債務者に損害を被らせた場合には、不法行為責任を負うと解すべきである。  (3) これを本件についてみると、上記認定の事実関係によれば、被告代理人からの和解案の提示が若干遅くなったことは否めないものの、被告代理人の和解案の内容は不合理なものとはいえず、誠実に検討する余地は十分にあったというべきである。  しかし、原告は、上記和解案受領後、すぐに不同意として総額七万二〇〇〇円の支払いを希望する旨の返答をしその後本件訴えを提起したものである。そうすると、原告の本件訴えの提起は上記の注意義務に違反するものと認めるのが相当であり、同違反行為について少なくとも過失があったというべきである。  たしかに、原告は、原告の上記和解希望額に対し被告代理人から回答がないことから、再度被告代理人に対し原告の希望案について打診したことが認められるが、しかし、その希望が入れられなかったことをもって、訴え提起もやむを得ないとすべき正当な理由とは認められない。  (4) 証拠(被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は本件訴えに応訴するために弁護士に委任し、弁護士費用として五万円の出費を余儀なくされたこと、また被告は本件訴え提起により精神的苦痛を被ったことが認められ、その慰謝料額は五万円と認めるのが相当である。 4 被告が上記損害賠償請求権をもって本訴請求債権と相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから、本訴請求債権は同相殺によって消滅したこととなり、したがって本訴請求は理由がないことに帰する。
 (裁判官 松本澄清)
元利計算書(略) 株式会社日電社 利息引直計算書(略)
 

損害賠償請求事件

要旨
1. Xの勤務先Aからの給与はY銀行とAとの給与振込契約に基づきXの普通預金口座に振込みを受けて支給されていたところ、Xに対してカードローン貸金残債権をもつYが、Xの受任弁護士から債務の整理を受任したとの通知を受け右預金口座に保全登録をかけて後、Aから振込資金の支払を受けXの右預金口座への給与振込みをしたうえでなした相殺の意思表示は、その時期、意図、態様を民事執行法152条1項、民法510条、破産法104条2項の趣旨に照らすと、支払停止後の債務者の最低限の生活保持の趣旨及び支払停止後の任意整理の過程における債権者間の衡平の趣旨に反し、相殺の担保的機能を期待する合理的な理由に欠けXに対する関係においても権利の濫用であって許されない。
2. 預金口座への給与振込みによって、預金契約が成立し預金債権が発生したというためには、銀行が被振込人の預金口座に入金の記帳をすることを要するから、それ以前に銀行が貸金債権と預金債権について相殺の意思表示をしても、右給与相当額については相殺適状にない債権債務についての相殺であって無効である。
3. 任意整理中の多重債務者の給与が銀行口座に自動振込みされた場合に、相殺特権に基づいて、銀行がその貸金債権を自働債権とし、右給与振込み後の預金債権を受働債権として、行った相殺の意思表示は、相殺を行えば預金者の債務整理計画が立たなくなるだけではなく、生活自体が成り立たなくなるであろうことにつき銀行に認識があったとき、右給与相当額については、債務者の最低限の生活保持の趣旨及び任意整理の過程における債権者間の公平の趣旨に反し、相殺の担保的機能を期待する合理的理由に欠け、権利の濫用であって許されない。
4.給与がいったん受給者の預金口座に振り込まれた場合は、その法的性質は受給者の銀行に対する預金債権に変わるから、右預金債権を受働債権とする相殺は、民法510条に違反しない。
5. 一 相殺が権利の濫用として許されない場合においては、相殺が無効となり、受働債権の債務者に債務不履行責任が成立すると解されるものの、不法行為が成立するか否かについては、不法行為の成立要件である権利侵害の行為が契約関係の範囲内に包含され、ただ契約上の義務の不履行という事実についてのみ存する場合には、債務不履行責任のみが成立するにとどまり、契約関係に包摂されない何らかの権利侵害ないし公序良俗違反として違法性を具備する特段の事情がある場合に、はじめて不法行為が成立するものである。
二 本件相殺及び支払停止には預金契約関係に包摂されない不法行為としての違法性を具備する特段の事情があるとは認めることができず、不法行為は成立しない。
6. 一 銀行が自動振込された多重債務者の給与と、貸金債権を相殺した相殺が無効である場合には、預金の支払拒絶については債務不履行が成立するが、不法行為は成立しない。
二 相殺が権利の濫用として許されない場合においては、相殺が無効となり、受働債権の債務者に債務不履行責任が成立すると解されるものの、不法行為が成立するか否かについては、不法行為の成立要件である権利侵害の行為が契約関係の範囲内に包含され、ただ契約上の義務の不履行という事実についてのみ存する場合には、債務不履行責任のみが成立するにとどまり、契約関係に包摂されない何らかの権利侵害ないし公序良俗違反として違法性を具備する特段の事情がある場合に、はじめて不法行為が成立するものであり、本件相殺にはこのような特段の事情は認められない。

請求棄却

平成6年7月18日/札幌地方裁判所/民事第5部/判決/平成4年(ワ)235号

主文  一 原告の請求を棄却する。  二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第一 原告の請求  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要  本件は、原告が被告に対し、被告の原告に対する当座貸越契約に基づく貸金債権を自働債権とし、給与振込契約に基づく給与振込み後の原告の被告に対する預金債権を受働債権とする、被告の原告に対する相殺の意思表示(本件相殺)は違法であると主張し、また、相殺に名をかりて、被告が給与振込事務を行わず原告の預金払出しを拒否した一連の行為(本件支払停止)は違法であると主張し、民法七〇九条に基づき、慰謝料等一〇〇万円の損害賠償を求めた事案である。  一 争いのない事実及び証拠により認められる事実   1 本件当座貸越契約の締結(争いがない。)    (一) 原告は、被告(取扱店は琴似支店)との間で、平成二年四月四日、「たくぎんローンカード契約」という借入限度額三〇万円の当座貸越契約(以下「本件当座貸越契約」という。)を締結した。    (二) 原告は、本件当座貸越契約に基づき、被告から、以後逐次カードによって貸付けを受け、毎月七日に一万円ずつ返済していった。   2 被告の原告に対する貸金債権についての期限の利益の喪失(争いがない。)    (一) 原告の代理人である市川守弘弁護士(以下、原告の代理人であることも含め、単に「市川弁護士」という。)は、被告に対し、平成四年一月二一日到達の書面で、原告が多重債務を負って正常な債務の弁済が困難な状況にあるので、市川弁護士が債務の整理を受任した旨通知した。    (二) 被告は、同日、被告の原告に対する貸金債権について期限の利益を喪失させ、翌二二日、原告に対し、貸金元利金を一括返済するよう催告した。    (三) 被告の原告に対する貸金元金、利息及び遅延損害金の合計額は、同月二九日、二九万二四〇七円(以下、「本件貸金債権」あるいは「本件自働債権」という。)となっていた。   3 本件給与振込契約の締結及び本件給与振込み    (一) 被告は、原告の使用者である訴外ユート運輸倉庫株式会社(以下「ユート運輸」という。)との間で、平成三年四月一〇日、ユート運輸の委託に基づいて、被告が、ユート運輸の従業員に対する給与を同人の預金口座に振り込む事務を行うことを内容とする給与振込みに関する契約(以下「本件給与振込契約」という。)を締結した(争いがない。)。    (二) 被告は、本件給与振込契約に基づいて、原告がユート運輸から支払を受ける給与を、原告の被告琴似支店普通預金口座(以下「本件預金口座」という。)に毎月一〇日振り込んでいた(争いがない。)。    (三) 被告は、平成四年二月七日、本件預金口座に保全登録(債権保全のため預金の支払を停止する処理)をかけた。被告は、ユート運輸の従業員に対する同月一〇日支払の給与について、同日の営業開始時刻前にユート運輸から給与振込資金の支払を受けており、同日の午前九時までに原告を除くユート運輸の他の従業員の預金口座に給与の振込みを終えていたが、本件預金口座には保全登録がされていたため、原告の給与についても右時刻までに振込む手配を終えていたものの、右時刻に原告の給与の振込みをしなかった〈省略〉。    (四) 同日午前一一時四六分、原告は、被告琴似支店において、本件預金口座から同年一月分の給与の払出しをしようとしたところ、残高が七五四円と記帳されるのみで、右給与の払出しを受けられなかった〈省略〉。    (五) 被告は、同日午後二時四五分、原告がユート運輸から支払を受ける一月分の給与二三万二〇六五円を本件預金口座に振り込んだ(以下「本件給与振込み」という。)〈省略〉。   4 被告の原告に対する相殺の意思表示    (一) 被告は、同日昼前頃、市川弁護士に対して、本件貸金債権と被告の原告に対する預金債権(以下「本件預金債権」あるいは「本件受働債権」という。)を対当額をもって相殺する旨の意思表示をした(以下「本件第一の相殺」という。)(争いがない。)。    (二) 被告は、同日午後三時三〇分頃、市川弁護士に対して、本件貸金債権と本件預金債権を対当額をもって相殺する旨の意思表示をした(以下「本件第二の相殺」という。また、本件第一の相殺及び本件第二の相殺を併せて「本件相殺」ということがある。)〈省略〉。   5 相殺の意思表示後の原告と被告とのやり取り    (一) 市川弁護士は、同月一二日、被告に対し、公開質問状と題する文書を送付した(争いがない。)。    (二) 被告は、同日、本件相殺を撤回することを決め、同日午後二時五二分、本件預金口座に二三万二八一九円の預金残高を復元したが、引き続き、預金の支払停止の処理を継続した〈省略〉。    (三) 原告は、同月二一日、被告に対し、本件損害賠償請求訴訟を提起した。被告は、同日午後四時頃、本件預金口座の預金の支払停止を解除し(被告の同月一〇日から同月二一日までの支払停止を「本件支払停止」ということがある。)、同月二四日、原告は、本件預金口座から二回にわたり、合計二一万二六八四円を引出し、また、同日、本件預金口座から合計二万〇一三五円が引き落とされ、本件預金口座の残高は零となった〈省略〉。  二 争点  本件において、原告は、本件相殺及び本件支払停止について、次のとおり不法行為としての違法性があると主張し、被告は、仮に本件支払停止が違法であるとしても、その違法性は単に債務不履行について認められるにとどまり、それを越えて不法行為の責任までも発生させる違法性はないと主張しているが、本件の争点は次の各点にある。   1 本件第一の相殺は相殺適状にない債権債務についての相殺であるか否か。  (原告の主張)  本件第一の相殺は、原告の給与が本件預金口座に振り込まれる以前にされたもので、受働債権である給与払出請求権(預金債権)は成立していないから、無効である。  普通預金の性質は、消費寄託契約と解されているところ、消費寄託契約は要物契約であって、現実に一定の金員が受寄者に交付されていなければならない。したがって、被告は、原告の本件預金口座に給与を振り込んで、初めて、原告に対する預金債務の支払義務を負うことになる。  (被告の主張)  被告は、ユート運輸の従業員に対する平成四年二月一〇日支払の給与について、同日の営業開始時刻前に、ユート運輸から給与振込資金の支払を受けており、同日の営業開始時刻である午前九時までに、原告を除く他の従業員の預金口座へ給与振込みを終えていた。被告は、原告の給与についても、ユート運輸の他の従業員と同様、同日午前九時までに、本件預金口座に振り込む手配を終えていたが、同月七日、本件預金口座に対し保全登録をかけたため、原告についてのみ、同月一〇日午前九時までに本件預金口座への給与の振込みができず、被告が本件預金口座に原告の給与を振り込んだのは同日午後二時四五分であった。  給与振込事務の受託者である被告が、給与の支払義務者であるユート運輸から、既に給与振込資金の支払を受け、かつ、原告を含む従業員の預金口座への給与振込みの手配を終えていた状況に照らすと、原告の本件預金口座に振込みがあったか否かにかかわらず、同日午前九時以前に給与振込額相当の普通預金が成立していたと認めるべきである。  仮に、本件第一の相殺が無効であったとしても、被告は、本件預金口座に原告の給与を振り込んだ後の同日午後三時三〇分頃、本件第二の相殺をしたので、被告が、原告に対し、預金の支払拒絶をしたのは、短時間に過ぎない。被告は、同日午前九時以降は、本件貸金債権と給与を振り込んだ後の本件預金債権とをいつでも相殺することが可能な状況にあり、このような状況下では、被告は、相殺を留保したまま、原告に対し、預金の払出しを拒絶しうるのであるから、本件のように、原告の本件預金口座に給与が振り込まれないでいるために原告が預金の払出しを受けられない場合と、本件預金口座に給与が振り込まれたものの被告が支払を拒絶したために預金の払出しが受けられなかった場合とでは、支払拒絶の態様は異なるものの、いずれの場合も被告の支払拒絶に違法性はなく、不法行為が成立する余地はない。   2 被告に給与振込みを行わない違法があり、原告に対し、労働基準法二四条一項に違反する不法行為が成立するか否か。  (原告の主張)  労働基準法二四条一項及びこれに関する通達によれば、労働者は給与支払日の少なくとも午前一〇時までには振り込まれた給与全額を払出しできる状態におかれていなければならない。被告とユート運輸との本件給与振込契約においても、右通達を受けて、振込給与の支払開始時期を、振込指定日の午前一〇時からとしている。被告はユート運輸の給与支払代行者であるところ、平成四年二月一〇日午前一〇時までに、原告の給与を本件預金口座に振り込んでいない。これは本件給与振込契約に違反するのみならず、労働基準法二四条一項に違反するものであり、原告の給与受給権を侵害する不法行為にあたる。  (被告の主張)  争点1の被告の主張と同旨。   3 BPSによる相殺予約に基づく本件相殺の効力。すなわち、本件相殺は有効か、労働基準法二四条一項、民事執行法一五二条一項、民法五一〇条に違反するものであるか。  (原告の主張)  労働基準法二四条一項は、給与の全額、直接支払を原則としている。給与の自動振込みは、当初からその合法性について問題が指摘され、労働基準局昭和五〇年二月二五日基発一一二号通達によれば、<1>振り込まれた賃金の全額が、所定の賃金支払日に払出しうる状況にあること、<2>所定の賃金支払日の午前一〇時頃までには払出し可能であることの二点が守られなければ、給与の自動振込みは違法であるとされている。被告の一方的意思表示による相殺は、現実に労働者が賃金を払い出すことが不可能な状態になるのであるから、労働基準法二四条一項の脱法行為である。したがって、本件相殺は、労働基準法二四条一項の給与の全額、直接支払の趣旨に違反するものである。  賃金は生活維持的・扶養的な特殊性を有していることから、本来、法は厳格な手続を経て債務者が責任財産としての賃金を利用することを認めており、給与が銀行振込によって預金口座に振り込まれた場合においても、その性質は賃金性を失っていない。原告と被告との間においては、給与が被告の主張するように預金口座に振り込まれて被告に対する預金債権となった場合においても、原告の生活保持の見地からする民事執行法一五二条一項の差押禁止の趣旨は尊重されるべきである。被告のした相殺予約による本件相殺は、差押禁止債権についてした相殺であって、民法五一〇条に違反し、違法なものである。  (被告の主張)  本件相殺は、BPSによる相殺予約に基づきされたものであって有効である。  ベストパックサービス(以下「BPS」という。)は、被告の本支店に普通預金等を有する取引先がBPSの申込みをし、被告がこれを承諾することにより、取引先が「たくぎんローンカード」及び「HCBたくぎんカード」によるサービスを被告と株式会社エイチ・シー・ビー(以下「HCB」という。)から受けられるものである。原告は、平成二年三月一六日、被告(取扱店は琴似支店)にBPSを申込み、被告の承諾を得て、BPSによるサービスを受けてきた。  BPSの柱の一つは、ローンカード契約による取引であって、次のとおりの「たくぎんローンカード契約規定」によっている。  <1> 取引方法  取引先の普通預金口座を利用する当座貸越取引であり、ローンカード専用口座を用いて行う(一条一項)。  <2> 貸越極度額及び貸越方法  取引先が申込書に記載し被告が承認した貸越極度額の範囲内で取引先は取引期限中反復して被告から当座貸越の方法による貸付けを受けることができる(二条一項)。貸越は、被告が発行する「たくぎんローンカード」を用いて被告の本支店の現金自動支払機等を用いて受けることができる(五条一項)。  <3> 定例返済及び返済方法  当座貸越に基づく債務の返済は、毎月七日に前月七日現在の貸越残高に応じて毎月一定額を返済するものとし(六条一項)、その返済は返済用預金口座から自動引落しの方法によって行う(七条一項)。  <4> 自動融資  取引先の返済用口座からは、被告が取引先と結んだ預金の自動振替契約の対象となる公共料金やHCBに対するカード利用代金などが所定の期限に自動引落しの方法により振替決済される。取引先の返済用口座の預金残高が、この預金から口座振替によって支払われる公共料金やHBCに対するカード利用代金などの振替決済の所要金額に不足するときは、貸越極度額の範囲内でその不足相当額が当座貸越の方法によって自動融資され、その融資金が返済用口座に振り込まれる(八条一項)。  <5> 期限の利益喪失による債務の即時支払  取引先につき、所定の事由の一つでも生じたときは、貸越元利金の全額について当然期限の利益を失い(一一条一項)、また、所定の事由の一つでも生じたときは、被告の請求によって貸越元利金の全額について期限の利益を失う(一一条二項)。  <6> 銀行からの相殺  取引先が当座貸越取引による債務を履行しなければならない場合には、被告は貸越元利金と取引先が被告に対し有する預金その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができる(一二条一項)。右の相殺ができる場合、被告は事前の通知及び所定の手続を省略し、取引先の預金その他の諸預け金を払戻し、債務の返済にあてることができる(一二条二項)。  右一二条一項の相殺予約は、自働債権である当座貸越元利金債権については、民法と同じくそれが弁済期にあることを要件としているものの、受働債権については、弁済期の未到来分についてもそれを到来させたものとして相殺を認める点に特色がある。一二条一項の契約は、民法の法定相殺の要件を緩和する相殺に関する契約であり、これを一般に相殺予約といっている。相殺予約に基づく相殺は、民法の法定相殺とは性質の異なるものとして一般に承認されており、しかも相殺予約には対外効があることが承認されている。  BPSの法律関係に着目すれば、次のような実態にあるといえる。第一に、ローンカード契約に基づく当座貸越取引は、取引先が被告に対し有する普通預金等の預金の存在が必要不可欠であり、その預金は返済用口座として位置づけられる。返済用口座に取引先が毎月所定の定例返済日に定例返済額及び自動振替の対象となる公共料金やカード利用代金の振替所要額の合計額の入金をしてくれると信頼するからこそ被告は取引先に貸越極度額までの当座貸越を行うのである。第二に、取引先がローンカード契約に基づき貸越極度額までの当座貸越を受ける場合、その用途は限定されないが、大半は消費支出と呼ばれる生活費にあてられることが多いと推測される。取引先は当座貸越により借り受けた資金を消費支出に費消するのであるから、ローンカードによる当座貸越は実質的に見て給与による消費支出を代替しているのであって、その反面当座貸越による債務は返済用口座に振り込まれる給与によって返済することが被告と取引先との間で黙示的に合意されていると見てよい。第三に、取引先が当座貸越による債務の履行をしなければならない場合、被告が貸付債権と取引先が被告に対し有する預金債権とを相殺することができる旨が契約によって定められている。その根底には取引先が有する預金なかんずく返済用口座の預金は、第一と第二に掲げた理由により、被告が相殺の担保的機能に強い期待を寄せる合理的理由があるといえる。  原告は、相殺予約に基づく貸金債権と預金債権との相殺が、労働基準法二四条一項に違反すると主張するが、労働基準法二四条一項は、いかなる場合においても労働者の賃金の支払について使用者が全額払いをしなければならないとする趣旨ではなく、本件の場合、原告は、被告とBPSの取引に入り、その中で相殺予約の条項を含むローンカード契約を結んだのであり、ローンカードによる当座貸越の債権と返済用口座である預金口座(原告の場合は給与振込口座でもある。)の債権との相殺をなすことには合理的な理由があるのであるから、相殺予約及びこれに基づく本件相殺は労働基準法二四条一項に違反せず有効である。  また、原告は、相殺予約に基づく貸金債権と預金債権との相殺が、民事執行法一五二条一項、民法五一〇条に違反すると主張するが、たとえ差押禁止債権であっても、いったんそれが受給者の預金口座に振り込まれた場合は、銀行に対する預金債権に変容し、その全額の差押えが許されるのであるから、預金債権は差押禁止債権にあたらず、民法五一〇条による相殺禁止をいう原告の主張は失当である。  (被告の主張に対する原告の反論)  BPSによる相殺予約は、受働債権の弁済期を放棄して相殺ができるとする規定であり、いわば当然のことを規定しているにすぎない。もし相殺契約の予約とみた場合にも、その債権債務の内容は将来に発生する不確実な内容であって、このような具体性に欠ける債権債務を前提に包括的な相殺契約の予約が成立すると解することはできない。仮に、相殺契約の予約を規定しているものであると解することができるとしても、BPSによる相殺予約に基づく相殺に合理的理由があるかは問題である。被告の主張する相殺予約の特約は、たくぎんローンカード契約の裏面に小さな不動文字で印字されているもので、一般に顧客はその内容を理解して被告と契約することはありえない。また、たくぎんローンカード契約規定一二条一項は、受働債権について被告が期限の利益を放棄して相殺できる旨を約しているにすぎず、相殺の担保的機能が大きな意味を持つわけではない。更に、被告に対して、原告の一か月の給与全額について回収の期待を保護する必要性はない。   4 本件相殺は信義則に反しあるいは権利の濫用にあたるか否か。  (原告の主張)  被告の本件相殺は、独占禁止法一九条、二条九項、昭和五七年公正取引委員会告示一五号一般指定一四項に反する優越的地位の利用による違反行為であって、信義則に反する。被告は、北海道内の大規模な金融機関として君臨している有数の銀行である。被告は、いわゆる消費者金融として「たくぎんローンカード契約」を多数の消費者と契約しているが、その際、画一的契約書を用意し、これと異なるローンカード契約は拒否している。しかし、この契約を前提とすれば、被告が原告に比べ、その優越的地位を利用して原告に不当な不利益を受忍させるものとなる。したがって、本件相殺は、その限度で被告の優越的地位の利用による独占禁止法違反の行為として信義則上無効とされるべきである。  原告は、総額約五一一万円の債務を負っており、いわゆる多重債務者であった。市川弁護士は、原告の債務整理の依頼を受けるとともに、原告の一切の支払を中止し、併せて、原告に家計簿を付けさせ一家の生計を立てていくために最低どの程度の金員が必要かを確認し、そのうえで支払にあてる原資が用意できるのであれば、残元金の長期分割案を債権者らに提示していくつもりであった。このような手続は、多重債務整理の依頼を受けた弁護士が一般に行っていることで、被告も承知している内容である。債権者らへの分割案提示には、相当の期間を要するが、このような過程で、被告のように債権者が自己の債権の保全に走ると、債務整理全体の計画が崩れ、そもそも生活を支えることが不可能になる。被告による本件相殺はこのような状況の中でされたもので、権利濫用といわざるをえない。   5 損害の発生の有無  (原告の主張)  原告は、多額の負債を抱え、その整理に着手した直後であり、このような原告には給与のみが生計を支える手段であった。平成四年二月一〇日、原告の自由になる金員は殆どなく、当日の給与の支払をもって当月分の生活を維持しなければならなかった。しかし、本件相殺によって、当月分の生活費の捻出ができなくなり、原告は不安の中で生活をしていた。この間の原告の精神的苦痛は筆舌に尽くし難く、結果として右給与が返還されたとしても癒されないものである。  (被告の主張)  財産権の侵害の場合には、一般には、財産的損害が賠償されれば、精神的損害も一応回復されたと見るべきである。原告は、本件相殺により、二三万二〇六五円の財産的損害を受けたと主張しているが、本件訴訟提起後の平成四年二月二四日、本件預金口座から合計二三万二八一九円が払い出されており、これによって右の財産的損害は全部回復されている。このように、比較的短期間の預金の支払停止があったに過ぎない本件のような場合、財産的損害が回復されたにもかかわらず、それとは別に精神的損害の賠償が認められるべき理由はない。 第三 争点に対する判断  一 争点1(本件第一の相殺は相殺適状にない債権債務についての相殺であるか否か。)について  前記記事〈省略〉によれば、被告は、ユート運輸の従業員に対する平成四年二月一〇日支払の給与について、同日の営業開始時刻前にユート運輸から給与振込資金の支払を受け、同日午前九時までに、原告を除くユート運輸の他の従業員の預金口座に給与の振込みを終えていたが、原告の給与については、右時刻に本件預金口座に振込みをしなかったこと及び被告は、同日午後二時四五分、原告がユート運輸から支払を受ける給与二三万二〇六五円を本件預金口座に振り込んだことが認められ、また、前記事実によれば、被告は、同日昼前頃、市川弁護士に対して、本件貸金債権と本件預金債権を対当額をもって相殺する旨の意思表示をしたこと(本件第一の相殺)及び被告は、同日午後三時三〇分頃、市川弁護士に対して、本件貸金債権と本件預金債権を対当額をもって相殺する旨の意思表示をしたこと(本件第二の相殺)が認められる。  ところで、預金契約は、消費寄託契約であり、要物契約と解されるところ、消費寄託契約は、受寄者が寄託者から目的物を受け取ることによってその効力を生じるものであるから、預金契約も銀行が目的物たる金銭の交付を受け取ることによってその効力を生じるというべきである。そして、預金口座への振込みの場合において、預金契約が成立し、預金債権が発生したというためには、単に銀行が振込人あるいは仕向銀行から預金口座に振り込む資金の提供を受けただけでは足りず、銀行が被振込人の預金口座に入金の記帳をした時に、当該預金口座の預金者に対する預金債権が発生するものと解するのが相当である。  そうすると、右事実によれば、被告が本件第二の相殺をした同日午後三時三〇分頃においては、原告の被告に対する本件預金債権が発生していたといえるものの、被告が本件第一の相殺をした同日昼前頃においては、未だ、本件預金口座に原告がユート運輸から支払を受ける給与二三万二〇六五円が振り込まれていなかったのであるから、給与相当額二三万二〇六五円については、原告の被告に対する預金債権として発生しておらず、したがって、本件第一の相殺は右給与相当額については相殺適状にない債権債務についての相殺であって無効であるといわざるをえない。  被告は、被告が、ユート運輸から既に給与振込資金の支払を受け、かつ、原告を含む従業員の預金口座への給与振込みの手配を終えていた状況に照らすと、原告の本件預金口座に振込みがあったか否かにかかわらず、同日午前九時以前に給与振込相当額の預金債権が成立していたと認めるべきである旨主張し、前記事実によれば、本件預金口座には保全登録がされていたため、原告の給与についても右時刻までに振り込む手配を終えていたものの、右時刻に原告の給与の振込みをしなかったことが認められるが、前記説示に照らすと、預金口座に振込みがあったか否かにかかわらず預金債権が成立したとする右主張は採用することができない。  しかしながら、前記のとおり、本件第一の相殺が無効であるとしても、本件第二の相殺は相殺適状にある債権債務についてされた相殺であるから(なお、本件第二の相殺の効力については後記のとおり。)、本件第一の相殺が無効であること及びこれに伴う本件第二の相殺の時点までの被告の原告に対する預金の支払拒絶のみをもって、被告の原告に対する債務不履行責任が成立することについてはともかく、被告の原告に対する不法行為が成立するということはできない。  二 争点2(被告に給与振込みを行わない違法があり、原告に対し、労働基準法二四条一項に違反する不法行為が成立するか否か。)について  労働基準法二四条一項は、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」として、賃金の通貨払の原則を定め、例外として、「法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合」または「命令で定める賃金について確実な支払の方法で命令で定めるものによる場合」には、通貨以外のもので支払うことを認めているが、この趣旨は、労働者の生活の糧である賃金が確実に労働者の手に渡るようにするため、貨幣経済の支配する社会では最も有利な交換手段である通貨による賃金支払を義務づけ、これによって、価格が不明瞭で換価にも不便であり弊害を招くおそれが多い原物支給を禁じ、他方、公益上の必要がある場合または労働者に不利益になるおそれが少ない場合には例外を認めることが実情に沿うとするものである。証拠〈以下、省略〉によれば、賃金の銀行口座への振込みは、昭和五〇年の行政解釈(昭和五〇年二月二五日基発一一二号)以来、一定の要件をみたす限り労働基準法二四条一項に違反しないと取り扱われ、昭和六二年本法改正による労働基準法施行規則七条の二第一項は、右行政解釈を踏襲して、「使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込みによることができる。」と規定し、これらの要件に加えて、従来と同様、振り込まれた賃金の全額が所定の賃金支払日の午前一〇時頃には払出しうる状況にあること等が行政指導されていることが認められる。  前記事実によれば、被告は、原告の使用者であるユート運輸との間で、平成三年四月一〇日、本件給与振込契約を締結し、これに基づいて、被告は、原告がユート運輸から支払を受ける給与を、原告の本件預金口座に毎月一〇日振り込んでいたこと、被告は、平成四年二月七日、本件預金口座に保全登録をかけ、ユート運輸の従業員に対する同月一〇日支払の給与について、同日の営業開始時刻前にユート運輸から給与振込資金の支払を受けており、同日の午前九時までに原告を除くユート運輸の他の従業員の預金口座に給与の振込みを終えていたが、本件預金口座に保全登録がされていたため、右時刻に原告の給与の振込みをしなかったこと及び被告は、同日午後二時四五分、原告がユート運輸から支払を受ける一月分の給与二三万二〇六五円を本件預金口座に振り込んだことが認められ、また、証拠〈省略〉によれば、被告のユート運輸との間の本件給与振込契約においては、受給者に対する給与振込金の支払開始時期は、振込指定日の午前一〇時からとする旨の約定があることが認められる。  右事実によれば、被告は、ユート運輸から原告の給与振込資金の支払を受けていたにもかかわらず、労働基準法二四条一項に基づき行政指導されている賃金支払日の午前一〇時頃あるいは被告とユート運輸との間の本件給与振込契約の約定による振込指定日の午前一〇時には、原告がユート運輸から支払を受ける給与を本件預金口座に振り込んでいないのであるから、被告の右処理は、債権保全のためとはいえ、右行政指導及び被告とユート運輸との間の本件給与振込契約に照らし、不適当なものであったといわざるをえない。  しかしながら、労働基準法二四条一項は、使用者と労働者との間の給与の支払原則等の法律関係について規定しているものであって、同法二四条一項の義務を負う者は同法一〇条にいう使用者と解するのが相当であるから、同法二四条一項違反の刑事上及び私法上の効果が直接使用者でない第三者に及ぶと解することはできず、被告の右処理がユート運輸に対する本件給与振込契約違反の債務不履行を成立させることについてはともかく、右事実をもってしても被告の右処理が原告に対して違法性を有し不法行為が成立するということはできない。  原告は、被告はユート運輸の給与支払代行者であって、労働基準法二四条一項に違反する旨主張するところ、右主張にいう給与支払代行者とはその意味が必ずしも判然としないが、証拠〈省略〉によれば、被告は本件給与振込契約に基づく受託者であることは認められるものの、それ以上に同法二四条一項の義務を負う使用者であるとの証拠はないから、前記説示に照らし、原告の右主張は採用することができない。  三 争点3(BPSによる相殺予約による本件相殺の効力)について  証拠〈以下、省略〉によれば、次の事実を認めることができる。   1 原告は、平成二年三月一六日、被告(取扱店は琴似支店)に、「たくぎんローンカード」及び「HCBたくぎんカード」によるサービスを被告及びHCBから受けること等を内容とするたくぎんベストパックサービス(BPS)を申込み、その後被告の承諾を得て、原告は、被告との間で、同年四月四日、BPSの内容の一つであるたくぎんローンカード契約(本件当座貸越契約)を締結した。   2 たくぎんローンカード契約規定(乙一の二)によると、次のように定められている。  <1> 取引方法  たくぎんローンカード契約による取引(以下「この取引」という。)は、普通預金口座を利用する当座貸越取引とし、たくぎんローンカード専用口座(以下「この口座」という。)とする(一条一項)。  <2> 貸越極度額  この取引の貸越極度額は、たくぎんローンカード申込書記載の借入極度額(本件では三〇万円)とする(二条二項)。  <3> 貸越方法  この取引に基づく当座貸越はカード利用規定に定める方法等とする(五条一項)。  <4> 定例返済  この取引に基づく毎月の返済は毎月七日に前月七日現在の当座貸越残高に応じて一定額(当座貸越残高が一万円以上三〇万円以下の場合は一万円)の返済を行う(六条一項)。  <5> 自動引落し  前条による返済は自動引落しの方法による(七条一項)。  <6> 自動融資  返済用預金口座が口座振替契約による出金のため資金不足となったときは、貸越極度額の範囲内でその不足額をこの口座から自動的に引落し、返済用預金口座に入金する(八条一項)。  <7> 即時支払い  所定の事由が一つでも生じたときは、通知催告がなくてもこの取引による貸越元利金の全額について期限の利益を失う(一一条一項)。所定の事由が一つでも生じたときは、請求によってこの取引による貸越元利金の全額について期限の利益を失う(一一条二項)。  <8> 銀行からの相殺  この取引による債務を履行しなければならない場合には、銀行は貸越元利金等と取引先の銀行に対する預金その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができる(一二条一項)。前項の相殺ができる場合には、銀行は事前の通知及び所定の手続を省略し、取引先の預金その他の諸預け金を払戻し、その取引による債務の返済にあてることができる(一二条二項)。   3 原告は、本件当座貸越契約に基づき、以後、被告から逐次カードによって貸付けを受け、毎月七日に一万円ずつ返済していった。  原告は、被告の主張する相殺予約の特約は、たくぎんローンカード契約の裏面に小さな不動文字で印字されているもので、一般に顧客はその内容を理解して被告と契約することはありえない旨主張するが、右事実によれば、本件のたくぎんローンカード契約規定は、いわゆる約款ないし附合契約というべきものであって、顧客が約款の内容を理解していないとしても、個別の条項を信義則に基づいて合理的に解釈するか否かの問題はさておき、本件当座貸越契約の内容としての効力を否定することはできないから、右主張は採用できない。  そこで、被告の主張する相殺予約の性質について検討すると、右事実によれば、たくぎんローンカード契約規定一二条一項は、取引先の銀行に対する預金その他の債権(受働債権)の弁済期のいかんにかかわらず、銀行は取引先に対する貸越元利金等の自働債権と取引先の銀行に対する右受働債権をいつでも相殺することができるとするものであり、民法上の法定相殺の弁済期についての特約とみることができる(以下「本件相殺特約」という。)。そして、相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によって決済し、もって両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であって、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、受働債権についてあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものであり、被告が貸越極度額まで当座貸越を行うことを前提とする本件当座貸越契約においては、本件相殺特約は、被告が相殺の担保的機能に期待を寄せる合理的な理由があるということができる。  次に、本件相殺特約による本件第二の相殺の効力(本件第一の相殺が無効であることについては前記のとおりであるので、以下、本件第二の相殺について言及する。)について検討する。  証拠〈以下、省略〉によれば、被告は、平成四年二月一〇日午後二時四五分、原告がユート運輸から支払を受ける一月分の給与二三万二〇六五円を本件預金口座に振り込んだこと、被告は、同日午後三時三〇分頃、市川弁護士に対して、本件貸金債権と本件給与振込み後の本件預金債権(右振込前の本件預金口座の残高七五四円に右振込分二三万二〇六五円を加えた合計額二三万二八一九円)を対当額をもって相殺する旨の意思表示をしたこと(本件第二の相殺)及び本件預金口座の残高は、同年一月二九日から同年二月九日までの間、六七三円であって、被告は本件貸金債権と預金債権との実効的な相殺のしようがなかったが、同月一〇日、ユート運輸から給与として二三万二〇六五円及び利息として八一円が本件預金口座に入金されることとなったため、被告は、市川弁護士に対して、同日、本件第一及び第二の各相殺の意思表示をしたことが認められる。  労働基準法二四条一項に定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにして、その保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものということができるが、前記説示のとおり、同法二四条一項は、使用者と労働者との間の給与の支払原則等の法律関係について規定しているものであって、同法二四条一項の義務を負う者は同法一〇条にいう使用者と解するのが相当であるから、同法二四条一項違反の私法上の効果が直接使用者でない第三者である被告に及ぶと解することはできず、また、右事実によれば、被告は、本件預金債権の大部分が原告がユート運輸から支払を受ける給与を振り込んだものであることを知っていたことが認められるが、本件預金口座に入金する前の本件預金債権の原資についての被告の認識をもって、同法二四条一項の適用を第三者である被告に及ぼす論拠も見いだせないことから、右事実をもってしても、被告の本件第二の相殺が同法二四条一項に違反する違法なものであるということはできないといわざるをえない。  民事執行法一五二条一項は、執行債務者が金銭執行により差し押さえられた債権が給与等の性質を有する債権である場合、この債権は、執行債務者にとって生活費の意味をもつものなので、執行債務者及びその家族の最低限の生活を保障するという社会政策的配慮から、これを全額差し押さえることを禁止し、民法五一〇条は、差押禁止債権を認めた趣旨からして、差押禁止債権の債務者は、現実に債務を履行すべきであって、債権者に対して反対債権を有していても、相殺によってその債務を免れることはできないとしている。しかしながら、本件においては、被告が、原告がユート運輸から支払を受ける給与を本件預金口座に振り込んだ後の本件預金債権を受働債権とする相殺が問題となっているのであって、差押えの禁止が定められている給付であっても、いったん受給者の預金口座に振り込まれた場合は、その法的性質は受給者の銀行に対する預金債権に変わるのであるから、本件預金債権を受働債権とする本件第二の相殺について、民事執行法一五二条一項、民法五一〇条違反の違法をいうことはできない。もっとも、差押えの禁止が定められている給付について、受給者の預金口座に振り込まれた場合においても、受給者の生活保持の見地から右差押禁止の趣旨は尊重されるべきであって、民事執行法上の手段としては、同法一五三条一項の申立てが可能であり、執行裁判所は、債務者から右申立てがされた場合、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部または一部の取り消しを行うことができるのであるが、被告が、本件預金債権の大部分が原告がユート運輸から支払を受ける給与を振り込んだものであることを知っていたことを前提としても、立法論としてはともかく、現行の民事執行法一五二条一項、民法五一〇条の解釈からは、右差押禁止の趣旨を尊重し、実質的に差押禁止債権にあたるか否かを判断するということはできないといわざるをえないから、いずれにしても、本件第二の相殺が、民事執行法一五二条一項、民法五一〇条違反の違法なものであるということはできない。  よって、争点3についての原告の違法性の主張はいずれも理由がない。  四 争点4(本件相殺は信義則に反しあるいは権利の濫用にあたるか否か。)について   1 (信義則違反について)  原告は、被告の本件相殺は、独占禁止法一九条、二条九項、昭和五七年公正取引委員会告示一五号一般指定一四項に反する違反行為であって、信義則に反する旨主張する。証拠〈以下、省略〉によれば、被告は、北海道内の大規模な金融機関であること及び被告は、いわゆる消費者金融として、たくぎんローンカード契約を多数の顧客と前記のとおり画一的なたくぎんローンカード契約規定によって契約していることが認められるが、右事実をもってしても、本件第二の相殺が独占禁止法違反であって信義則に反するということはできず、本件全証拠によるも、本件相殺が独占禁止法違反であることを認めるに足りる証拠はない。   2 (権利の濫用について)  証拠〈以下、省略〉によれば、次の事実を認めることができる。    (一) 原告は、妻及び子供二人の四人家族であり、毎月、自らユート運輸で稼働して得る手取り二三万円余りの給与収入及び妻がパートとして稼働して得る約一〇万円の収入で家計を賄っていたが、平成元年頃から、金融機関や消費者金融業者等から借財を重ね、平成三年一二月末頃には、原告名義で約五一一万円、妻名義で約四〇三万円の債務を負うこととなり、その返済に窮する状態となった。    (二) 原告は、平成四年一月、市川弁護士に債務整理を委任した。市川弁護士は、いわゆる多重債務整理の依頼を受けた弁護士が行っているように、原告の債務整理の方針として、原告の債権者に対する一切の支払を中止し、原告に家計簿を付けさせ、原告家族が生計を立てていくために最低どの程度の金員が必要かを確認し、そのうえで支払にあてる原資が用意できるのであれば、残元金の長期分割案を債権者らに提示するという方針を立てたうえ、原告にその旨指示し、また、債権者らに、原告の負債の状況を説明し、原告の債務整理を受任したが、債務整理の方針をたてるには少し時間がかかるので宜しくお願いしたい旨及び債権届出を求める旨等を記載した通知書を送付し、被告には、同月二一日、同書面が到達した。    (三) 被告は、同日、たくぎんローンカード契約規定一一条に基づき、被告の原告に対する本件当座貸越契約に基づく賃金債権について、期限の利益を喪失させ、同月二二日、原告に対し、元利金を同月二八日までに一括返済するよう催告した。また、被告は、市川弁護士に対し、同年二月七日、債権残高届出書を送付し、本件当座貸越契約に基づく元金二八万九五四九円の債権届出をした。    (四) 本件預金口座の残高は、同年一月二九日から同年二月九日までの間、六七三円であって、被告は本件貸金債権の期限の利益を喪失させたものの、本件貸金債権と右預金債権とを実効的に相殺することができなかったところ、被告は、ユート運輸との間の本件給与振込契約に基づいて、原告がユート運輸から支払を受ける給与を、本件預金口座に毎月一〇日振り込んでおり、同年二月一〇日、ユート運輸から給与として二三万二〇六五円及び利息として八一円が本件預金口座に入金されることとなったため、同日、本件相殺特約に基づいて、本件相殺の意思表示をした。    (五) 市川弁護士は、同日昼前頃、本件第一の相殺に先立って、被告琴似支店の担当者と電話でやり取りし、その中で、原告の債務整理の方針について重ねて説明したうえ、被告の協力を求め、被告が相殺を行うと債務整理計画が全くたたなくなること及び原告の生活がなりたたなくなることを指摘して、本件相殺に反対した。被告は、相殺を行うか否かについて内部で検討したが、結局、相殺を実行する方針を確認し、同日午後三時三〇分頃、本件第二の相殺の意思表示をした。  ところで、前記説示のとおり、相殺の制度は、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、受働債権についてあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものであり、被告が貸越極度額まで当座貸越を行うことを前提とする本件当座貸越契約においては、本件相殺特約は、被告が相殺の担保的機能に期待を寄せる合理的な理由があるということができるのであるが、このような相殺特約による相殺も具体的個別的事情に照らすと合理的な理由がなく、権利の濫用として許されない場合があると解すべきである。  そこで、本件において、本件第二の相殺が権利の濫用にあたるか否かについて検討すると、右事実によれば、被告は、原告が多額の債務を負い債務の支払を停止し、市川弁護士から債務整理受任の通知を受けた後に、本件給与振込契約に基づき本件預金口座にユート運輸から原告の給与として二三万二〇六五円が振り込まれることとなったため、右振込みの日である平成四年二月一〇日、本件相殺特約に基づいて、本件貸金債権を自働債権として、右給与振込み後の本件預金債権を受働債権として本件相殺の意思表示をしたこと、本件預金口座の残高は、同年一月二九日から同年二月九日までの間、六七三円であって、右給与振込み以外に入金は見込めなかったこと、被告は、同年二月七日、市川弁護士に対し、債権残高届出書を送付し、債権届出をしたこと、被告は、市川弁護士とのやり取り等を通じて、被告が本件相殺を行えば、受働債権である本件預金債権の大部分は右給与が振り込まれたものであったことから、原告の債務整理計画がたたなくなること及び原告の生活がなりたたなくなることを知っていたこと、本件預金口座には、毎月一〇日、原告がユート運輸から支払を受ける給与が振り込まれており、弁護士が債務整理を受任したもとで、債権者らの協力が得られれば、当時、給与を原資として、被告が原告から本件貸金債権の分割返済を受けられる見通しが少なからずあったことが認められるのであって、原告が、事前に、ユー卜運輸に対し、給与振込みの取消しを求めることは可能であったといえなくはないが、被告の本件第二の相殺は、その時期、意図、態様を、民事執行法一五二条一項、民法五一〇条、破産法一〇四条二号の趣旨に照らすと、右給与相当額については、支払停止後の債務者の最低限の生活保持の趣旨及び支払停止後の任意整理の過程における債権者間の公平の趣旨に反し、相殺の担保的機能を期待する合理的な理由に欠け、原告に対する関係においても、もはや権利の濫用であって許されないものであるといわざるをえない。  しかしながら、相殺が権利の濫用として許されない場合においては、相殺が無効となり、受働債権の債務者に債務不履行責任が成立すると解されるものの、不法行為が成立するか否かについては、不法行為の成立要件である権利侵害の行為が契約関係の範囲内に包含され、ただ契約上の義務の不履行という事実についてのみ存する場合には、債務不履行責任のみが成立するにとどまり、契約関係に包摂されない何らかの権利侵害ないし公序良俗違反として違法性を具備する特段の事情がある場合に、はじめて不法行為が成立すると解すべきところ、本件においては、前記認定した諸事情を考慮しても、本件第二の相殺及びこれに伴う本件支払停止には預金契約関係に包摂されない不法行為としての違法性を具備する特段の事情があると認めることができないから、被告の原告に対する不法行為は成立しない。  よって、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。 (裁判官小池一利)

取引明細の開示義務(判例)

 取引履歴の開示義務を肯定した判例

不当利得金返還等請求控訴、同附帯控訴事件

一部認容、一部棄却

平成13年3月21日/大阪高等裁判所/第7民事部/判決/平成12年(ネ)3380号...等

主文 一 本件控訴に基づいて、原判決を次のとおり変更する。 1 控訴人は、被控訴人に対し、金一二万円及びこれに対する平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 2 被控訴人のその余の請求を棄却する。 二 本件附帯控訴を棄却する。 三 訴訟費用は、第一・二審を通じて、これを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。 四 この判決の第一項の1は、仮に執行することができる。

事実及び理由 第一 申立て 一 控訴人 1 原判決のうち控訴人敗訴の部分を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 本件附帯控訴を棄却する。 4 訴訟費用は、第一・二審とも、被控訴人の負担とする。 二 被控訴人 1 本件控訴を棄却する。 2 原判決を次のとおり変更する。 3 控訴人は、被控訴人に対し、四九万九五六五円及びうち九万九五六五円に対する平成一二年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を、うち四〇万円に対する同年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。(控訴人の一部弁済により、当審において請求を減額した。) 4 訴訟費用は、第一・二審とも、控訴人の負担とする。 第二 当事者の主張 一 次のとおり改めたうえ、原判決の「第二 当事者の主張」の記載を引用する。 1 一一頁について、一行目の末尾に「ただし、後記のとおり、不当利得返還請求権に基づく請求金額は、原判決の言渡し後になされた一部弁済の結果、当審において減額された。」と加え、五行目の「同(三)は否認する」から七行目の「善意であり」までを「同(三)の事実は認めるが、控訴人は、本件について貸金業法四三条所定のみなし弁済の規定が適用されると認識していたから、不当利得の成立については善意であり」と、一〇行目の「乙五の1ないし3」を「乙五の1ないし4」と、それぞれ改める。 2 一二頁について、七行目の「合計金七三万六四六九円である」を合計七三万六四六九円であり、この限度において控訴人の不当利得を認める」と、九行目の「制度利息の超過について」を「不当利得の成立について」と、それぞれ改める。 二 当審で付加された主張 1 (控訴人)  控訴人は、平成一二年九月一八日、被控訴人に対し、七五万七七九八円(過払金元本七三万六四六九円とこれに対する同年二月二二日から同年九月一八日まで年五分の割合による遅延損害金二万一三二九円)を支払った。  すなわち、控訴人は、被控訴人に対し、本件の過払金を遅延損害金を含めて完済した。 2 (被控訴人)  控訴人主張の右一部弁済があったことは認める。  過払金七五万六五二六円に対する平成一一年一一月一〇日から平成一二年九月一八日まで(三一四日間)年六分の割合による遅延損害金は三万九〇四九円となるから、同日までの遅延損害金は合計一〇万〇八三七円となる。控訴人の不当利得金に右一部弁済金を充当すると、同日までの遅延損害金及び過払金元本のうち六五万六九六一円が弁済され、過払金元本の残額は九万九五六五円となる。  よって、被控訴人は、控訴人に対して返還を求める過払金を、元本九万九五六五円及びこれに対する平成一二年九月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員に減額する。 第三 証拠関係  原審及び当審の訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

第四 当裁判所の判断 一 次のとおり改めたうえ、原判決の理由説示の一及び二の記載を引用する。 1 一七頁二行目及び三行目を次のとおり改める。 「よって、控訴人の不当利得金は、平成一一年一一月九日の時点において、原判決の別紙「法定利息計算書」記載のとおり、元本七三万六四六九円の限度で存在するものと認められる。」 2 一七頁一〇行目の「認めらない」を「認められない」と、一八頁三行目の「乙五の1ないし3」を「乙五の1ないし4はその一部」と、同頁四行目の「乙六」を「乙六の1はその用紙」と、それぞれ改める。 3 二一頁について、一行目の「不可能あるいは」を削除し、七行目及び八行目を次のとおり改める。 「借り手が自己の借入れ及び返済を自ら管理することは不可能ではないが、現にそれができなかった借り手が、契約関係の相手方である貸手に対して取引明細の開示を求めた場合においては、それに応じるのが信義に則った対応であることは明らかである。  以上のような事情を考えると、いわゆる消費者金融の貸手である控訴人は、その借り手である被控訴人から全取引明細の開示を求められたときには、被控訴人がその必要もないのに開示請求をした場合とか、控訴人において右開示を拒絶する合理的な理由がある場合でない限り、被控訴人の右開示要求に応じるべき信義則上の義務を負うというべきである。」 4 二二頁について、一行目の「原告代理人」の次に「(本件の訴訟代理人となった弁護士。以下同じ。)」を、三行目の「取引履歴照会表」の次に「平成一一年一一月九日の時点で残元本二五万八四六五円との記載がある。」を、七行目の「一月一八日付け」の次に「(同月一九日に控訴人に到達した。)」と、一〇行目の「計算を行った上で」の次に「(過払金額は一七〇万四九七三円と算出された。)」と、それぞれ加える。 5 二四頁九行目から末行にかけての括弧内を「控訴人が原審の準備書面において援用した東京地方裁判所平成一二年三月八日判決(平成一一年(ワ)第一二七五七号事件・乙二の1)の理由説示の一部」と改める。 6 二五頁二行目の「被告が」から二七頁五行目の末尾までを次のとおり改める。 「控訴人が援用した右判決は、訴訟提起の前に貸手が取引明細の全部を開示したのに、借り手側が過払金額を明らかにするための書面の提出をさらに求めた事案について、貸手において返還すべき金額を明示するまでの義務はないことを説示したものであって、訴訟提起前に貸手が取引明細を開示する義務はないと判断したものではない。  貸手において訴訟を提起される前の段階では全取引明細を開示する義務はないことになると、借り手は、不正確な資料に基づいて過払金の有無・その額を計算せざるを得なくなり、その結果、正確な計算ができないために、過払金があった場合でもその返還請求を断念したり、あるいは、不正確な計算に基づいて過分の請求をして、その後開示された資料に基づいて請求の減縮を余儀なくされるなどの事態が予想され、一方、貸手は、訴訟の提起を受けた後に、その内容によって全取引明細を開示するか否かの対応を決めることが許されることになるのであって、これが不当であることは明らかである。」 二 控訴人が、平成一二年九月一八日、被控訴人に対し、本件の過払金元本として七三万六四六九円とこれに対する同年二月二二日から同年九月一八日まで年五分の割合による遅延損害金として二万一三二九円を支払ったことは、当事者間に争いがなく、右事実によると、本件の過払金は元本、遅延損害金ともに完済されたものと認められる。  そうすると、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償金一二万円及びこれに対する平成一二年二月二二日(本件訴状が控訴人に送達された日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。  よって本件控訴に基づいて原判決を変更し、本件附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
第7民事部
 (裁判長裁判官 妹尾圭策 裁判官 渡邊雅文 裁判官 宮本初美)
 

損害賠償等請求事件

要旨
1.契約関係を支配する信義誠実の原則からして、少なくとも多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が、債務整理を委任した弁護士を通じるなどして、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは、消費者金融業者には、これを拒絶する合理的な理由がある場合でない限り、これに応じるべき義務があり、これに反して全取引経過の開示を拒否した場合には不法行為が成立するものと解するのが相当である。
2. 一 契約関係を支配する信義誠実の原則からして、少なくとも多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が、債務整理を委任した弁護士を通じるなどして、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは、消費者金融業者は、これを拒絶する合理的な理由がある場合でない限り、これに応じるべき義務があり、これに反して全取引経過の開示を拒否した場合には不法行為が成立する。
二 消費者金融業者から金銭を借り受けた消費者らが、残債務額又は過払金額を確定するために、弁護士を通じて消費者金融業者に対して全取引経過の開示請求をし、金融業者がこれを拒否した事案において、当該金融業者の全取引経過の不開示は合理的理由がなく違法であり、不法行為が成立するとされた事例。
3. 消費者金融業者から金銭を借り受けた消費者らが、残債務額又は過払金額を確定するために、弁護士を通じて消費者金融業者に対して全取引経過の開示請求をしたのに対し、金融業者がこれを拒否したのは違法とされた事案において、金融業者の不開示により消費者らに精神的損害が生じたとして、各自20万円の慰謝料が認められた事例。
4. 貸金業の規制等に関する法律19条及び同法に関するガイドラインが、貸金業者に帳簿の備付け・保存義務を課すことによって利息制限法、貸金業規制法43条に従った債権管理をなさしめ、消費者の利益を保護しようとしていることを考えると、多重債務に陥った消費者が債務整理を委任した弁護士を通じ、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは、消費者金融業者は、合理的な理由がない限りこれに応じる義務がある(開示に応じなかったとして不法行為の成立が肯定された事例)。

平成13年6月28日/札幌地方裁判所/民事第1部/判決/平成12年(ワ)295号

一部認容、一部棄却

主文
一 被告は、原告A野花子に対し八九万二五五五円、同B山松夫に対し一二五万五七六三円、同C川竹子に対し四三万九五〇一円、同D原梅子に対し二五万円、同E田春子に対し五六万三五八二円、同E田夏夫に対し六六万七二五三円、同A田秋子に対し八八万一七四〇円、同B野冬子に対し八五万二三二三円、同C山一子に対し六〇万〇一二六円、同D川一郎に対し三三万五三七〇円、同E原二郎に対し一三六万九六六四円、同A川三郎に対し二九万〇一〇〇円、同B原四郎に対し七四万八三五二円、同C田五郎に対し三二万三二三七円、同D野二子に対し三二万四九一五円、同E山六郎に対し一一七万二二〇四円、同A山七郎に対し三四万八三三六円、同B川八郎に対し六四万八六三五円、同C原九郎に対し二五万円、同D田三子に対し一一六万四八七七円、同E野四子に対し八七万九四三四円、同A原五子に対し六一万三二七一円、同B田十郎に対し五九万九〇八五円、同C野一夫に対し五四万六六九六円、同D山二夫に対し五一万九八八八円、同E川三夫に対し一四〇万八三六九円、同A本六子に対し二一三万九二五五円、同B沢四郎に対し四七万一四七五円、同C林五夫に対し八八万三〇三九円及びこれらに対する平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

 二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
 三 訴訟費用は被告の負担とする。
 四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 当事者の求めた裁判
 一 原告

   1 被告は、原告らに対し、別紙契約目録の請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
   3 仮執行宣言
  二 被告
   1 原告らの請求をいずれも棄却する。
   2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 事案の概要
 一 本件は、消費者金融業者である被告から金銭を借り受けた原告らが、被告に対し、不当利得に基づき、その後の返済によって生じた別紙契約目録の過払金額欄記載の過払金の返還を求めるとともに、本訴提起前に原告ら訴訟代理人を通じて被告に対し原告らと被告との全取引経過の開示を求めたのに、被告がこれに応じなかったのは違法であるとして、不法行為に基づき、それによる慰謝料各二〇万円及び弁護士費用各一〇万円の賠償を求めた事案である。
  二 前提事実(争いのない事実以外は証拠を併記)
   1 原告D山二夫を除く原告ら及びD山七子(以下「原告ら」ともいう。)は、いずれも被告との間で包括的消費貸借契約を締結し、以後、借入、返済を繰り返してきたものである。
   2 本訴提起後、被告は、訴訟手続上において、書証提出をもって原告らと被告との間の全取引経過を開示し、これによって原告らに生じた過払金額が別紙のとおりであることが明らかになった(《証拠省略》)。
 なお、原告D原梅子は、被告に対する残債務が三一万八三九六円であったが、平成一二年九月七日、これを弁済し、債務が消滅した。また、原告D山二夫は、D山七子から被告に対する過払金九〇万四二〇一円の債権譲渡を受け、平成一一年一二月一四日、被告に対するその旨の通知をしたうえ、平成一三年二月一日の本件口頭弁論期日において、同原告自身が被告に負っている貸金債務三八万四三一三円と対当額において相殺する旨の意思表示をしたため、同原告自身の貸金債務は消滅し、過払金請求権は五一万九八八八円に減額した(《証拠省略》)。
  三 争点について
 主たる争点は、原告らの要求に対し被告が全取引経過を開示する義務があるか否かであり、これに関する当事者双方の主張は、次のとおりである。
   1 原告
 (一)貸金業規制法に関する金融庁事務ガイドラインは、貸金業者の業務等に関し、取立行為の規制、取引関係の正常化等の観点から、貸金業者がしてはならない行為、債権債務の内容開示のため貸金業者がとらなければならない措置等を個別的に列挙するものであるが、その三―二―三の「取引関係の正常化」の(1)は、「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」を定めている(以下、この項目を「ガイドライン」という。)。ガイドラインは、行政通達ではあるが、貸金業規制法がサラ金被害に対処するために立法されたものであり、その施行に関して消費者と貸金業者との私法取引関係の正常化を図るためにガイドラインが定められたものであることからすると、被告は、原告らの要求に対し、私法上の注意義務としても、ガイドラインと同様の取引経過の開示義務を負うものというべきである。
 (二) 仮にそうでないとしても、以下のような事情を考慮すると、被告は、信義則上、原告らの要求に対し全取引経過の開示をすべき義務があるというべきである。
 すなわち、近時、サラ金等による多重債務者が激増し、その経済的更生を図ることが重要な社会問題となっている。弁護士は、多重債務者の委任を受けて債務整理をするに当たり、債務者は取引の経過を十分に把握していないのが現実であるため、すべての貸金業者から取引経過の開示を受けて、利息制限法に従った残債務又は過払金の確定をし、返済計画を立て、貸金業者との和解を成立させるようにしているが、貸金業者に取引経過の開示を拒否されると、債務者の債務額が把握できないため、債務整理が遅滞する結果となる。
 昭和五〇年代のサラ金地獄をふまえて制定された貸金業規制法の目的は、資金需要者の保護にあり、同法一九条の貸金業者の帳簿保存義務も、法人税法商法の帳簿保存義務と異なり、債務者のために定められたものであるから、貸金業者において特に業務に支障がある場合を除き、債務者から求められればこれを開示することは当然であり、ガイドラインも、貸金業規制法から導かれる当然のことを定めたにすぎないものである。

また、被告のような大手の消費者金融業者と消費者とでは情報格差・能力格差は著しく、多くの消費者は、消費者金融業者のATMを利用して入出金を繰り返しているが、法律知識に欠けているため、入出金の際にプリントアウトされる明細書に記載されている取引後残高が自己の債務状況を示しているものと誤信し、最後の明細書のみを所持していれば十分であると考え、それまでの明細書を保管することはないのが実情である。このような事実を前提にすると、消費者が自己の債務の状況を適切に把握しておくのは当然であるとは到底いえない。

 そして、多重債務者から債務整理の委任を受けた弁護士からの要求に対し、全取引経過の開示義務を課することによる消費者金融業者の不利益は特にない。開示のために過分の費用や労力がかかるというのであれば格別、被告ら消費者金融業者は、債権管理をコンピューターで行っており、全取引経過は簡単にプリントアウトされるものであり、何ら費用も労力もかからない。にもかかわらず、被告が全取引経過を開示しないのは、
利息制限法に従った残債権額よりも過大な請求をし、又は過払金の返還を免れようとするためであるというほかないのである。
   2 被告
 (一) ガイドラインは、まさに行政上の指針にすぎず、これをもって消費者金融業者が消費者に対し全取引経過の開示義務を負うものと解することはできない。
 (二) また、信義則上も、消費者金融業者に全取引経過の開示義務を負担させることはできない。消費者において、借入及び返済の年月日・金額等の情報を入手、管理することは格別困難なことではないばかりか、消費者が自己の債務の状況を適切に把握しておくのは当然のことであり、消費者が残存債務額等の正確な計算ができないとすれば消費者に周到を欠く点があるのが通常であり、債務の状況の管理を一方的に消費者金融業者に任せ、消費者はいつでもその債務の状況等を消費者金融業者から引き出せ、消費者金融業者はこれに応じなければならないとすることは公平ではない。
第三 当裁判所の判断
  一 《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。
   1 原告らは、いずれも昭和五七年七月ないし平成八年一月に被告との間で包括的消費貸借契約を締結し、以後、借入、返済を繰り返してきたものであるが、被告との取引経過についての領収証等をほとんど所持していない。そして、原告らは、いずれも多重債務者であり(ただし、原告C川竹子は、被告との取引のみである。)、債務の返済に苦慮しており、原告ら代理人に債務整理を委任した。
 なお、被告が用いる包括的消費貸借契約書には、「支払い内容及び融資残高の確認は貴社発行の領収証又は利用明細書によるものとし、私が同書類に署名したとき、ATM利用時のATM利用明細書(領収証)を受け取ったときは直ちに、郵送等で受け取ったときはその発行日より七日以内に、私から特に申し出のない限り支払内容・融資残高を承認したものとします。」との契約条項の記載があり、ATMを利用して弁済したときに発行される利用明細書(領収証)には取引日及び取引金額のほか、取引後残高の記載がある。
   2 原告ら代理人は、平成七年一月ないし平成一二年一月、被告に対し、原告らから債務整理を受任した旨の通知をし、多いときには五回にわたり、原告らと被告との間の全取引経過の開示を求めたのち、平成一一年一二月二四日には、原告ら代理人五名の連名で、開示しない場合には提訴する旨予告して開示を求めた。
   3 被告は、全国の消費者に関する取引経過の情報を本社において一元的に管理しているが、原告ら代理人からの開示請求に対し、取引経過を開示しないまま、原告ら代理人に対し、原告側が少額を支払って和解することを執拗に提案し、また、「被告内部取決め」又は「機械の都合」という理由により、おおむね受任通知から三年前までの取引経過を開示するにとどまり(原告らのうち四名に対してはこれすらも開示せず)、全取引経過の開示はしなかった。
   4 本訴提起前に被告が一部開示した取引経過によって計算した原告らの残債務額(原告D原梅子及び原告C原九郎の二名のみ)又は過払金額と、本訴提起に開示された全取引経過によって計算した原告らの残債務額又は過払金額は、原告D原梅子を除いて、約三三万円から約二〇八万円までの違いがあり、一〇〇万円以上の違いのある原告も八名いた。この結果からしても、被告が本訴提起前に、全取引経過の開示に応じなかったのは、
利息制限法に従った残債務を超える支払を受けるためか又は過払金の支払を免れるためであったと認めざるを得ない。
   5 原告らは、被告が全取引経過の開示をしないため、原告らと被告との残債務額又は過払金額が確定できず、原告ら代理人による債務整理が遅滞し、そのことによる不安が続き、原告ら自身の経済的更生の支障にもなり得ることから、やむなく原告ら代理人を選任して本訴を提起した。
  二 消費者金融業者(貸し手)である被告が、消費者(借り手)である原告らの要求に応じて、それまでの全取引経過を開示する義務があるか否かについて検討する。
   1 借り手から貸し手に対し過払金の返還請求をする場合には、借り手側において、貸付と弁済の取引経過を明らかにして過払金が発生している事実を主張立証しなければならないのが原則である。

2 しかしながら、消費者金融業者である貸し手と消費者である借り手との間で包括的消費貸借契約に基づき長期間にわたり貸付、返済が繰り返されたときには、多重債務に陥っている消費者が、債務整理の必要上、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めた場合は、前記の場合と同一には論じられない。
 すなわち、消費者金融業者は、消費者に比べ、経済力、情報力等のすべての面において著しく優越しており、これを対等な当事者関係とみるのは相当ではない。消費者金融業者、とりわけ被告を含む大手の消費者金融業者は、全国の消費者との取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているのに対し、消費者、とりわけ多重債務に陥り債務整理ないし自己破産を余儀なくされているような消費者は、
利息制限法貸金業規制法の知識に乏しく、領収証等も保存していないのが現実である。この点については、被告を含む大手の消費者金融業者が全国の多数箇所に設置しているATMを利用することにより、消費者はいつでもどこでも返済ができ、残高と次回弁済額が記入された領収証(明細書)を受領できるため、いきおい領収証の保管に熱心でなくなることも多分に影響しているものと考えられ、他方、大手の消費者金融業者は、そのような利便性を強調して顧客を勧誘しており、そのシステムは消費者が負担する高利によって維持されている関係にある。
 そして、多重債務者の債務整理に当たっては、関係者の債権債務を確定し、平等な分配を実施するよう努めなければならないが、そのためには各消費者金融業者から金取引経過の開示を受けることが必須であり、これが実現しなければ債務整理は不能となり、多重債務者の経済的更生も期待できなくなるのであり、債務整理をしようとする多重債務者にとって消費者金融業者から全取引経過の開示を受ける必要性は極めて大きい。それに対し、大手の消費者金融業者は、前記のとおり、取引経過の詳細をコンピューターで一元的に管理しているものであり、消費者の要求に応じて全取引経過を開示することは容易である。にもかかわらず、これを拒否するのは、
利息制限法違反の過大な請求をするか又は過払金の請求から免れるという法的保護に値しない動機によるものと考えられる。
 ところで、
貸金業規制法一九条は、貸金業者に対し、債務者ごとに貸付契約の年月日、貸付金額、受領金額等を記載した帳簿を備え付け、これを保存する義務を課しており、同法に関するガイドラインは、貸金業者の監督に当たっては、債務者の利益を図る観点から、「債務者、保証人その他の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」などに留意するものと定めている。これらの規定や通達は、これから直ちに貸金業者の消費者に対する全取引経過開示義務を導き出すものではないとしても、貸金業者に帳簿の備付・保存義務を課すことによって利息制限法貸金業規制法四三条に従った債権管理をなさしめ、もって消費者の利益を保護しようとするものであるから、このような趣旨は、消費者金融業者と消費者との法律関係を考察する場合にも生かされなければならない。
 このように考えると、契約関係を支配する信義誠実の原則からして、少なくとも多重債務に陥るなど債務整理をする必要に迫られている消費者が、債務整理を委任した弁護士を通じるなどして、消費者金融業者に対し、残債務又は過払金の有無・金額を明らかにするため全取引経過の開示を求めたときは、消費者金融業者は、これを拒絶する合理的な理由がある場合でない限り、これに応じるべき義務があり、これに反して全取引経過の開示を拒否した場合には不法行為が成立するものと解するのが相当である。
   3 消費者金融業者に以上のような全取引経過の開示義務がないことになると、消費者は、不正確な資料に基づいて過払金の有無・その額を計算せざるを得なくなり、その結果、正確な計算ができないために、
利息制限法の利率を超える弁済をし、又は過払金があるにもかかわらずその返還請求を断念するなどの事態が予測され、他方、消費者金融業者は、訴訟が提起されれば、訴訟手続上の文書提出義務により全取引経過を開示せざるを得なくなるため、訴訟提起前に不開示のまま消費者と交渉し、消費者に上記のような対応をとらせるなど自己に有利な解決を図ろうとするのであり、このような消費者金融業者の意図が相当性を欠くことは明らかである。
  三 これを本件についてみると、被告は、原告らから債務整理の委任を受けた原告ら代理人の受任通知を受け、全取引経過の開示の要求を受けながら、これを開示せず、そのために原告らと被告との残債務額又は過払金額が確定できず、原告らはやむなく本訴提起をするに至ったものであり、被告が全取引経過を開示しなかったことについて合理的理由は見出し難いから、被告の全取引経過の不開示は、開示義務に反するものであって違法であり、原告らに対する不法行為が成立するというべきである。したがって、被告は、これによって原告らが被った損害を賠償する義務を負う。
 そして、前記のとおり、被告の全取引経過の不開示によって原告らの債務整理が遅滞し、原告らの不安が続き、原告らは訴訟を提起せざるを得なかったものであるから、原告らに精神的損害が生じたものと認められ、これを慰謝するには各原告につき二〇万円が相当であり、弁護士費用も五万円の限度で相当因果関係があるものと判断される。
  四 以上によると、原告らは、被告に対し、別紙契約目録の過払金額欄記載の過払金(ただし、原告D原梅子及び原告C原九郎は発生していない。)及び各二五万円の損害賠償金並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成一二年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
 よって、原告らの請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判官 坂井満)
 

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